4年ほど前だろうか、韓国の有名な美大、弘益大学校があるホンデ・エリアでポスト渋谷系の影響を受けた音楽が流行っているという話を耳にしたので、そのあたりのシーンを中心的にチェックしたことがあった。すると確かにポスト渋谷系の影響を感じさせるLinus’ BlanketやPeppertonesといった良質なバンドに出会った。その調子でネットサーフを続けてゆくと韓国はエレポップ界隈も面白そうだということで、そちらもチェックするとNeon BunnyやAseul、Oh Hee Jungといった才能たちに遭遇し、そこにはポスト・チルウェイヴの影響が散見された。他にも、インディー・ロックではチャン・ギハと顔たちやThe Black Skirtsが欧米の影響を取り入れつつもオリジナリティあふれる文法を確立させており、ベース・ミュージック界隈ではインディー・レーベルの<Young Gifted & Wack>や<SuperFreak Records>などにはポスト・ダブステップ以降のサウンドがユニークな形で取り入れられていることには少なからず驚かされ、ややもするとK-POPに語られる力点が置かれがちな韓国のポップ・ミュージック・シーンの懐の深さを思い知らされた。

 韓国のインディー・ミュージックを時たまチェックしてゆく過程で感じたのは、韓国はK-POPがEDMをダイレクトに取り入れていたのと同様に、海外のポップ・ミュージックを自身の血肉とするべく、音楽シーン全体で邁進していたことだ。

 こう書くと、それは日本でもそうじゃないか、と言われそうだが、日本では海外のポップ・ミュージックを導入する際に独特のフィルター(ガラパゴス化?)がかけられるのに対し(そもそも海外の音楽を取り入れようというバンドがどれだけの数いるだろうか)、韓国はよりストレートに海外の影響を取り入れているように感じた。個々の例では異論があるかもしれないが、全体的な傾向性としてはおそらくこの実感はそう間違っていないだろう。

 その傾向性の良い点は、欧米を意識することである程度最先端(1〜2年の遅れはあるが)の音楽の刺激が享受され、欧米の音楽シーンと遜色ないクオリティのものができ、そこにオリジナリティを見いだせれば欧米と共振する形で面白いものができるということ。悪い点は、影響をストレートに取り入れすぎるため、シーン全体が均質化してしまうことだ。ぼくが聴いた限りでは、良い点がR&Bやヒップホップ、ベース・ミュージックの界隈で見られ、悪い点はロック・ミュージックに多く見られるように思えた。だから、ぼくは韓国インディーのロック・ミュージックについては、一定のクオリティは保たれてはいるが特に突き抜けたものがほぼない、という印象を抱いていてほとんどチェックしておらず、もっぱらヒップホップやベース・ミュージックばかり追っていた。

 当時のぼくは、HYUKOH(ヒョゴ)のようなバンドが出てくることは正直、予想だにしていなかったし、期待もしていなかった。そんなぼくをあざ笑うかのように、HYUKOHは『20』『22』といったEPを積み重ねることで、その実力と人気を徐々にモノにしていったのだ。だから、ぼくがこのバンドを初めてまともに聴いたのは、本作『23』がはじめてだった。

 HYUKOHの1stフルアルバム『23』には、いまだにロック・ミュージックという音楽をその形式ではなく、一つの思想(「反抗」「抵抗」……etc)として享受する流れがベタ/ネタの両側面で強く根付いている日本にはもったいないほど、グルーヴィーなロック・ミュージックが詰まっており、形式としての魅力に満ち溢れている。だがそれだけではない。彼らのバンド・サウンドを形成するのは、ガレージ・ロックやパブ・ロックからハード・ロックやインディー・ロックまでを包括するロック・ミュージックのボキャブラリーだけでなく、そのしなやかな身体性からはR&Bやファンク・ミュージックを感じさせるところが、HYUKOHが特別なバンドといえる理由の一つだ。The Strypesやジェイク・バグ、Alabama Shakesはちょっとオーセンティックすぎるよ! という人にもHYUKOHがおススメできるのは、そういった様々なジャンルが複合的に絡み合ってサウンドが構成されているからだ。

