<少しずつ民主化してきたミャンマーだが、勇気ある女性記者が襲われて重症を負うような環境はまだ変わらない>

ミャンマーの地方紙記者兼映像メディア記者を務める女性ジャーナリストが正体不明の男性らに拉致され、意図的な交通事故で一時意識不明の重体となる事件が起きた。この記者はミャンマーの民主化問題や少数民族の人権問題を担当して取材を続けていたため、反民主化勢力あるいはミャンマーで多数を占める仏教徒の中のラディカルなグループによる犯行との見方が広まっているが、これまでのところ犯人の逮捕には至っていない。

2016年3月から軍政に代わって政権を担当しているアウン・サン・スー・チー国家最高顧問兼外相は1991年にノーベル平和賞を受賞したミャンマーの民主化運動のシンボルである。国民の民主化への期待を一身に受けて政権を委ねられたそのスー・チー政権下でこうした女性記者への露骨であからさまな報道弾圧が起きたことでミャンマーでは依然として報道の自由が確立していないことを内外に示す結果となった。

5月26日夕方、ミャンマー南東部カヤー州の地元紙「カンタラワディー・タイムズ」の記者で「ビルマ民主の声」放送の映像記者でもあるマウ・オー・ミャーさん(23)は同僚の女性記者とバイクに乗って同州ロイコー県のロイコーからデマウソーに向かっていた。突然2人の男性が現れ、バイクを停車させるとともにミャーさんを近くで待っていた車両に引きずり込んだ。この際男たちはミャーさんを脅迫するとともに暴言を投げかけたという。

拉致の現場から走り去った車はその後付近の道路わきに突っ込み転覆して大破した状態で発見され、車内から意識不明で重体のミャーさんが発見された。近隣の人らが車内からミャーさんを救い出し、午後5時半ごろ近くのデマソウ総合病院に収容されたが、より設備の整ったロイコー総合病院に移送され治療を受けた。その結果意識は取り戻したものの、体を動かすことや会話や食事はまだ困難な症状で、事故のショックによる精神的な不安定状態が続いているという。

2週間前から脅迫を受けていた

ミャー記者はカンタラワディー・タイムズ社で記者を務めると同時にタイのチェンマイに本拠地を置く亡命ミャンマー人の放送局「ビルマ民主の声(DVB)」のカレン語放送を担当、報道・映像記者として主に政治、女性問題、民主化、少数民族の人権などを取材していた。同新聞社の関連サイトにはミャー記者が映像カメラを構えて取材する写真と横転した大破した車の写真がアップされている。

ミャー記者が勤務するカンタラワディー新聞は5月28日に声明を出し、犯人の男性はカウン・サンとセイン・ウィンという氏名ですでに警察がその行方を捜査中であることを明らかにした。

またミャー記者は約2週間前から何者かに脅迫を受けていたこともわかったが、今回の犯行との関係、さらに同記者の記事や取材活動と事件の関係もまだ明らかになっていないという。

大塚智彦(PanAsiaNews)