先週の5月25日、アメリカ海軍駆逐艦デューイは、中国が人工島を建設した南シナ海南沙諸島のミスチーフ礁から12海里内海域を通航した。トランプ政権が発足して以降初めての南シナ海でのFONOP(航行自由原則維持のための作戦)が実施されたことになる。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

なかなか始まらなかった南シナ海でのFONOP

 中国は南シナ海に「九段線」(下の図)という不明瞭な境界線を国際海洋法条約とは全く無関係に設定して、南シナ海の大半の領域を自国の主権的海域であると主張し、南沙諸島でいくつかの環礁(暗礁も含む)を埋め立てて人工島建設に着手した。それに対してフィリピン政府が警告を発し始めたのは、2014年2月のことであった。

中国が設定している九段線(太い点線)


 しかし、アメリカをはじめとする国際社会の関心を集めることにはならなかった(本コラム2014年6月26日)。またたくまに中国の人工島造成プロジェクトは進展し、早くも2014年秋には4つの人工島が姿を見せつつある状況が確認された(本コラム2014年10月16日)。アメリカ海軍などではこの動きを問題にしたものの、オバマ政権は関心を示さなかった。

 2015年になると、中国の人工島建設はますます急ピッチで進められ、7つの環礁が人工島と化し、いくつかの人工島には滑走路も建設されている状況まで確認されるようになった。この状況に米海軍では強い危惧の念を発し続けたが、オバマ政権は相変わらず静観し続けた。(本コラム2015年3月12日、4月23日、5月28日、6月4日)

ミスチーフ礁(1):2015年1月、埋め立て前のミスチーフ礁(写真:CSIS、以下同)


ミスチーフ礁(2):埋め立て前のミスチーフ礁には小さなコンクリート製の建造物だけが存在していた


ミスチーフ礁(3):2015年9月、人工島建設が進むミスチーフ礁


ミスチーフ礁(4):2016年7月、ミスチーフ礁には滑走路はじめ数多くの施設が誕生


 しかしながら、いよいよ人工島──それも3つもの人工島に3000メートル級滑走路が誕生しつつある状況が明らかになると(本コラム2015年9月24日)、オバマ政権もようやく重い腰を上げ、中国に対して自制を促す姿勢を示す行動を取り始めた。

 そこで始められたのが、アメリカ海軍による「南シナ海でのFONOP(航行自由原則維持のための作戦)」である。(本コラム2015年10月15日)

FONOPの目的とは

 それまでにもアメリカは世界中の海でFONOPを実施していた。その目的は、海洋国家であるアメリカが国是としている「公海での航行自由原則」が脅かされようとしている海域にアメリカ海軍の軍艦や航空機を派遣して、「アメリカは航行自由原則が踏みにじられることは断固として容認しない」という強固な意思を示すことにある。

 したがって、アメリカが南シナ海の南沙諸島や西沙諸島などの周辺海域でFONOPを実施する目的は、中国(あるいは中国と領有権を争っている他の国)による領有権の主張に反対するため」ではない(アメリカ外交は第三国間の領域紛争には関与しないことを大鉄則としている)。あくまで「中国(あるいは他の国)が当該海域で『公海での航行自由原則』を踏みにじることがないように、『行き過ぎた主権的権利の主張』に対して警告を発するため」である。

オバマ政権下でのFONOP

 アメリカ太平洋軍やアメリカ海軍としては、このようになFONOPによって中国に人工島から手を退かせることができないのは十分に承知している。それでも、できるだけ頻繁に、かつ中国を刺激するような形で、FONOPを実施すべきであると考えていた。

 というのは、そのような強硬な態度を示さなければ、中国による人工島の軍事拠点化を暗に認めたことになってしまい、南シナ海での中国の軍事的優勢に拍車をかけることになってしまうからだ。

 しかしながら、中国に融和的であった(かつ軍事的行動を極力用いたがらなかった)オバマ政権は、ごく形式的なFONOPの実施しか認めなかった。そして、その回数も海軍側の意図とは違い、3カ月に一度程度にしか過ぎなかった。(本コラム2015年11月5日、2016年2月4日、5月19日、10月6日、10月27日)

214日ぶりに再開されたFONOP

 このようなオバマ政権の南シナ海での腰が引けた姿勢を強く批判していたのがトランプ大統領候補である。したがって、トランプ政権が発足するとすぐに、アメリカ海軍、とりわけ対中強硬派の主唱者である太平洋軍司令官ハリー・ハリス海軍大将は、南シナ海でのFONOPの実施再開を強く要請した。

 しかしながら、太平洋軍の上部機関であるペンタゴン(国防総省)内では南シナ海でのFONOPに関して様々な議論が存在していて一枚岩ではなかった。また、ペンタゴン自身の高官人事が停滞しているために、太平洋軍側の度重なるFONOP実施要請に対してなかなかゴーサインが出されなかった。

 そうこうしているうちに北朝鮮のICBM開発問題が持ち上がり、フロリダで開かれた米中首脳会談でトランプ大統領が習近平主席に北朝鮮ICBM問題で中国の協力を求める形になってしまった。さすがのトランプ政権としても、中国側に協力を依頼しておき、その一方で中国側の神経を逆なでする南シナ海でのFONOPを実施することはできない。そのため、オバマ政権下で最後に行われた昨年10月21日のFONOPから半年以上も再開されることがない状態となってしまったのである。(本コラム2017年5月11日)

 業を煮やしたハリス司令官は、議会での証言などで南シナ海でのFONOP実施の必要性を力説したり、日本を訪問した際には異例の与那国島視察を実施した。南シナ海問題と類似する東シナ海問題に対しても米軍は強い関心を持っていることを中国側に強くアピールするためであった。

 また、アメリカのメディアも、太平洋軍側がFONOP再開を要請しているにもかかわらずトランプ大統領がなかなか承認しない、という報道を行った。加えて、6月2日から4日にかけてシンガポールで開催されるシャングリ・ラ会合にマティス国防長官も出席する、といった事情を踏まえて、5月25日にようやく南シナ海での7カ月ぶりのFONOPが実施されたのである。

アメリカ海軍駆逐艦デューイ(写真:米海軍)


真の問題は根拠のない「九段線」

 ただし、たとえFONOPを頻繁に実施したとしても、あくまでその目的は「公海での航行自由原則」を尊重するようにメッセージを発することにある。そうである以上、南沙諸島をはじめとする南シナ海で中国が軍事的優勢を占めることに対する障害にはならない。

 しかしながら、たとえ中国による人工島の軍事拠点化を直接阻むことや、中国による南シナ海での軍事的優勢に打撃を与えることなどはできなくとも、アメリカだけではなく国際社会がFONOPをはじめとして何らかの形で「南シナ海の大半は航行自由原則が尊重される公海である」ということを示し続けない限り、ハリス大将が主張するように南シナ海での航行自由は踏みにじられてしまうことになる。

 中国当局は、南シナ海の大部分に当たる「九段線」内の海域は「中国の主権的海域である」と主張している。その主張をもとに、「中国が主権を有する陸地から12海里内を航行使用とする全ての船舶は事前に中国当局から通行許可を得なければならない」(国際海洋法条約の規定に反している)としていることを忘れてはならない。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

筆者:北村 淳