 軽快なスネアとリズミックなギター、ファンキーなベースがしなやかにグルーヴを形成するところからスタートする「Tokyo Inn」はRed Hot Chili Peppersを連想させられるし、ファットなベースが楽曲をリードする「Leather Jacket」はデビュー時のTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTのような、パブ・ロックの流れを汲んだ洒脱なロックンロールだ。Two Door Cinema Clubの甘酸っぱさを受け継いだ、センチメンタルなギターアルペジオが印象的な「2002WorldCup」がある一方で、ダイナミックなギターリフを中心に組み立てられた「Wanli(万里)」のようなハードロックメソッドが際立つナンバーもあり、ブリティッシュロックを更新して見せたArctic Monkeys『AM』との類似性が垣間見える。また、『23』の中で最もメロウなナンバー「Simon」はインディーR&Bと共振するような楽曲といえようか。そのほかにも、このアルバムには収録されていない「Comes and goes」にはボサノヴァ的な要素があったり、スティーヴィー・ワンダー「Isn’t She Lovely」のカバーもしており、彼らのバンド・サウンドは掘り下げるほどに様々な要素が見えてくる。

 このように様々なジャンルがフラットな視点で巧みに繋ぎ合わせられていることの他に、もう一つHYUKOHには特徴がある。

 それはデビュー当初からあった、メロウネスの存在だ。『23』ではロックの要素が強まったため相対的にメロウネスが薄れはしたが、その要素はいまだに彼らの大きな持ち味と言って良いだろう。いや、メロウネスってボーカルのオ・ヒョンが、R&Bが好きだから、そこから引っ張ってきてるんじゃないの? それについてはHYUKOHの多様な音楽性のところでもう説明したのでは? と思われるかもしれない。たしかにその通りだ。しかしそれでも、ここでメロウネスだけを抽出して話題にしたのは、楽曲におけるメロウネスの存在こそが、現在の音楽シーンの最先端とリンクするキーだからだ。いくつかの例を挙げながらそれについて説明しよう。

 先日リリースされたばかりのCorneliusの11年ぶりのシングル「あなたがいるなら」は、国内のみならず、Pitchfork等の海外メディアでも極めて高い評価を受けた。楽曲の構造は様々な音色のズレを生かした非常に実験的なサウンド・デザインになってはいたが、なによりも人々を驚かせたのは、「あなたがいるなら」という歌詞を繰り返し歌うCorneliusのボーカルメロディを含めた、楽曲全体を覆うメロウネスだった。

 Dirty Projectorsの新作でもメロウネスはキーだった。USインディー・ロックの帝王といっても過言ではないこのバンドの最新作『Dirty Projectors』は、クラシック〜現代音楽やR&B、ジュークなどを取り入れた、早くも年間ベスト級との呼び声も高い傑作だ。そこで特に注目を浴びたのが、かねてよりR&Bからの影響を公言していた、フロントマンのデイヴ・ロングストレスによるしっとりとした叙情的なボーカルだった。

 CorneliusやDirty Projectorsだけではない。いまやヒップホップやR&Bに留まらず、ポップスの領域までその影響力を轟かせている現代ジャズでも、その複雑な演奏や作曲をまとめあげているのはメロウな歌唱やムードであり、そこには実験性と大衆性が矛盾することなく同居している。そして、 メロウネスの本場であるR&Bでの活況は言うまでもない。

 メロウネスへのリンクこそが最先端へのキーである世界は、言い換えればあらゆる音楽がR&B化してゆく世界ともいえる。HYUKOHはおそらく意識せずにメロウネスという最先端の条件に、ロック・ミュージックをアップデートさせることで適応したと考えても決して間違いではないだろう。

 バラエティに富んだバンドサウンドをR&B的なメロウネスで彩り、新世代のロック・ミュージックを定義してみせたHYUKOHの快進撃は、まだ始まったばかりだ。(文=八木皓平)