中国のベンチャー市場ではいま何が起きているのか? 本間ゴルフが上場した香港証券取引所(資料写真、出所:)


 今回から「最前線レポート〜中国ベンチャー市場の全貌」と題し、「中国成長市場のエコシステム」を、網羅的かつ徹底的に日本の読者の皆さんにお伝えしていきたいと思う。

 前回の連載シリーズ「中国市場『7つの真実』」(2014〜2015年)では、ミクロな7社のケーススタディを糸口に、リアルな中国市場の様子をお伝えした。それに対して本連載は、よりマクロな位置付けで、「これだけ読めば、中国ベンチャー市場が大体理解できる」という「現時点版バイブル」のようなものを目指したい。

 なぜここまで執拗に、私たちは中国成長市場研究にこだわるのか? その答えは一言。日本は「中国からは逃げられない」と考えるからである。

「巨大消費地」に「食らいつき」、「新たなイノベーションの宝庫」から「学び」、また「東南アジア・インドへの玄関口」としても「知っておく」ことが必要なのではないか、と強く感じている(参考: 前回連載第1回「中国市場『7つの真実』 なぜ今、中国成長市場研究なのか?」)。そしてその認識は、日増しに強まるばかりである。

 そんな思いを胸に、本連載では前回に続き、中国を代表する有力ファンドであるLegend Capitalのパートナー、朴焌成と、ドリームインキュベータ上海 総経理の筆者(板谷)、同 高級創業経理の小川貴史の3人で共同執筆の形で解説していく。

 まず、「2016年度・中国ベンチャー市場の10大ニュース」を通じ、象徴的なトレンドをお伝えした上で、「ベンチャー市場のエコシステム」を6つのキーワードから網羅的・徹底的に解明し、最後に日本企業への示唆を考えていきたい。今回は前半の5つのニュースを紹介する。

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2016年度・中国ベンチャー市場の10大ニュース(1)前編

【ニュース その1】
 配車アプリ企業「神州専車」、世界に先駆けて上場

 北米のUber、中国の滴滴出行(Didi)、インドのOLA、東南アジアのグラブタクシー、南米・アフリカのイージータクシ―。世界中で配車アプリ競争が繰り広げられる中、中国から一足先に上場企業が誕生した。2016年7月に、新三板市場に約6000億円の時価総額をつけ上場した「神州専車」である。

 2014年11月に設立された同社の最大の特色は、Uberや滴滴出行(Didi)と異なり、「ハイエンド車両」にフォーカスしている点だ。親会社の中国最大レンタカー会社(神州租車)から長期レンタルで調達した車両と、専門ドライバー4万人を抱える。toCだけでなく、従業員/顧客への車両サービス提供が必要な企業対象にtoBサービスも行うことで、ハイエンド市場で中国No.1の1100万会員を確保している。

配車アプリ「神州専車」の専用車両とドライバー(出所:神州専車)


 2017年2月には、銀聯グループ等を引受先とする46億元(約750億円)の資金調達も発表された。

 世界各地で一斉にビジネスが立ち上がる中、中国で一足先に上場が達成、かつそれがハイエンド志向モデルであった、という事実は、意外に思われた方も多いのではないだろうか?

神州専車の上場を告知する看板(ニューヨークのタイムズスクエアにて)


【ニュース その2】
 中国の3大タイヤ会社「玲珑轮胎」が上海マザーボードに上場

 次は配車アプリから打って変わって、タイヤメーカーである。玲珑轮胎は1975年に設立された、主に大型サイズの産業タイヤを生産・販売する企業だ。貨物トラックや機械用車両向け等を扱う。

 同社はGM、日産、フォード等を顧客に持つグローバルトップ20/中国トップ3のタイヤ企業として、今も年率15%超の成長を遂げ、2016年7月には上海マザーボードに上場。当日の時価総額として4000億円を記録した。

 世界中で生産過剰に苦しみ、業界内M&Aが続く同業界。その中にあって、中産階級の消費急拡大や物流量増大を背景に、中国は世界の1/3、日本の5倍強に相当する2800万台/年の自動車販売を誇る(乗用車・商用車合計)。中国では、こうした比較的伝統的な産業すらも、新興上場企業の地位に押し上げられようしている。

年間4000万本を販売する玲珑轮胎のタイヤ(出所:玲珑轮胎)


【ニュース その3】
 世界11億ダウンロードの写真補正アプリ「美図」が香港上場

写真補正アプリ「美図秀秀」を核とする累計11億ダウンロードのアプリ群


 皆さんは中国の写真補正アプリ「美図」(Meitu)をご存じだろうか? 2016年12月15日に香港上場した同社は、累積で1000億円近い赤字を抱えつつも、49億香港ドル(740億円)を調達。2017年5月現在も時価総額7000億円近辺を維持している。

