政府は2020年のオリンピック・パラリンピック誘致に成功したのを機に、外国人観光客の増加を目指している。関係省庁も各種標識を外国人に分かりやすく改める方針を検討しているとマスコミも伝えていた。

 国土地理院は、外国人に分かりやすいような英語表記や地図記号に関する報告書をまとめ、例えば郵便局マークは「〒」に代えて「手紙の図」にし、寺院を示す「卍」マークは「三重の塔」に改めたので参考にしてほしいと呼び掛けたりしている。

 その後はオリンピック競技関連施設の問題はいろいろと話題に上るが、日本全国を観光地として売り出し、トラブルなどを少なくするためには、現地のローマ字表記を発音どうりに書くことが基本ではないだろうか。

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「おー」を「O(お)」と表記する不都合

 筆者は専門家ではないので理論的な議論はできないが、来日外国人も増えた今日では、地名などは発音に努めて近いローマ字表記にする方が、相互の理解を助けることになる。

 特に短い発音と長い発音の区別だけは外国人にもしっかりしてもらえるようにした方が、日本人にも聞き取りやすい。長音の発音が短音にされたのでは、全く異なって聞こえるし、問答しても理解し難く、誤解しやすい。これでは困惑している外国人を助けることもできない。

 某日、日本の英字新聞を読んでいたら、表題に「Osaka」の文字があった。言うまでもなく「大阪」のことであるが、なぜか「オサカ」と思い込んでしまったので、そのオサカはどこにあって、どんな内容の記事だろうかと思いながら少し読み進んだというわけである。

 しかし、これは日本人だから「Osaka」が「大阪」であると分かるが、初めて「Osaka」に接した外国人や、「大阪」の地名を知らない人にとっては、どこまでも「オサカ」という場所であり、「大阪」ではない。

 その外国人から「オサカ」「オサカ」と聞かれても、日本人は「尾坂」や「小坂」、あるいは少々雅趣に富む人であるならば、「長華」などを連想したりするかもしれない。いずれにしても、困っている外国人を助けることはできないに違いない。

 外国人が、たまたま関連した用語で「ツテンカク(通天閣)」や「クイダオレ(食い倒れ)」などのカタコトでも語ってくれれば、日本人も「ああ、大阪のことだ」と気づいて、教えることができるであろう。ともあれ、外国人の発音する「オサカ」が「大阪」に直結することは少ないと思われる。

 管見するとこでは、長く発音する地名などであるにもかかわらず、ローマ字表記では短い発音表示になっていることが実に多いように思われる。

 何年か前、「三丁目の夕日」が話題になった頃、英字新聞には「Sanchome no yuhi」と書かれていた。「サンチョメ ノ ユヒ」としか読めないので、ここでも一瞬戸惑ったことを覚えている。

 少しでも日本語に近い発音となれば「San-choh-me no yuh-hi」とか「San-cho(―)-me no yu(―)hi」のように記述してあれば、日本人の発音に近く、すぐにくみ取れるであろうにと思ったことがある。

 洞爺湖サミットがあった時「The G8 Hokkaido Toyako Summit, which began on July 7…」と書いた官邸のE-メールを目にした。「北海道洞爺湖」を発音通り正しく表現するには「Hokkaidoh Tohyako」、あるいはHokkaido(―) To(―)yako ではなかろうか。

 慣例で北海道をHokkaidoと書くことが多いが、外国人には「ホッカイド トヤコ」としか読み取れない。

May I help you? と言ってはみたが

 ある日、東京メトロで困惑している外国人を見た。助け舟を出そうと思い「May I help you?」と声をかけてみた。向こうはにっこり笑って、「トブ ドブツ コエン」と言う。

 筆者にはちんぷんかんぷんで、何度聞き返しても同じ発声である。地図を見せてもらうと、確かに「Tobu Dobutsu Koen」と書かれている。外国人の発音どうりである。

 筆者が一度でも東武日光線や東武スカイツリーラインを利用していれば、その沿線上の「東武動物公園」を容易に理解できたかもしれなかったが、生憎、その線路を利用したことがなかったので未知の場所であった。

 しかし、地図で万一「Tohbu Dohbutsu Kohen」、または「To(―)bu Do(―)butsu Ko(―)en」のように書いてあれば、その外国人も「トーブ ドーブツ コーエン」と発音して聞いてきたであろうから、筆者も容易に聞き取れたに違いない。

