新専門医制度が相変わらず迷走している。

 4月24日、厚生労働省は新しい検討会を立ち上げた。メンバーには立谷秀清・相馬市長や渋谷健司・東大教授などが加わり、従来とは一新された。

 そして、初回の会合で、従来の方針を撤回し、専門医取得が義務でないことで合意した。今後も見直しが進むだろう。

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国民不在の新専門医制度

 この委員会が立ち上がったことは、「塩崎恭久厚労大臣の強い意志の現れ(厚労省官僚)」であり、既に方向性は決まったと考えるべきだろう。ところが、いまだに抵抗を続ける人々がいる。医学部長たちだ。

 5月17日、国立大学医学部長会議(以後、医学部長会議)は、記者会見を開き、全国市長会に抗議文書を送付したことを公表した。

 同委員会は4月12日に厚労大臣に対して、「国民不在の新専門医制度を危惧し、迅速に進めることに反対する緊急要望」を提出している(http://www.mayors.or.jp/p_opinion/o_teigen/2017/04/290414shinsenmoni-kinkyuyoubou.php)。

 医学部長たちは、この提言に対して、「重大な事実誤認がある。看過できない」と反論した。

 私は、彼らの行動を見て、日本の医学界の頽廃を痛感した。何点かご紹介したい。

 第1は文章が論理的でないことだ。

 例えば、医学部長たちは「医師配置の地域格差を生んだ根本原因は、平成16年4月に創設された新臨床研修制度にあります」と述べている。

 私どもの実証研究は、彼らの主張を支持しないが、ここではそのことには触れない。

 もし、初期研修制度に問題があるのであれば、後期研修制度を変更するのではなく、初期研修制度を是正すべきだ。論理が間違っている。

 医学部長たちが集まって、どうしてこの程度のことに気づかないのだろう。おそらく、この会議を仕切る数人が独走して、周囲は何も言わないのだろう。医学部長会議が権威づけに利用されていることになる。

恫喝に近いやり方

 第2は、抗議の宛先が間違っていることだ。

 専門医制度を議論しているのは、厚生労働省の検討会だ。彼らが意見するとすれば、この会議を設置した厚労大臣か会議の座長だろう。

 もちろん、問題の本質をウェブやメディアを通じて国民に分かりやすく説明してもいい。

 ところが、厚労省という公の場で議論をしているときに、反対意見を言った団体に対して、抗議文を送りつけた。このようなやり方を恫喝と呼ぶ。社会的常識がなく、下品だ。

 第3は、医学部長たちに利害当事者であると言う自覚がなく、そのやり方が下手なことだ。

 専門医制度では、大学病院も民間病院も若手医師を確保する点ではライバルだ。新専門医制度は、医学部長たちによる「カルテル」と見なすことも可能だ。

 もし、そのような主張を通したいなら、自分たちは前面に出るべきではない。大学病院での研修がいかに良いかを、後期研修医に言わせたら、社会に与える印象は全く違っただろう。

 大学医局には、教授の命令に従う多数の若手医師がいるはずだ。おそらく、彼らには、この程度の気配りさえできないのだろう。周囲の評判を気にせず、横車を押すことに慣れ切っている感じだ。

大赤字の責任どこへやら

 多くの大学教授は、このような「政治」に憧れるようだ。ところが、こんな活動に勤しんでいれば、本業は疎かになる。

 その典型が、記者会見に、常置委員会相談役の肩書きで参加した元山形大学医学部長の嘉山孝正氏だ。

 同日、毎日新聞は山形大学の重粒子線がん治療事業が48億円の赤字を出し、病院の経営を圧迫していることを報じている。最近、群馬県の先行事例を参考に、山形県でのがんの罹患率を考慮して推定したところ、フル稼働を予定している2023年の利用患者数は271人で、当初想定していた600人の半分以下だった。

 この事業は嘉山氏が推進したものだ。上場企業なら、経営者は退場だ。嘉山氏は名誉職の肩書きで記者会見している場合ではない。

 ちなみに、山形大学は「確定していない状態」の数字を報じたとして毎日新聞に抗議し、それを地元紙が報じた。これもピントぼけだ。

 山形県民の関心は、山形大学が破綻しないか、あるいは税金で赤字補填する必要がないかだ。それには何も答えていない。

 なぜ大学病院で研修する医師が減っているのか。本業そっちのけで、学会活動や副業に明け暮れている大学幹部が信頼されていないからだ。

 改革が必用なのは若手医師ではなく、医学部長たちだ。

筆者:上 昌広