ベネズエラはボディコンタクトを厭わず、間合いに誘い込んでは日本の守備を確実にはがしていった。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

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 2007年以来、5大会ぶりとなる日本のU-20ワールドカップは、ベスト16で幕を閉じた。
 
 グループステージは3位通過、決勝トーナメントも完封負けしたことを考えると、好成績とは言えない。
 だが、この大会は厳しく結果を問うようなものではない。再三書いているように、ヨーロッパや南米はほとんど注目していないのだ。この大会に出られなかったことが、ブラジルやスペインの未来に陰を落とすことはないだろう。
 日本だってそう。07年から遠ざかったが、10年南アフリカ大会も14年ブラジル大会にも出場している。
 
 では、U-20ワールドカップには何が求められていたのか。
 結果が出るに越したことはない。だが、それ以上に大切なことは次につながる内容だったか、ヨーロッパや南米の強敵に通用する個人がいたかということだろう。
 
 残念ながら、内容でもタレントでも収穫は少ない。
 南アフリカ戦では逆転勝ち、イタリア戦も0-2から追いつく粘りを見せた。堂安が印象深いゴールをふたつも決めた。
 
 だが、強豪国と比べると実力不足は否めない。
 守備陣はアジア予選6試合無失点が嘘のように浮き足立ち、グループステージ3試合で前半に先制点を献上。敗れたウルグアイ戦、ベネズエラ戦では何度かチャンスを迎えたが、一度もネットを揺さぶることができなかった。ベネズエラ戦は決定機の数ではわずかに敵を上回ったが、地力の差は明らかだった。
 
 地力の差とは何か。それは戦術でも体力でも走力でもない。ひと言でいえば個人技というべきものだ。
 
 ベネズエラ戦の日本は、驚くほどボールを失った。一度は奪ったはずのボールを簡単に奪い返される場面もあった。競り合いに弱く、ボールと身体の間にすぐに腰や足を入れられてしまう。
 
 間合いに入ってこられるのが怖いのだろう。日本の選手はボールをもらうと、すぐに横にはたく。これではキープ率は上がっても、状況は変わらない。
 
 ベネズエラの選手たちは違った。ボールを持つと敵が間合いに入ってくるのを、むしろ待っていた。ひとり来ても、ふたり目が来ても慌てない。しっかりと身体を使ってボールを守る。守るどころか、巧みにボールを動かして股や隙間を抜いてくる。
 
 身体をべたりとくっつけて、至近距離で決着をつける。
 このあたりのプレーは、日本にはないものだ。そして、これができないから日本は弱いのだと私は思う。
 サッカーでもっとも大切なことは、敵の背後を取ること。そのためには敵を間近まで引きつけなければならない。敵が近くなるほど失うリスクは高まるが、股抜きはやりやすくなる。股抜きはもっとも効果的な背後を取る手段だ。
 
 個人技に自信があるベネズエラは、敵が間合いに入ってきても怖がらない。むしろ喜んで身体を密着させ、ごそっと敵の背後を取る。それは特別なことではない。ヨーロッパや南米なら、誰でもやっているようなことだ。
 
 ところが、日本はそれができない。やろうともしない。
 なぜか。それはひとつには、幼いころから1対1でボールを奪い合うような遊びをしていないからだ。また幼い頃からパスをつなぐことがサッカーだと刷り込まれている。
 
 刷り込んでいるのは、私たち大人だ。指導者であり、メディアであり、ファンだ。
 曰く――日本人は小さいから接触を避け、長所である俊敏性を生かしたプレーをすべきだ。
 メディアの端くれである私も、賛同していた時期があった。
 
 だが、それは正しくないということが、この大会で改めて分かった。日本は俊敏性を生かしたプレーをすることが、むしろ短所になっている。