 数日前、都営バスを利用して新宿から渋谷へ、ここで東急バスに乗り換えて三宿方面に行った。新宿を出ると代々木公園などを通って渋谷に出る。この付近は、オリンピックに限らず、多くの来日外国人に人気のスポットでもあろう。

 渋谷駅を出ると次は「道玄坂上」である。車内の表記は「Dogenzakaue」(ドゲンザカウエ)でしかなく、会話などで聞く発音とはニュアンスが違う。続く「大坂上」「大橋」などのローマ字表示も「Osakaue」(オサカウエ)であり、「Ohashi」(オハシまたはオーアシ)としか読めない。

 わずか30分くらいの範囲で違和感を覚えるローマ字表記が次から次に見受けられた。この分では東京ばかりでなく、日本の至る所で現地と異なるローマ字表示が行われていて、外国人には混乱ばかりをもたらすのではないだろうか。

 東京都が発刊したマニュアル『東京防災』には、「外国人向け 今やろう」という項目もある。質問項目で「Where is a safe place?」(どこに逃げればいいですか)と聞かれ、教える消防署員が「Do you have a map?」(地図を持っていますか)と確認して、「You should goどこそこ」となるようであるが、署員の発音と、外国人が見ている地図の表示が違っていては、意思の疎通が困難である。

 日本にいて外国人に接する機会も増える一方である。少しでも意思の疎通をよくするための方策を考える時ではないだろうか。中でも地名の表示などは、最も基本的なことで、今更という感じをぬぐい取れない。

「議事堂」でなくダイエット機関?

 地名の正確なローマ字表記ばかりでなく、施設の英語表記などにも問題提起がされている。一例であるが、国会議事堂をプロシャ風に「National Diet」と表記していた。しかし、多くの外国人には「国家が運営するダイエット機関」と勘違いされることも多いと仄聞した。

 そうしたことから、オリンピックの誘致が決まった直後には、一般的に使用される「Parliament」や「Congress」、地方議会では「Assembly」にしてはどうかという話が持ち上がったようだ。

 オリンピックという短期間の来日外国人対象ではなく、日本全土を魅力化して長期的に外国人を誘致するうえからも、地名のローマ字表記だけでなく、施設の英語表記などでも分かりやすい表現にしてほしいものである。

 ローマ字表記の問題は低学年における教育に帰着するのであろうから、国土交通省や国土地理院などの問題というよりも文部科学省の教育における姿勢ではないだろうか。

 いま話題になっているのに、神武天皇の東征を謳った交声曲(カンタータ)の、「海道東征」がある。昭和15年の皇紀2600の奉祝曲として作られたもので、作詞を北原白秋が担当し、作曲は「海ゆかば」の信時潔(のぶとききよし)である。筆者はCDで数度聞いたが、荘重で、神々しい感動に打たれる。

 このCD復刻版にはローマ字が併記されている。2002年版では、「Kaido Tosei」となっている。細部の章も第5章までは長音はないが、第6章「海道回顧」は「Kaido-Kaiko」、第7章「白肩の津上陸」は「Shirakata-no-tsu Joriku」、第8章「天業恢弘」は「Tengyo-Kaiko」となっており、長音表示がないので漢字表現と一致しにくい。

 一方、2004年版ではそれぞれ、「Kaido(―)-To(―)sei」、「Kaido(―)-Kaiko」、「Shirakata-no-tsu Jo(―)riku」、「Tengyo(―)-Kaiko(―)」となって、漢字の発音どうりで分かりやすい。

「Tokyo」もおかしな表記では

 日本の発音とローマ字表記が一致しないのは、身近なところにもたくさんある。先に大阪や北海道洞爺湖についても書いたが、「東京」も日本ではTokyoと表記し、外国でも多くがそのような記述になっている。しかし、国によってはTokio(トキオ)と書いているところもある。

 Tokyoを文字どうりに発音すれば、2020年のオリンピックを決めたとき、IOCのジャック・ロゲ会長が発表したように「トキョー」と発声するであろう。

 そのほかにも、ちょっと注意して観察していると、あちこちに地名や施設名(例えば京王は「Keio」のように表記)で、違和感を覚えることが多い。

外国人観光客を誘致してトラブルなどを少なくし、また聞かれた日本人が理解しやすい、正しい地名や施設の発音にするローマ字表記が求められているのではないだろうか。

筆者:森 清勇