連続テレビ小説「ひよっこ」(NHK 総合 月〜土 朝8時〜、BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜)
第9週「小さな星の、小さな光」第51回 5月31日(水)放送より。 
脚本:岡田惠和 演出:田中正


51話はこんな話


工場の最終日、みね子(有村架純)たちは、最後のコーラス(「見上げてごらん夜の星を」)を歌う。

きっといまが1番暗い夜


会社倒産でみんな離散の悲しい50話は、視聴率が17.5%(ビデオリサーチ調べ)関東地区とかなり下がって、全50話中最低記録に。

このところの朝ドラで、17%台になってしまうのは珍しい。
脚本、演出、俳優と悪いところは全くないが、会社の倒産話はいまの日本の庶民にとってはきついだろう。
例えば、会社をリストラされたことを家族に言えず、毎朝、会社に行くふりをしている夫のエピソードが描かれたドラマや映画を観ることがある。もし、現実にそういう人がいて、「ひよっこ」を観ていたら、いたたまれないだろう。

戦争描写を観るのがいたたまれないという声があるのと同じ、というか、いまなら戦争よりも身近な問題過ぎて、受け止めるには重い。それをあえて描き続けていると、2012年に放送された朝ドラ「純と愛」のような反応を呼ぶ危険性もある。すでにその予兆はあるような・・・

念のため、「純と愛」について説明すると、宮古島、大坂を舞台にした、主人公が「まほうのくに」のような、夢のホテルを経営しようと奮闘する物語だった。問題は、彼女を取り巻く人々に次々ヘヴィな災いがふりかかることで、極めつけは最愛の人の大きな病・・・この展開は、朝観るにはかなりきつかった。さらに、きつかったのは、主人公を含め、登場人物が力んでしゃべることが多かったことと、陰険なひともたくさん出てきたことだ。それに比べたら「ひよっこ」は、優しい人しか出てこないし、じつに穏やかだが、父の失踪、お世話になった人の帰郷、会社の倒産・・・と来て、登場人物が怒鳴らない、意地悪しない「純と愛」になりかかっているような気もしないではない。
そうはならないと思うのだが・・・。きっといまが1番暗い夜なだけであると・・・。

水着着ないし、浅草シーンもない


優子(八木優希)は、工場閉鎖最終日前に秋田に帰ることになってしまった。
二度と会えないかもと思うみね子。当時、東京から茨城は近いが、秋田はそんなに遠いのか。

突如、幸子(小島藤子)が、「なんか悪いことしたい」(不良なこと)と言い出し、乙女たちは「門限を破る気満々」で浅草へと向かう。

「青春映画みたいだっぺ」(時子)

「笑ってるけど泣けそうです。
泣きそうだけど楽しくて仕方ないです」(みね子)

面白いのは、固いイメージに設定しがちな、寮長キャラを、率先して羽目をはずしたがる 恋人もいる、すすんだ女の子に描いていることだ。

さらに面白いのは、浅草に行った場面は描かず、「かなりの大冒険だったと思われますがどんなことがあったんでしょうね」と増田明美のナレーションで済ますこと。
水着を着なかった海水浴に近いが、通常、水着が無理なら海水浴シーンは描かず、浅草の繁華街を描くのが無理なら出かけるシーンはあきらめるところを、とりあえず描いておくという不屈の精神がいい。

そして、12月19日 工場閉鎖前日。迎えに来た優子のお母さん(田村たがめ)をお客さんにして、乙女たちが「見上げてごらん夜の星を」を歌う。 優子が満面の笑顔でいるところに胸を締め付けられた。 

みね子に「死ぬまで忘れない思い出」がまたひとつできた。
(木俣冬/「みんなの朝ドラ」発売中)