在日本大韓民国民団中央本部副団長の林三鎬氏

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 韓国第19代大統領に革新系「共に民主党」の文在寅(ムン・ジェイン)氏が就任して、3週間以上がすぎた。韓国は、内政では財閥改革や格差是正、外交では北朝鮮の挑発や従軍慰安婦をめぐる「日韓合意」の再協議など、問題が山積している。激動する世界のなかで、政権交代が行われた韓国と関係各国の連携は欠かせない。

 これまでも日韓間の架け橋となっていたのが、在日韓国人のための組織「在日本大韓民国民団」だ。今、この民団は韓国を取り巻く状況および文政権の誕生をどう感じているのか。民団中央本部副団長の林三鎬(イム・サムホ)氏に話を聞いた。

●文大統領が国民の期待を裏切れば再び不安定化

――文大統領の誕生を、どう捉えていますか。

林三鎬氏(以下、林) 期待と心配の両面があります。期待の面では、革新政権であること。韓国は内政の問題が山積しているので、少しでもいい方向に向かってほしいと思っています。

 心配は、文大統領が公約をどこまで実現できるかという点です。韓国の国会は野党が多数を占めており、国会で何も決まらないとなっては困ります。また、今回の政権交代は朴槿恵(パク・クネ)前大統領の退陣を迫る「ろうそくデモ」に端を発する側面もあるため、国民の意向を無視できません。そんななか、多くの公約の実現性については心配もあります。仮に国民の期待を裏切れば、韓国の政情は再び不安定化する可能性があります。

 ただ、就任以降は現実的な発言も多くなっているので、「うまくやっていくのかな」という期待感もあります。

――民団では、どのような声が上がっていますか。

林 民団は、さまざまな方によって組織が形成されています。韓国国籍の方はもちろん、日本国籍の方やいわゆるニューカマーの方々も民団に加盟しています。それをひとつの意見として合意形成することはできませんが、政権交代があっても一喜一憂はしていません。

 ただ、年配の方たちは朴正煕(パク・チョンヒ)時代に愛着があり、革新政権の金大中(キム・デジュン)や盧武鉉(ノ・ムヒョン)の側には距離感があります。一方、ニューカマーの中には革新政権の誕生を歓迎する人もいます。民団は、時の政権に対して可能な限りあらゆる対応を行い、言うべきことは言います。それは、保守・革新を問わずです。

 また、民団は金大中や盧武鉉時代にもうまく対応しています。文大統領は、過去に保守から革新への政権交代を経験しているので、バランス感覚もあるはずです。そこで、民団ともうまく調整・調和することを期待しています。文大統領は、民団の役割について、日韓の架け橋であることを十分に認識されているので、お互いにいい関係を築けるでしょう。

●韓国国民が期待する財閥改革は非現実的か

――では、内政の問題からうかがいます。韓国では、政府の財閥優遇政策に対して国民の怒りが強く、文大統領も「財閥改革」を公約のひとつに掲げています。

林 はっきり言って、戦後の日本における財閥解体のようなことを期待するのは難しいと思います。経済の構造改革は、長期的な視点に立った解決が現実的です。もし、一気に財閥改革を行うとすれば、革命的な手法をとらない限りは無理でしょう。北朝鮮との関係に鑑みても、言うほど簡単ではありません。

 まずは、中小企業の長期的な育成による漸次改革が望ましい。そのための法律をつくり、行政がしっかりと執行すれば可能です。ただ、国民がその漸次改革で納得するかというのが問題です。高齢者層は「実際にはこんなものだろう」と理解を示すかもしれませんが、若者層はそれでは収まらないと思います。現実と若者層の願望とのギャップをどう埋めていくかが難しいところであり、不安材料です。

――文大統領は、「任期内に公共部門の非正規雇用をゼロにする」と公言しています。

林 それも財政的な問題がハードルになり、実行すれば場合によっては財政破綻をきたす可能性もあります。韓国の問題のひとつに、労働組合が優遇されていることがあります。もともと労組への出費が多く、結果的に労組を強化することにもなりかねないため、これも現実的でないと考えます。

