参院予算委員会で民進党の蓮舫代表の質問に答える安倍晋三首相=5月9日、国会内(写真=時事通信フォト)

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憲法記念日に改憲提案をした安倍晋三首相が「安倍の、安倍による、安倍のための改憲」の道を走り始めた。自分の任期中に改憲を実現し、歴史に名を残そうという安倍氏の意欲は並々ならぬものがある。そこにブレーキを踏む勢力は、今のところ見当たらない――。

■朝日の無念さがにじむ表現

5月3日付の読売新聞は、メディアの政治部記者にとって衝撃だった。憲法施行70年の記念日にあたる3日にあわせて安倍氏の単独インタビューを掲載。1面で「憲法改正20年施行目標9条に自衛隊明記教育無償化前向き」と報じた。3日を前に、報道各社は安倍氏が「施行70年」の談話を出すと予想していた。しかし出なかった。おかしいと思っていたら、読売だけに載っていた、という展開だ。ライバル社はさぞかし悔しかったことだろう。

朝日新聞は翌4日付でこんな記事を載せている。「首相は事前にメディアにも対策を打った。4月24日夜、都内の料理店で、憲法改正試案を紙上で発表している読売新聞の渡辺恒雄・グループ本社主筆と食事。その2日後に(中略)同紙のインタビューを受けている」。

安倍氏と渡辺氏の会食をあえて報じたのは、ライバル紙・読売が、安倍政権のPR紙に役割を果たしていると皮肉りたかったからだろう。そんな表現からも朝日の無念さがにじむ。

メディア対策を練ったという点では、もうひとつ注目すべき点がある。政権がアドバルーンを上げようとする時、マスコミの単独インタビューを行うことはよくあるが、その手法は一長一短だ。長所は、報道するメディアが大きく報じてくれること。各社横並びで行うのと比べ「単独」なら扱いが大きくなるし、内容も好意的になる。

短所もある。報じた1社以外が、なかなか後追いしてくれないことだ。日本のメディアは直接取材した内容のみ報じるのが前提で、「読売によると」というような書き方は好まない。だからインタビューから外された社は、後追いしたくてもできない。結局、1社の読者以外にはメッセージが伝わらないことになりかねない。

■「読売新聞に書いてあります」

今回も、同様のパターンになる可能性が高いと思われた。連休中でプライベート日程をこなしている安倍氏から「裏取り」するのは不可能に近いからだ。

ところが安倍氏は同日、改憲を求める集会にビデオメッセージを寄せ、読売に話したこととほぼ同じ内容を語った。おかげで新聞テレビは、後追い記事を出すことができ(もしくは出さざるを得なくなり)、全社がトップニュースで報じた。

単独インタビューの掲載日に、別の場所で同じ内容の発信をする――。今までなかった手法を使い、安倍氏は自分のメッセージを日本中に発信することに成功したのだ。

ここまで書くと「読売独り勝ち」となるが、実は読売も苦い思いをしている。安倍氏は5月8日の衆院予算委員会で、改憲提案についてしつこく質問され、逆ギレするような形で「自民党総裁としての考え方は、読売新聞に書いてありますから、それを熟読していただいてもいいのでは」と言い放った。野党は国会軽視と猛反発。流れ弾を受けるような形で、読売は「安倍政権と癒着している」という批判が高まっている。

5月3日のスクープを読売に奪われた他社も、スクープをものにした読売も、安倍氏に振り回された5月だった。

■標的は「自衛隊」と「教育無償化」

安倍氏が改憲に思い入れがあるのは言うまでもないが、具体的にどの条文を変えるのかには、あまりこだわりがない。2013年の参院選の時は、96条の「改正要件」に手をつけようとした。その後は、緊急事態条項を加える方向に傾き、今度は「自衛隊」と「教育無償化」だ。節操ない、と言えばそれまでだが、その都度、多数派を得やすい項目を探しているのだ。

今回、「自衛隊」を言い出しきっかけは、意外にも2年前にさかのぼる。2015年9月、安全保障関連法が成立した。同盟国を武力で守る集団的自衛権を一部解禁する内容を含むこの法律ができたことで、安倍氏は「当分、9条はいじる必要がない」という考えだった。9条の解釈は一部変更され自衛隊の活動の範囲も広がったからだ。安倍氏は、その考えを自民党や公明党の幹部たちにも伝えていた。

それがどうして変わったのか。安保法案を審議していたころの光景がよみがえってきたからだという。15年夏ごろ報道機関はそれぞれに憲法学者のアンケートを行った。その結果、約9割が「違憲」と回答。リベラルなメディアは、これを根拠に法案への反対の論陣を張った。

■「学者も合憲と判断するように改正する」

だが、そのアンケートの中で「自衛隊は合憲か、違憲か」という設問を行った社もあり、「違憲」と回答した憲法学者が多数派だった。当時、安倍氏や自民党幹部は、国民の多くが容認している自衛隊を、憲法学者が違憲としていることを取り上げ、学者たちが時代錯誤のことを言っていると、批判していた。

