木戸番の追手風親方の見どころは?(写真:共同通信社)

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 相撲ブームが沸騰している。そこで、「謎のスー女」こと尾崎しのぶ氏は現在相撲コラムを週刊ポストで執筆中。今回は親方衆が担当する「切符のモギリ」の楽しみ方について尾崎氏が語る。

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 週刊ポストの先々週号に手をたたいてしまった。百三十八ページの「独占入手! これが『5月場所・木戸番シフト』だ」。さっそく私が国技館に行く日時の担当を確認する。ほう、E親方とO親方か。

 モギリのときどの親方にあたるのか、私にとってそれは大変な楽しみである。私は現役力士に声をかけない。花相撲のときは無礼講かと思うけれど、本場所中は取組後であってもその日の相撲への反省を噛みしめていたり、翌日の取組について集中を始めているかもしれない。そう思うとおそれを覚え、ただジッと見つめるだけにしている。

 その分モギリの親方には、お疲れ様でございます、とのあいさつだけでなしに、なにか一言付け加えようと狙っている。もちろん客の入りの多くない、混みあっていない時間帯に限る(後ろに長蛇の列があるときに流れを止めてはならない)。

 出来山親方(元関脇・出羽の花)が木戸にいるときは、千賀ノ浦親方(元関脇・舛田山)の姿まで目に浮かんだ。日大の野村と拓大の舛田。幕下付け出しデビューした一九七四年三月場所では、関取たちが花道に並び「大学あがりがなんぼのもんじゃい」とにらんでいたという。

 一九八一年十月号の『VanVan相撲界』に掲載されている、「誌上対決われらライバル」と題した座談会がおもしろい。出羽の花ファンの北川清雄氏が「舛田山関が十両昇進四場所目で右踵骨折したときにはヒヤリとした。これがもし出羽の花関の怪我だったらという気持ちもあったが、ここで舛田山関がつぶれてほしくない、と心配した」と語った。私は目からうろこが落ちる思いだった。敵に塩を送る。自分の好きな力士の活躍を願うだけでなく、大きい心を持ちたい、相撲ファンとしてこうありたい、と思った。

 一九五一年生まれの舛田山と出羽の花は昨年六十五歳で協会を定年退職したが、参与として再雇用されている。もうその顔を見られないと思っていた出羽の花に、この五月場所もまたモギってもらいたい。

 しかし待乳山・出来山シフトは、私の行くつもりであった時間とは食い違っている。うむむ、取組を十数番捨ててもいいから出羽の花のモギリタイムにずらすべきか(以前、出来山親方に『息子さん、かっこいいですね』と言ったところ、とても照れておられた。長男の昇平氏は、ボディービルダー、スポーツトレーナーとして活躍している。出羽の花によく似た美男子である)。

 木戸番が追手風親方(元大翔山)だとニンマリしてしまう。現在の体重は何キロなのだろうか。現役時の百八十一キロより確実に大きい。モギる場所、あそこはなんと呼ぶのだろう。小さなボックス席に、追手風親方は詰まっている。ボックスの扉がはじけはしないのだろうか、と不安になる。

 見どころは、追手風親方がそのボックスから出る瞬間だ。焼き型から出された食パンのように、巨体が四角くなっている。それを見たくて、そろそろ食パンの時間かな、と取組に集中できない。

 追手風親方にかけたい言葉はない。なぜなら本人に迫力がありすぎるからだ。大翔鵬、岩崎など伸び盛りの弟子たちも、部屋頭の遠藤の存在すら、本人を前にすると霞んでしまう。それでももし声をかけるとしたら、顔が真っ赤ですが血圧などは大丈夫ですか、という言葉だろうか。

「木戸番シフト」を見ながらここまで回想したところでふと思った。いずれの親方に会えることも、偶然だからときめくのだ。今日は誰がモギってくれるのかしら、とワクワクして国技館に走っていた。ポストの百三十八ページを折りこんで、ホチキスで留めた。あくまで私の場合は、であるが、木戸番シフトを知らないでいるほうが、ずっとずっとたのしい。

※週刊ポスト2017年6月9日号