 今回の大統領選挙では、保守派が一本化していれば勝利していた可能性もありました。文大統領の得票率は約4割にすぎません。強力な推進力を持てるかどうかは疑問です。

――豊かな中間層の形成も、ひとつのテーマになりますが。

林 韓国社会の最大の弱点は、中間層、つまり中和的な緩衝層が少ないことから社会が不安定化し、右にせよ左にせよ一気に振れることです。今、財閥を中心として突出した富裕層に対する不満が高まっています。

 中間層を形成するためには、前述したように中小企業の長期的な育成が必須です。ギリギリのところでやらざるを得ませんが、大ナタを振るって財閥による独占企業を制限し、中小・零細企業の育成に注力すべきです。

 朴槿恵前大統領は、豊かな中間層の形成をうたいつつも実現できなかったことが失脚した一因です。もし中小企業の育成を実現できれば、文大統領の評価は定着するでしょう。

●韓国の若者は大企業か公務員しか目指していない

――「中小企業の育成=豊かな中間層の形成」という構図は理解できましたが、政策以外で何かハードルはありますか。

林 韓国の国民性も関係しています。たとえば、日本人は地道な作業を積み重ねることができ、伝統的な職人気質が根付いています。おそらく、江戸時代からあったのでしょう。日本人は、人生をかけて技術や知識を研鑽します。商業にしても何百年という老舗がありますが、韓国人は一攫千金を狙う意識が強いです。

 そして、もうひとつは昔から特権階級の両班(ヤンバン)意識が強いこと。韓国の中小企業育成は、この両班意識が変わらないと難しいでしょう。一方、韓国の若者は大企業に勤めるか公務員になることしか考えていません。政策として中小企業を育成しても、「起業しよう」「中小企業に従事して担い手として汗をかこう」という若者が現れない限り、厳しい気がします。

●民団にとって北朝鮮のミサイル発射は大迷惑

――続いて、外交問題です。文政権は反日・反米で親中国・親北朝鮮の姿勢といわれており、文大統領自身も「条件が整えば平壌に行く」と発言していますが、どう思われますか。

林 北朝鮮の問題については、アメリカと歩調を合わせて考えていくのが現実的です。北朝鮮の姿勢が変わるのであれば問題はないのですが、変わらないからこそ問題です。武力による解決は望ましくないので、結局は関係各国が経済制裁を本気で実施しなければなりません。そこで、中国の動向に注目が集まっています。

 関係各国が協力して制裁を行っているときに親北的な政策をとるのは難しいでしょう。北朝鮮に大きな変化がなければ、金剛山観光の再開や開城工業団地の復活も現実的ではありません。そんなことをすれば、中国、アメリカ、そして日本も韓国に対するバッシングを強めることは容易に想像できます。

 極東アジアの安全保障において、北朝鮮の核開発とミサイル発射を認めれば、韓国も同じ動きをする可能性があります。特に、韓国の中でも保守系の人たちは核開発構想を提案していますが、もしそんなことをすれば中国とアメリカが黙っていません。核抑止は世界的な潮流ですが、それに逆行することになりますから。そのため、「文大統領は親北派」と言われていても、「実際にできることは、あまりない」というのが私の見立てです。

――北朝鮮によるミサイル発射については、どうお考えですか。

林 私ども在日コリアンにとって、北朝鮮のミサイル発射は迷惑以外の何物でもありません。北朝鮮と在日コリアンが同一視されることは、心外の極みです。確かに、在日コリアンの中には北朝鮮を盲目的に支持する人もいますが、それはごく一部。北朝鮮の問題では、私たち在日コリアンが一番被害を受けているのです。だから、私たちは北朝鮮に変わってほしいと願っています。

――ありがとうございました。

 後編では、従軍慰安婦問題の日韓合意や今後の日韓関係について、さらに林氏の話をお伝えする。
(構成=長井雄一朗/ライター)