スタジアムへ向かう車中ではさながらカラオケ大会に。写真:熊崎 敬

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 国際大会を巡業していると、時々面白いことがある。
 
 グループステージ最終節、全州の街でスタジアム行きのバスを探していると、ベトナム人の一群と遭遇した。親切な彼らはチャーターバスに乗せてくれたが、その車中がとても愉快だった。
 
 カラオケ大会さながらに、我こそはと名乗り出た人がマイク片手に自慢ののどを披露する。スタジアムが見えてくると、最後は国歌の大合唱となった。
 
 私? 歌いませんでしたが、ちゃんと挨拶しました。
 
「シンチャオ!」
 唯一知っているベトナム語で挨拶して、そこから先は英語で。
「日本からやって来たレポーターのクマザキです。親切な皆さんとご一緒できて、とても興奮しています。今日は私も皆さんと一緒にベトナムを心から応援します。ファイテン!」
 最後、韓国語で締めくくると、車中は拍手喝采に包まれた。
 
 スタジアムには驚くべき光景が広がっていた。赤地に黄色い星のシャツを着た、ベトナム人で埋め尽くされていたのだ。

 韓国には13万人ものベトナム人が暮らしていて、1万を超える人々が初のワールドカップ(みんなワールドカップと呼んでいる)を戦う同胞を応援しようと馳せ参じた。
 
 スタジアム周りでは、ベトナム人が思い思いにランチを楽しんでいた。何を食べているのか、と思ってのぞいてみると、「はい、これ。きみもどうぞ」と若者からタッパーを渡された。
 あ、すいません、では遠慮なくいただきます。
 
 タッパーの中身はトウモロコシ入りのおこわと、付け合わせのベトナム風ハム。ちょっと薄味だったが、旨かった。日頃、辛い韓国料理ばかり食べていたので、あっさり味を求めていたのだ。
 弁当を食べ終わると、今度はスイカ。あ、これもいただいていいんですか? 何から何まで本当にありがとう。
 
 お腹がいっぱいになって休んでいると、ひとりの青年が日本語で話しかけられた。
 ハンさん、28歳。岩手県の自動車工場で3年働き、去年から韓国の大邱に移り住んだという。
「まだハングルよりも日本語の方が便利です。岩手の刺身が食べたい」
 三陸の海の幸が気にいったんだね。
 
 ハンさんが、この試合に懸ける思いを語ってくれた。
「1、2試合目が盛り上がったから、ぼくも試合を見たいと思いました。すごい人の数ですね。勝つのは難しいと思うけど、応援するだけで楽しいです」
 
 
 ベトナムの大冒険、それはこのホンジュラス戦で終止符が打たれた。0-2。初勝利も初ゴールもお預けとなった。
 
 それでもベトナムは、過去2試合がそうだったように全力を出し切った。前半はホンジュラスを圧倒し、何度もゴールに肉迫したのだ。後半は疲れから足が止まり、カウンターで2失点したが、それでも最後までひたむきに戦う姿勢を貫いた。
 
 小さなベトナムの面々は厳しい局面でも逃げたりせず、敵の懐に潜り込んで前へ前へと進もうとした。それはベトナム人ではない第三者にも、十分に訴えかけるものがあった。
 
 試合後、ベトナムの記者に話を聞いた。
「どうして、こんなにいい試合ができたの? 何か特別な強化でもしているの?」
 すると記者は「いやいや」と笑いながら言うのだった。
「特別なことは何も。良かったのは選手もファンも200%出し切ったからだと思う。だって、ぼくらには初めてのワールドカップなんだから」
 やっぱり、ワールドカップは夢の舞台なんだね。U-20であっても。
 
 この日、全州ワールドカップ競技場はベトナムと化した。
 日頃、異国の地でひっそりと暮らしている人々が集結し、巨大なスタジアムを真っ赤に染め、見ているこちらが羨ましくなるくらいのお祭り騒ぎを繰り広げた。
 
 ベトナム人たちは忘れられない思い出を胸に、いつもの暮らしへと帰っていく。妖精たちが消え、やがて静寂の中でセネガルとエクアドルの試合が始まった。
 
取材・文:熊崎 敬(スポーツライター)