故グレッグ・オールマン、1970年から2016年までチャートインし続けた軌跡を振り返る

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 オールマン・ブラザーズ・バンド(ABB)のグレッグ・オールマンが2017年5月27日にジョージア州サバンナの自宅で死去した。69歳だった。1970年1月にABBのセルフタイトル・デビュー・アルバムが米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”にチャートインしてから最近では2016年4月まで、彼が関わった作品はチャートを賑わせ続けた。その足跡を振り返る。

 ABBはグレッグ・オールマンと兄のデュアン・オールマン(ギター、ボーカル)、そしてディッキー・ベッツ(ギター)や今年1月に亡くなったブッチ・トラックス(ドラム)らのメンバーで1969年に結成された。1stアルバム『オールマン・ブラザーズ・バンド』は1970年1月24日付のBillboard 200チャートで初登場194位をマーク、その後188位(1970年3月7日付)まで上がったものの、チャートインしていたのはわずか5週だった。

 バンドにとって唯一のNo.1アルバムとなったのは1973年の『ブラザーズ&シスターズ』で、1973年9月8日付の週から5週首位の座をキープした。他にも70年代には『イート・ア・ピーチ』が4位(1972年4月29日付)、『ウィン・ルーズ・オア・ドロー』が5位(1975年10月11日付)、そして『今、再び/Enlightened Rogues』が9位(1979年4月14日付)を記録している。

 最近では彼らの『ライブ・フロム・A&Rスタジオ』が2016年4月23日付のトップ・ロック・アルバム・チャートで34位を記録している。この作品は1971年8月26日に米ニューヨークのA&Rスタジオで録音されたライブ・アルバムだ。

 一方、ABBは米ビルボード・ソング・チャート“Hot 100”に10曲送り込んでおり、その内3曲がTOP40圏内に入っている。1973年10月13日付の週で2位になった「ランブリン・マン」が彼らの最大のヒット曲だった。他は「クレイジー・ラヴ」が29位(1979年5月5日付)、「ストレイト・フロム・ザ・ハート」が39位(1981年9月19日付)だった。
 
 Hot 100チャート1位は惜しくも逃しているものの、ABBはメインストリーム・ロック・ソング・チャートでは首位を獲得したことがある。1990年のアルバム『セブン・ターンズ』からの先行曲「グッド・クリーン・ファン」で、1990年8月に1位にまで上り詰めた。

 グレッグ・オールマンのソロ作品も数多くチャートインしている。彼がBillboard 200チャートにソロとして初登場したのは1973年11月24日付の週で、ソロ・デビュー・アルバム『レイド・バック』が144位を記録。その後1974年2月2日付の週に13位をマークしたのが最高位で、Billboard 200には39週とどまった。

 その後、40年近く自身の記録を抜くことができなかったが、2011年の『ロウ・カントリー・ブルース』が同年2月5日付のBillboard 200で初登場5位を記録した。このアルバムの「ジャスト・アナザー・ライダー」は、エアプレイ・チャート(アダルト・オルタナティブ・ソング)に登場した最後の楽曲となった(27位、2011年4月16日付)。

 1987年の「アイム・ノー・エンジェル」はメインストリーム・ロック・ソング・チャートで首位を獲得。1988年5月には「エニシング・ゴーズ」、8月には「キャント・ゲット・オーバー・ユー」がそれぞれ3位にまで上っている。1988年はグレッグにとって多忙な年で、グレッグ・オールマン・バンドとしてもチャートインしており、アルバム『ジャスト・ビフォー・ザ・バレッツ・フライ』はBillboard 200で117位(1988年8月20日付)、「スリップ・アウェイ」はメインストリーム・ロック・ソング・チャートで17位を記録した(1988年10月29日付)。
 
 グレッグ・オールマンは、年内に7thソロ・アルバム『サザン・ブラッド』をリリースする予定だった。