なぜ途中休場を選んだのか(日本相撲協会のHPより)

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 大相撲五月場所の激闘に幕が下りた。3場所連続優勝を期待され強行出場した横綱・稀勢の里が無念の途中休場に追い込まれた。「休まない」と宣言していた東の正横綱が、休場を決意したのはなぜか。

●稀勢の里「4敗目で休場」の真相

 相撲ファンの期待を一身に背負った稀勢の里は序盤から黒星を重ねたが、それでも15日間土俵に立ち続けるつもりだったという。後援会関係者はこういう。

「所属する田子ノ浦部屋では、基本的に稀勢の里本人の考えが優先される。親方(元前頭・隆の鶴)はあくまで相談に乗る立場。強行出場も本人の判断です。ファンの期待に応えたい気持ちと弟弟子の高安(関脇)の大関昇進を支度部屋で見届けたい思いがあった。中日で6勝2敗と優勝が厳しくなっても、『6敗するまでは出続ける』と意気込んでいた。6敗して休場なら不戦敗を含めても7敗。何とか負け越しの不名誉は回避できる。

 だが、10日目に6勝4敗となり、この状態で白鵬、日馬富士の両横綱と当たるのは厳しいという判断になり、休場を選んだ」

 場所前から心配された通り、手加減なしのガチンコ力士たちは稀勢の里の痛めた左胸、左腕を容赦なく攻め立て、防戦一方の相撲が続いていた。

「終盤戦はさらに、奇跡の逆転優勝を果たした春場所で、“引き立て役”にさせられた大関・横綱陣との対戦が続く。ガチンコ三役・平幕以上の激しい相撲を仕掛けてくる。4敗目の相手となった琴奨菊(関脇)も左胸に頭からぶつかってきた。そんな一番が続いたら、それこそ再起不能になりかねないという判断となった。最後は自分から休場を申し出たようです」(同前)

●懸賞金という「重圧」

 終盤、強行出場を続けていれば「稀勢の里包囲網」はもっと厳しいものになっていたとみられる。

 今場所前、15日間の取組に掛けられる予定だった懸賞は史上最高の2219本を数え、稀勢の里の一番を個人指定したものは608本(3月場所の約2倍)もあった。そのため、稀勢の里は4敗を喫しながら10日目までで303本の懸賞を獲得。全勝だった白鵬が166本、日馬富士が118本だから“一極集中”ぶりがよくわかる。

「個人指定の懸賞以外に、協会の判断で注目の一番に振り分ける懸賞もあるが、途中休場するまではそれらも稀勢の里に集中した。白鵬たちモンゴル横綱のプライドは傷つきますよ。不祥事続きで人気が低迷した時期を支えた自負もある。日本人横綱が誕生した途端に手のひらを返した協会の仕打ちは“打倒・稀勢の里”の炎を燃え上がらせた」(担当記者)

※週刊ポスト2017年6月9日号