プロトン株取得の中国吉利汽車、「日本の裏庭」に進出へ

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中国の自動車大手、吉利汽車(Geely)は5月24日、マレーシアの同業プロトンの株式49.9%を取得すると発表した。「日本の裏庭」とも呼ばれる東南アジアの自動車市場で、吉利はプロトンのシェア拡大を実現することができるのだろうか。

日本の自動車メーカーは1970年代後半以降、ほぼ完全に東南アジア市場を支配してきた。同地域では自動車の年間販売台数のうち、92%を日本車が占める。域内最大の市場であるインドネシアでのシェアは、日本国内を上回る95%だ。

日本を除く域外の自動車メーカー、米ゼネラル・モーター(GM)や独フォルクスワーゲン(VW)なども、人口約6億人を擁する同地域への進出を何とか実現し、シェアを拡大しようと試みてきた。だが、いずれも苦い結末に終わっている。

「デトロイト3(GM、フォード、クライスラー)」は、まずは人口6500万人超のタイに足掛かりを築き、そこから域内での事業を拡大しようと計画した。輸入税と非関税障壁が立ちはだかる同地域に米国から輸出するという選択肢は、最初から存在しなかった。

3社のうち、先陣を切って進出したのは、クライスラーだ。1995年にタイで「ジープ・チェロキー」の生産を開始したが、深く根付いた日本メーカーの大量生産体制、広範なサプライヤー・ネットワーク、政府との緊密な関係、幅広く張り巡らせた販売・サービス網には太刀打ちできなかった。さらに、「ジープ」は生産コストの面でも、ホンダ「CR-Vs」やトヨタ「RAV-4s」に歯が立たなかった。

GM、フォードも同様に敗北を喫した。両社の域内シェアは、どちらも5%を超えたことがない。さらに、欧州や韓国メーカーも同様の苦い経験をしている。現代や起亜のシェアはわずか1%だ。

プロトンは「狙い目」

2000年代半ばには、VWがプロトンとの交渉で合意間近とも伝えられた。だが、VWが目指した支配株式の取得に「マレーシアの誇り」であるプロトンは同意せず、交渉は決裂した。GM、フォード、現代、プジョーも同様に交渉を行い、結局は合意に至らず終わった。

東南アジアの自動車市場は基本的に、日本のものだ。タイのバンコクからインドネシアのジャカルタ、フィリピンのマニラ、ベトナムのハノイまで、日本車メーカーのディーラーやサービスセンターはあらゆる場所に設置され、部品は低価格で提供されている。中古車も価値が高い。ブランド名も広く知れ渡っている。状況は日本車メーカーにとって、完璧に近い。

だが、それでも他社の参入が完全に不可能なわけではない。プロトンが進出する余地はある。そこで吉利は考えた。工場を新設し、中国からサプライヤーを誘致するには数十億ドルの費用がかかる。すでにブランドを確立し、生産施設や国内全域に及ぶ販売・サービス網を持ち、事業を行っている同業(プロトン)の株式を取得する方が、コストを抑えて新製品の開発を行うことができる。

あくまで「支配権」を狙う

プロトン株の49%を取得する吉利は今後、VWやフォード、GMなら選ばないだろう道を進むことになる。株式譲渡に関する契約書に署名した後も、支配権の譲渡に関する協議を継続していくと考えられる。それが、中国のビジネス文化だ。

吉利にはまた、停滞しているプロトンの文化に風穴を開け、いくつもの新型SUVを開発し、消費者の信頼を築いていくことに成功した場合にも、それがマレーシアの自動車購買層やディーラーの多くを占める中国系国民のプライドを傷付けないという強みがある。欧米や韓国のメーカーには、吉利が持つこの生来の強みがなかった。

日本の裏庭に最初に足を踏み入れようとする域外の自動車メーカーが、中国企業になるとは誰が予想しただろうか。日本の各社は容赦なく吉利に反撃するだろう。だが、ボルボを買収し、その再生を実現した吉利の李書福会長は、今後を恐れていない。