オーガズムの共有のためにウェットティッシュ?(depositphotos.com)

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 房事(セックス)は超プライベートな営みなのに、世間はベッドサイドでストップ・ウオッチを片手に、1分、2分、3分と持ち時間を数えては狂喜している。男性は、覗き見好きな世間の好奇の餌食になる他ない。

 しかも、神様は男性だけに過酷な試練を与える。それを克服することだけが男性の値打ちであるかのように。早漏(Premature Ejaculation : PE)という試練だ。

医学的な定義や分類は易々と定まらない早漏

 しかし、ISSM (国際性医学会議)は、2008年5月20日に開かれた第103回AUA(米国泌尿器科学会)の年次総会で明確なエビデンスを表看板に掲げつつ、高らかにこう定義(ファイナル・アンサー)した。

 早漏は、性行為時に常に膣内挿入前または挿入後1分以内に射精、または挿入前に射精を遅らせることができずに射精する性機能障害である。その結果、射精をコントロールできないことから、性交に対するストレス、欲求不満、苦悩、焦燥感、劣等感などにを感じるため、性行為を回避する精神状態に陥る(ISSM definition of Primary Premature Ejaculation McMahon CG,etal :BJU Int. 2008 Aug;102(3):338-50.)。

 このように早漏は、脳内の性的興奮が過度に高まり、射精までの膣内射精潜時が短くなって起きる。初めての性行為時に女性が性的満足を得るのが遅いために射精に至る終生早漏(先天的早漏)と、長期禁欲期間後の性交、加齢、ED(勃起不全)の他、疲労、不安、ストレス、パートナーからの要望、腰痛、多発性硬化症などの要因によって起きる後天的早漏がある。

 ところが、早漏は、超極私的かつ超形而上的(精神的)で、異質・非定型な個人的体験に根ざす営みであることから、風に揺らぐ振子さながらに医学的な定義や分類は易々と定まらない。

 つまり、早漏は、原発性なのか続発性なのか?特定の状況でのみ早漏になるのか?ED(勃起不全)を併発しているのか?早漏の約30%はなぜ完全勃起の前に射精するのか?などの解釈も診断も決めにくいので、種々雑多の難問が男性の夜の生活を困惑させている。
早漏に著効あり!局所麻酔薬ベンゾカイン

 しかし、いつの世も閨事(ねやごと)は好事魔多しだが、捨てる神あれば拾う神ありも人生の妙味だ。早漏に悩む米国の男性にとっては、願ってもない吉報が天から降りて来たのだ。

 ニューヨーク市の男性生殖のエキスパートであるRidwan Shabsigh氏が率いる研究チームは、異性のパートナーと1対1の関係を持つ早漏の男性21人を対象に、局所麻酔薬ベンゾカインのウェットティッシュタイプを用いたランダム化比較試験を製造元のVeru Healthcare社の支援を受けて実施。5月13日に開かれた米国泌尿器科学会(AUA)の年次学術集会で研究成果を発表した。

 発表によれば、15人は4%のベンゾカインを含有するウェットティッシュタイプを、6人は局所麻酔薬を含まないプラセボ薬剤をそれぞれ使用した。2カ月後、ベンゾカイン群はプラセボ群に比べて早漏が有意に改善した。この研究の知見は査読後に医学誌に掲載される予定だ。

 AUAの広報スタッフを務める南イリノイ大学のTobias Kohler氏は「早漏の症状を軽減する新しい画期的な方法を示す有望な成果だ」と評価する。

 ニューヨーク市のレノックス・ヒル病院のDavid Samadi氏は「ベンゾカインなどの局所麻酔薬は今までも活用されてきたが、ウェットティッシュタイプは初の試みだ。だが、コンドームを使用しなければ、局所麻酔薬はパートナーの膣壁から吸収され、感覚を低下させるリスクが高い」と警告する。

 また、ロングアイランド・ユダヤ人医療センターのHarris Nagler氏は「今回の研究は小規模であり、曖昧な点がいくつかある。局所麻酔薬は早漏に悩むすべての男性に有効ではない。勃起障害が生じたり、膣の無感覚によってパートナーの満足度を阻害する恐れも否定できない」と言及する。

 AUAによると、米国で早漏の悩みを訴えている18〜59歳の男性は3人に1人だが、利用できる薬剤はクリーム剤またはスプレー薬に限られている(『新泌尿器科学』p.328)。

 ベンゾカインは、日本ではアミノ安息香酸エチルとも呼ばれ、脳への痛みを感じさせる神経伝達を麻痺させるため、早漏防止薬の他、乗物酔いの防止薬、胃腸薬、痔の痛み止め、かゆみ止め、日焼け止めなど、様々なOTC薬に用いられている。医療現場では一時的に感覚を麻痺させる局所麻酔薬としても普及。ウェットティッシュタイプは、近い将来、国内販売されるかもしれない。

 なお、ベンゾカインの副作用は極めて少ないが、塗布剤は、過敏症や皮膚アレルギーなどの体質がある人なら、皮膚のかゆみ・痛み、腫れ・赤みを帯びたり、眠気・眩暈・体温変化などを伴う場合があるので、服用・塗布後に副作用があれば、すぐに医師の診断を受けたい。
(文=編集部)

堤寛(つつみ・ゆたか)
2017年4月より、はるひ呼吸器病院(愛知県)病理診断科の病理部長。慶應義塾大学医学部卒、同大学大学院(病理系)修了。東海大学医学部に21年間在籍。2001〜2016年、藤田保健衛生大学医学部第一病理学教授。「患者さんに顔のみえる病理医」をモットーに、病理の立場から積極的に情報を発信。患者会NPO法人ぴあサポートわかば会とともに、がん患者の自立を支援。趣味はオーボエ演奏。著書に『病理医があかす タチのいいがん』(双葉社)、『病院でもらう病気で死ぬな』(角川新書、電子書籍)、『父たちの大東亜戦争』(幻冬舎ルネッサンス、電子書籍)、『完全病理学各論(全12巻)』(学際企画)、『患者さんに顔のみえる病理医からのメッセージ』(三恵社)、『患者さんに顔のみえる病理医の独り言.メディカルエッセイ集 銑Α戞併扱端辧電子書籍)など。

一杉正仁(ひとすぎ・まさひと)
滋賀医科大学社会医学講座(法医学)教授、京都府立医科大学客員教授、東京都市大学客員教授。厚生労働省死体解剖資格認定医、日本法医学会指導医・認定医、専門は外因死の予防医学、交通外傷分析、血栓症突然死の病態解析。東京慈恵会医科大学卒業後、内科医として研修。東京慈恵会医科大学大学院医学研究科博士課程(社会医学系法医学)を修了。獨協医科大学法医学講座准教授などを経て現職。1999〜2014年、警視庁嘱託警察医、栃木県警察本部嘱託警察医として、数多くの司法解剖や死因究明に携わる。日本交通科学学会(副会長)、日本法医学会、日本犯罪学会(ともに評議員)、日本バイオレオロジー学会(理事)、日本医学英語教育学会(副理事長)など。