 同社がこれだけ市場に評価されている背景の1つは、アプリの圧倒的な「規模感」である。

(1) 微信(WeChat)等の中国SNS上に投稿される写真の5割強(!)は、同アプリで補正されている。

(2) アプリのダウンロード件数は累計11億。非ゲーム企業のダウンロード順位としては、米・中ネット大手7社(アップル、グーグル、フェイスブック、マイクロソフト、百度、アリババ、テンセント)に次ぐ世界8位である。

(3) 月間アクティブユーザー数は4億5600万人。米ツイッター(約3億人)をも上回る。

 各国女性の「美」に対する消費意識の違いを風刺したものとして、「アメリカ人=フィットネス」「日本人=化粧」と言われて久しいが、今や「中国人=スマホアプリ」も定説となりつつあるのだ。

 2点目として、最近では、スマホアプリでのブランドを背景に、「スマホ」そのものの販売にも乗り出している。2016年の「独身の日(11月11日)」では、何と2000〜2999元の携帯売上で2位にラインクインした(1位はシャオミ、3位はファーウェイ)。

 最後にもう1つ、シリコンバレーのスタートアップ同様、創業当初からグローバル展開を視野に入れている点も挙げられる。東南アジア中心に、海外ユーザーは実に4億ダウンロードに達している。

 新興国(ブラジル、インド、ロシア等)で圧倒的シェアを誇るUCweb(アリババ傘下の携帯ブラウザ)、欧米で人気のmusical.ly(動画共有アプリ)など、「中国発グローバル」の新興企業も続々と登場し始める中、美図は東南アジア女性の「美」に対する消費意識も「スマホアプリ」に染め上げていくのだろうか?

自撮り用スマホのECショップでの販売状況


【ニュース その4】
 本間ゴルフ、2016年10月に香港取引所に上場

 本間ゴルフと言えば、2016年11月のトランプ大統領との初会合の場で、安倍首相が同社の特注クラブを贈呈品に選んだことが話題になった。そんな本間ゴルフも、今や香港上場する中国企業である(冒頭の写真)。

 同社は1959年に設立された老舗企業であるが、ゴルフ場への過剰投資等で経営が行き詰まり、2005年に民事再生法適用を申請。2010年には、中国家電メーカー奔腾電器を経営する劉建国氏の投資会社が51%の株式を取得していた。

 現在は、上海に営業本部を置いて積極的に中国事業拡大を行い、中国本土でも50店舗以上を運営し、マーケットシェアは15%を突破。2016年3月期の売上高17億香港ドル(約250億円)を地域別に見ると、日本53%/中国19%/韓国13%と、海外比率も高まってきている。

中国でも50店舗以上の直営店を展開


 これまで生産中心であった中国のモノづくり業界は、「ブランド作り」がいかに難しいか、という課題にまさに直面している。そうした中、特にライフスタイルに関わるような分野では、海外消費財ブランドとの提携・出資も続いていくことだろう。

 同時期に起こったもう1つ注目に値する動きとしては、バロックジャパンリミテッドの中国資本傘下での東証1部上場(2016年11月)もある。同社はMOUSSYでお馴染みのアパレル企業だが、中国事業本格化のために、中国大手VC/PEであるCDH(鼎晖投资)と、その元ポートフォリオの大手靴販売企業Belle International Holdings Limited(百麗国際)がマジョリティ保有するに至っていた。

【ニュース その5】
 テンセントがアジア最大の時価総額企業に

 2016年9月、伝統的な資源・金融・通信で占められていた中国の上場時価総額ランキングに大きな地殻変動が起こった。中国ネット界の巨人テンセントが、それら企業をゴボウ抜きし、一躍、中国上場企業の時価総額首位に躍り出たのである。

テンセントの上場来の時価総額の推移


 そして、これは同時に、トヨタ、サムスン、アリババというアジアを代表する企業を抜き去り、テンセントがアジアNo.1に輝いたことも意味する。

 テンセントと言えば、1日当りアクティブユーザー数が7.7億人(2016年12月時点)の巨大ソーシャルサービス「WeChat」の運営企業として有名であろう。WeChat上のトランザクションも60兆円を突破する見通しである。さらに最近では、「微信小程序(WeChat Mini Apps)」と呼ばれる、WeChat上でアプリを動作させるオープンプラットフォームの普及も推し進めている。日本ではいまだに「中国版LINE」という表現も聞かれるが、実際は、スケール・マネタイズ・グローバル展開、いずれにおいてもWeChatが数歩先を進んでいるのが実情だ。

 また、テンセントのもう1つの顔は、「世界最大のゲーム企業」である。1兆円超の中国PCクライアントゲーム市場で首位に躍り出た後、世界で最も人気あるPC対戦ゲームと言われる「League of Legends(LOL)」のRiot Games社(2011年)、3DゲームエンジンUnreal EngineのEpic Games社(2012年)を買収、さらに世界第2位のゲーム企業であるActivision Blizzard社の外部筆頭株主(2013年)にもなっている。2016年には同様に、1兆円近くに成長した中国モバイルゲーム市場での盤石な地位を背景に、ソフトバンクからスーパーセルを買収。結果として、グローバルのゲーム売上は1.2兆円に達している。