ところが今回は「憲法学者が違憲と言っているのだから、それを直せばいいじゃないか」と発想を逆転させたのだ。自衛隊は国民の間で定着している。しかし憲法学者は違憲という。ならば学者も合憲と判断するように改正すればいい、という3段論法だ。

安倍提案は、与党内にほとんど根回しはしなかったため、提案から1カ月近くたった今も永田町は大混乱している。公明党は、安保法の制定に付き合った際、安倍首相から「当分9条はいじらない」と言質を取ったと安心しきっていただけに、今回の提案は想定外。自民党ハト派も同様だ。

一方、改憲に熱心な自民党タカ派は、9条に手を入れるとの提案に当初は小躍りしていたが、「国防軍の保持」を明記した2012年の自民党草案と比べると、かなり後退している。うれしさも「中ぐらい」だ。

■二階幹事長で「保岡流」を封じこむ

一番うろたえているのが自民党憲法改正推進本部長の保岡興治氏ではないか。保岡氏は、党や国会で憲法関連のポストを歴任し、野党とのパイプも太いが、それ故、野党との議論を重視してゆっくり積み上げようという考えだった。その「保岡流」に安倍氏は不満だった。

連休明けの12日、保岡氏と会った安倍氏は、年内に自民党案をまとめるようクギを刺した。保岡氏自身は「保岡流」にまだこだわりがあるようだが、外堀は埋まった。推進本部には二階俊博幹事長ら党三役全員が顧問に就任。ある自民党幹部は「安倍氏が送り込んだ監視役のようなもの。保岡氏は不本意だろうが、本部長を更迭されなかっただけでもよかったと思わなければ」と解説する。「安倍改憲」にアクセルを踏み込む体制が整った。

■「年内に自民党案」「20年施行」

安倍氏が描くスケジュールをまとめると、

(1)年内に自民党案作成
(2)2018年に衆参両院で3分の2以上の賛成により発議
(3)2019年に国民投票
(4)2020年に施行

となる。この日程は、まさに安倍氏の都合のいいようにできあがっている。

「20年施行」は、同年に東京五輪があり「日本が動きだす年」だから、ということになっているが、これは後付けの理屈だ。安倍氏は来年の党総裁選で3選を勝ち取り、21年まで総理・総裁を務めるつもりでいる。その在任中に確実に改憲を実現するために前年の20年に目標を置いたのは間違いないだろう。

「年内に自民党案」も、安倍氏のための日程といっていい。来年の総裁選は、安倍氏の勝利が確実視されてはいるが、岸田文雄外相、石破茂元幹事長らの出馬も予想される。党の改憲案がまとまっていない状況で総裁選に突入すれば憲法観が争点となり、党が割れている印象を与える。安保・憲法に詳しい石破氏に論破されることもあるかもしれない。それを封印するために「年内」に決着させてしまい、翌年の総裁選を消化試合にしてしまおうという考えではないか。

改憲は、最終的に国民投票により国民の手で決められる。だが、その決断も、安倍氏の改憲カレンダーの影響を受ける可能性がある。

先ほど「国民投票は19年」と書いた。実のところ、安倍氏はさらに具体的なことを描いている。7月に行われる参院選と同日で行うというシナリオだ。

■国政選挙と国民投票はルールが違う

一般論で言えば、国政選挙と国民投票を同日で行えば、改憲派が有利になる。改憲案は国会の3分の2以上の賛成によって国民投票にかけられる。国会で圧倒的多数を占める改憲勢力が出馬する国政選挙と同じ日に選挙を行えば、国民投票も改正を支持する投票が過半数を占める可能性が高くなる。

憲法改正の是非と、参院に誰を選ぶかという判断は、本来まったく別のものだ。改憲には反対だが、普段世話になっている参院議員候補は改憲勢力なので、賛成を求められて迷う、というケースも出てくるだろう。結果として国民は純粋な判断がしづらくなる。

もうひとつ問題がある。国政選挙は公職選挙法、国民投票は国民投票法を根拠法にしているため、ルールがまったく違うのだ。例えば選挙運動は戸別訪問が禁止されているが、国民投票運動は自由。夜間の演説も選挙運動は禁止で国民投票運動は自由だ。もし同日選になれば、選挙運動と国民投票運動が混然一体となって行われる。どれが合法でどれが選挙違反か分からなくなり、選挙は混乱しかねない。

安倍氏が5月3日に打ち上げた改憲提案は、メディア、政党、国民それぞれを振り回し、さらに混乱させる心配をはらみながら、それでも安倍氏ペースで着々と進んでいる。

自分の任期中に改憲を実現し、歴史に名を残そうという安倍氏の意欲は並々ならぬものがある。そこにブレーキを踏む勢力は、今のところ見当たらない。

(写真=時事通信フォト)