「働けるのに働かない」。生活保護受給者は、そんなレッテルを貼られがちだ。行政の就労指導にも、そんな偏見がにじみ出ていないだろうか(※写真はイメージです)

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  2018年、政府は生活保護法再改正・生活保護基準見直し(≒引き下げ)を予定しており、2017年度に入って、それらを視野に入れたものと見られる動きが活発化している。大きな焦点の1つは、生活保護世帯に対する就労指導の強化と、従わない場合のペナルティの強化だ。

 しかしながら、「働けるのに働かず、生活保護に甘えている」という状態にある人が多数いるという実感は、私には全くない。私から見ると、「働きたくない」は「働けない」のバリエーションの1つだ。そもそも「働けるのに働きたくないから働かずに生活保護」という人に対して、就労意欲アップ、本人に適した仕事探しや仕事づくり、就労後の就労継続のためのフォローアップなどを丁寧に行うには、支援者の人件費その他の費用、受け入れ企業側の環境整備費用、もちろん本人の給料その他の費用が必要だ。

 もちろん、生活保護費コストを別のどこかに“付け替え”することに成功すれば、表面的には「就労促進によって、生活保護費削減に成功した」ということになる。税収も若干は増加するかもしれない。しかし、それらを考慮しても、社会的コストの総額は減少せず増加するかもしれない。

就労指導を受ければ
生活保護を抜け出せるのか?

 今回は、生活保護のもとで就労指導を受け、生活保護脱却へと向かう野神健次郎さん(仮名・53歳)の経験を通して、就労指導の“いま”を眺めてみたい。

 野神さんは高校卒業後、専門学校に進学したが、在学中に就職した。以後、メディア関連業界・ICT業界で10年以上にわたり、正社員として職業キャリアを構築していた。何日も泊まり込まなくてはならない激務が日常化しているブラック職場も、ほぼ毎日定時に帰れるホワイト職場もあったが、当時の野神さんは、若さと業務への関心から、ブラック職場を「ブラック」と感じず、「これが当たり前だろう」と思っていたそうだ。

 しかし、職場環境がホワイトかブラックかとは無関係に、野神さんは5年程度の勤続の後、精神的に勤務を続けられなくなるのだった。「精神科には行かなかったけれど、うつ病だったのだろうと思う」ということだ。

 幸い、父親の理解があり、30歳を超えていた野神さんは実家で療養生活を送ることとなった。しかし間もなく、血縁者とのトラブルが発生した。実家にいることもできなくなった野神さんは、やむなく路上生活を始めた。

 7年間の路上生活の後、野神さんはホームレス自立支援施設で11ヵ月間を過ごした。ホームレス施設職員として短期のアルバイトもしたが、就労によって自活する可能性は極めて薄かった。就労自立を焦る野神さんに、施設職員は生活保護という選択肢を示した。抵抗を感じる野神さんに、その職員は「生活保護を受けることは、自立するっていうことなんですよ」と語った。

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