 こうした成長を背景に、テンセントの時価総額は2004年の上場以来、13年間にわたって右肩上がりの上昇を続け、実に275倍にまで増加した。2017年5月現在、世界でも時価総額10位以内にランクインしている。

世界のゲーム企業売上ランキング: テンセントグループが1.2兆円で首位
(出所: Legend Capital提供資料)


 ここまで2016年の10大ニュースのうち5つのニュースを紹介してきたが、皆さんはどれだけご存じだっただろうか? 次回は残りの5つのニュースを見ていこう。

最後に

◎ドリームインキュベータ・板谷より

 前回連載記事を書いた2014〜2015年当時と比較して、正直、中国の圧倒的な勢い・進化に驚きを感じるばかりです。そこで何ができるか、というのは日々悶絶しているところですが、少なくとも「知っておくべき」「もはや他人事ではない」ということはぜひともお伝えしたい。

 美図のように東南アジアで中国企業と激突することもあれば、本間ゴルフのように日本に留まっている場合すら中国企業と向き合わざるを得ないシーンも出て来る。特に正しい情報の少ない中国市場であるから、本連載を通じて、しっかりと全体像をお伝えしていきたいと思います。

◎Legend Capital・朴より

 美図の始めた携帯販売事業は、今では同社の売上の半分以上を占めるに至っています。アプリ企業が携帯メーカーとして成功できるというのは、私たち韓国や日本から見ると、非常に興味深いことではないでしょうか。韓国ではKAKAOも携帯メーカーに進出を試みていますが、十分な規模までは確保できていません。「美」という特定用途だけで、携帯メーカーを成立させてしまう中国市場の”懐の広さ”を感じるエピソードと言えるでしょう。

この記事のまとめ(1):2016年度 中国ベンチャー市場の10大ニュース(前編)
1.配車アプリ企業、世界に先駆けて上場(神州専車)
新規産業で中国が世界初上場(かつハイエンド)
2.中国の3大タイヤ会社が上海マザーボードに上場(玲珑轮胎)
伝統産業にも成長の機会が存在
3.世界11億ダウンロードの中国写真補正アプリが香港上場(美図)
「中国発グローバル」の新興企業が続々と誕生
4.本間ゴルフ(2005年に民事再生法適用を申請)、2016年10月に香港取引所に上場
「海外のブランド・技術」と「中国の市場」の融合モデル
5.テンセントがアジア最大の時価総額企業に(2016年9月)
上場後13年で275倍の成長を続けるネットジャイアント

(筆者プロフィール)

板谷 俊輔
ドリームインキュベータ上海 董事兼総経理
東京大学工学部卒業、同大学院新領域創成科学研究科修了後、DIに参画。
北京大学外資企業EMBA。
エンタメ・デジタルメディア・消費財分野を中心に、大企業に対する全社改革(営業・マーケ改革、商品ポートフォリオ再構築、生産・購買コスト削減、組織改革、海外戦略見直し等)から、ベンチャー企業に対するIPO支援(事業計画策定、経営インフラ整備、常駐での営業部門立ち上げ、等)まで従事。現在は、DI上海に董事総経理として駐在し、現地政府・パートナーと連携しながら、日系大企業へのコンサルティングと中国・アジア企業への投資・事業育成を行う。

小川 貴史
ドリームインキュベータ上海 高級創業経理
東京大学工学部卒業後、ドリームインキュベータに参加。
主に、新規事業の戦略策定およびその実行支援に従事。 製造業(自動車/重工/素材)を中心に、IT、商社、エネルギー、医療、エンターテイメント等のクライアントに対し、構想策定(価値創造と提供における新 たな仕組みのデザイン)から、事業モデル/製品/サービスの具体化、組織/運営の仕組みづくり(実現性を担保したヒト・モノ・カネのプロデュース)、試験 /実証的な導入まで、一気通貫の支援を行っている。複数企業による分野横断的な連携や、官民の連携を伴うプロジェクトへの参画多数。

朴焌成 (Joon Sung Park)
Legend Capitalパートナー、エグゼクティブディレクター
韓国延世大学校卒業、慶應義塾大学MBA及び中国长江商学院MBA修了。延世大学在学中には、University of Pennsylvania, Wharton Schoolへの留学経験も持つ。
アクセンチュア東京オフィスを経て、Legend Capitalに参加。Legend CapitalではExecutive DirectorとしてEコマース、インターネットサービス、モバイルアプリケーション、コンシューマーサービス分野での投資を積極的に行う。韓国語、日本語、中国語、英語に堪能。
Legend Capitalは、レノボを含むLegendグループ傘下の中国大手投資ファンドで、ファンド総額は50億米ドルを超える。特にインターネット・モバイル・コンテンツ分野および消費財分野に強みを持ち、350社以上への投資実績がある。日系大手企業のLPも多数。

筆者:ドリームインキュベータ