裕福な人はそうでない人よりも利己的なのか

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著:Jan Stoop(エラスムス・ロッテルダム大学 Associate Professor of Applied Economics)、James Andreoni(カリフォルニア大学サンディエゴ校 Professor of Economics)、Nikos Nikiforakis(ニューヨーク大学アブダビ校 Professor of Economics)

 裕福な人は必ずしも模範的な市民ではないということは、社会科学者の間で以前から知られている。

 裕福な人はよく脱税するし、歩行者を守る道路交通法を無視するし、めったにチャリティーに寄付しない。リーマンショックの後、彼らの利己的な行動とご都合主義に関する有力なメディアの報道は尽きることがない。

 この悪評は、最近立ったものではない。聖書も「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」(マルコによる福音書10章25節)と言っている。

 しかし、本当に裕福な人は私たちとそんなに違うのだろうか。最近発表された研究論文で、私たちはおもしろいフィールド実験を行った。

◆誘因を考える
 その前に、前述の利己的な行動を掘り下げ、裕福な人が不道徳な選択をするに至るさまざまな誘因や機会について検討することが重要だ。

 例えば、裕福な人の税率区分は高いので、彼らにとって、税務署に所得を隠すことは貧しい人よりプラスになる。

 同様に、裕福な人と貧しい人が道路交通法違反で同じ罪に問われたとして、貧しい人にとっては大きな痛手となる罰金も、裕福な人にとっては痛くもかゆくもない額だ。そして、裕福な人は1年間でチャリティーに寄付する傾向は低いが、人生の後半に多額の贈与をする傾向がある。

 したがって、裕福な人がそうでない人より利己的に振る舞いがちだとしても、その行動の原因は異なる倫理観ではなく異なる環境にあるのかもしれない。

◆お金の入った封筒
 今回の調査のために私たちは、オランダの中規模都市にある400軒以上の裕福な家庭と貧しい家庭にお金の入った透明の封筒を「誤配」するというフィールド実験を考案した。封筒を返送するのは(主に時間の面で)個人的な負担ではあるが、本来の受取人にとっての利益になる、利他的で「向社会的な」行動だ。

 すべての封筒に5ユーロ(約620円)か20ユーロ(約2,500円)と、これはプレゼントである旨が記された祖父から孫へのメッセージを同封した。送ったお金は、封筒を手にした人がすぐにそれと気づく紙幣か、口座間の送金を銀行に依頼する紙片(銀行送金用紙)のいずれかだ。言い換えれば、現金は「エサ」になるが、銀行送金用紙はその人には何の価値もない。

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 私たちの計画には、このテーマに関する他の研究より優れている点がふたつあった。ひとつ目は、自分が実験対象になっていると参加者が認識していなかった点だ。よって、彼らは私たちにどう思われるかという危惧から選択を変えることがなかった。

 ふたつ目は、裕福な人は実験に参加したがらない傾向がある(おそらく参加する時間がないか研究者にデータを取られるのを快く思わないのだろう)が、私たちのデータには結果を歪めかねない「選択バイアス」がなかった点だ。私たちの計画では、すべての裕福な家庭と貧しい家庭が無作為に選ばれた。

 全体的な結果は、裕福な人の約80パーセントが、中身が現金でも送金用紙でも、封筒を返送した。中身が現金の場合、わずかに返送率が低かった。裕福な人はお金というエサにさほど食指が動かなかったようだ。

 しかし、貧しい人は、お金を返送する手間を惜しむ傾向があり、封筒の中のエサに釣られやすかった。送金用紙の入った封筒を返送しなかった人は約50パーセント、そして、現金の入った封筒を返送しなかった人は約75パーセントだった。

◆裕福な人の名誉挽回?
 それはつまり、守銭奴呼ばわりされているにもかかわらず、実際は裕福な人は貧しい人より向社会的だということだろうか。利己的なのは、実は貧しい人ということなのか。

 まあそう焦らずに。特徴について結論を出す前に、私たちが先に検討した誘因の問題に立ち返る必要がある。

 裕福な人と貧しい人が直面する誘因の明らかな違いは、後者の方がお金を必要としていることだ。貧しい人の方に封筒を返送しない傾向が強く見られた理由はこれで簡単に説明がつく。

 しかし、現金が入っていない封筒はどうだろう。持っていても何も得るものはない。受け取った人の半数が返送しなかったという事実は何を意味するのだろうか。

 さらに詳しく見てみると、給料や失業手当が支給された週に貧しい人が銀行送金用紙の入った封筒を返送する率が最も高いという顕著な傾向が見られた(オランダでは月末支給が一般的)。しかし、返送率は確実に下がり、給料や失業手当が支給される前の週には銀行送金用紙の入った封筒はほとんど返送されなかった。

 貧しい人が被る経済的なストレスが認知能力や優先順位の付け方、そして生活の混乱具合に影響していることを示す新しい研究が、私たちがこの問題を提起する根拠となっている。

 私たちがこの問題を重要だと考えるのは、経済的なストレスを受けている人は認知能力に影響を受け、優先順位が変わってしまうということが研究で判明しているためだ。

 このデータの解明に役立つ理論モデルを用いて、家庭における現金の「必要度」と1カ月間の経済的なストレスの変化を測定できる。すると、大方の予想どおり、裕福な人と貧しい人の経済的なニーズとストレスに大きな差が見られる。しかし、より重要なのは、このような要因の影響を統計的に除外すると、裕福な人と貧しい人の利他的行為に差は見られないことだ。

 以上のことから、普段の行動から深い動機を推測するのは危険なことがわかる。私たちの生データは、向社会的行動の面で裕福な人と貧しい人の間に明らかな差があることを示しているが、少し掘り下げればその差はなくなる。向社会的行動を決定する最大の要素は誘因であり、裕福な人と貧しい人のどちらかがより親切だとか利己的だとかいうことはない。結局、私たちはみなこのような行動を取る傾向がある。――これが私たちの結論だ。

◆もし立場が入れ替わったら
 上流階級の人々の特徴に関する有名な会話の中で、著名な評論家メアリー・コラムが、裕福な人と貧しい人の違いは、裕福な人がお金を持っている点だけだとアーネスト・ヘミングウェイに語っている。

 両者の立場が入れ替わったら、貧しい人は裕福な人とまったく同じように振る舞うだろうし、逆もまたしかりだと示す私たちのデータは、コラムの意見を裏付けしている。

 だからといって、脱税や違法行為が許されるわけではない。この結果が示しているのは、裕福な人もそうでない人と変わらないということだ。貧しい人が裕福になったら、恐らく同じように振る舞うだろう。

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.
Translated by Naoko Nozawa
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