東京都品川区にある旗の台脳神経外科病院という病床数42床の2次救急指定病院の事業継承を今回取り上げたい。

 この病院は1977年前理事長である沖野光彦医師が診療所として開院、1991年42床の病院として新築開院されたいわゆる民間の個人病院である。

 先日、東京都の地域構想の説明会に出席した際、東京都医師会・猪口正孝副会長が話していたところによると都内の約7割が民間の中小病院であるという。旗の台脳神経外科はその中の病院の1つである。

 こうした病院はご子息が継がない限りはまず間違いなく継承の問題を抱えることになる。

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病院のこれまでの経緯

旗の台脳神経外科病院


 私がなぜ今その病院で働くことになったかの経緯をまず説明したい。

 当初所属していた介護施設運営会社が資金繰りの悪化などで買収されることになり、その際、買収される窓口となった。その後、買収した多種事業を行う会社でM&A担当、つまり買収する側の窓口となった。

 そのような業務をしていた中で、約5年前に現名誉院長である沖野医師とお会いし継承のお話をさせていただいたのが旗の台脳神経外科病院との出会いになる。

 その当時の継承の話は破談し、一時期沖野医師との関係は途切れていた。2年前、私がその事業会社を辞めた際に、沖野医師が聞きつけ、継承相手探しを手伝うことになった。

譲渡に至るまで

 紆余曲折あったものの旗の台脳神経外科病院はある医療法人グループオーナーに昨年12月譲渡された。

 旗の台脳神経外科病院は約40年にわたり80歳を過ぎた沖野医師を中心に親族が経営する2次救急指定病院であった。ご子息も医師ではあるものの精神科医であり、病院を継ぐ意思はなかった。

 沖野医師は創設者ということもあり病院に対し思い入れのある方であり、巷では「譲渡する気がないのではないか」と言われることすらあった。

 私もそう思う時期もあったが、沖野医師としては跡継ぎを探しているのだと考えると、なかなか継承に踏み切れない気持ちも理解できた。結局は沖野医師が納得する条件で継承することに同意した医療法人グループのオーナーに譲渡した。

 そのオーナーは昨今新たな医療介護システムとして注目される地域包括ケアシステムの構築を目指し訪問診療や訪問看護、外来クリニックを経営してきた。

 システム構築に当たっては病床を持ち、地域の方々の入院が必要になった際に受け入れられる入院設備を持つ病院が必要と考えたのである。

 沖野医師は一見脳神経外科という専門病院を目指しているように見えるものの、もともと外科の医師が頭部まで行きついた医師であり、地域の2次救急医療機関としての役割を重視し、地域の救急医療に尽力されてきた方のため、その思いは合致したところがある。

 継承先としては先端医療や自費医療に特化した医療提供を考えているような医療機関、メディカルファンドなども名乗りを上げていたが、最終的にはそこが条件面で沖野医師の思惑に合致した。

 継承者からは継承検討期間が短く、法人の把握時間が足りないこと、地域包括ケアシステム構築においては介護事業に精通している人材を欲していたこともあり、私は継承後も経営に携わることになった。

継承の難しさ

 M&A市場においては、事業の立ち上げを行い、その法人が持つ付加価値をつけたうえで売却する、つまり当初より売却目的で事業を立ち上げる立ち上げのプロが計画的に譲渡するようなケースや、経営が行き詰まる、つまり資金繰りが悪化し、債権者から事業売却を強いられるケースもある。

 それ以外で注目を集めているのは、継承者のいない法人が継承者を探すケースである。日本の高度成長期に事業を立ち上げた方々が立ち上げた法人や事業の継承者探しである。

 当然立ち上げた創業者は高齢になりリタイヤを考え始め継承者を探すわけだが、創業者には相応の思いがある。

 ご子息が継承したケースでも創業者との間にズレが生じるようなことが報道されているようななか、他人が引き継いだ場合には、創業者がそのズレを受け入れるか、あるいは資産の継承のみで実経営を継続しない限り、このズレは解消しないように思われる。

 実際、私も日々このズレの調整に追われている。

 また、建物や設備に関しても、個人経営をしているとほとんどの場合、中長期の設備投資や修繕計画がないので、築25年以上経って老朽化した建物の内装・外装に加え、医療設備も古くなってしまっている。

 そのため、事業の継承後に改修や新設、IT化のための投資が必要になってくる。実際、老朽化は想定していた以上に進んでおり、どこまで対応するのか日々判断を迫られる。

 沖野医師は80歳を過ぎてもスマートフォンを使いこなしているとはいえ、病院のIT化はなかなか進まなかった。

 IT投資を控えていただけでなく、IT化しても年配職員も多くなかなか効率的に活用できなかった。そのため、いわゆる紙と内線電話による伝達が今の時代でも主流だった。当然、業務のスピードが遅くなる。

 今回の事業継承でオーダリングシステム導入を決定しITによる情報共有システムをまずはスタッフに根づかせることが急務になっている。しかし、これまで慣れ親しんだシステムを変えるのには相応の時間がかかってしまうことが想定される。

新生(仮称)旗の台病院として

25年物の赤絨毯が敷かれた外来待合


 このような課題はあるものの、新経営陣には消化器外科の理事長・院長、呼吸器内科の常務理事・副院長を迎えた。以前から勤務していた脳神経外科の副院長の常勤3人の体制でリスタートを切った。

 病院名称も(仮称)旗の台病院に変更すべく申請をしている。夏過ぎには整形外科医も加わる予定であり、MRIの更新や内視鏡、エコー、呼吸器検査機器も導入し地域の2次救急医療機関として総合的な医療提供を進めている。

 大学病院から非常勤医師を派遣していただき連携も取り始めたところである。関連訪問診療医、介護施設との関係構築も急ピッチで進めている。

 地域包括ケアシステムの構築には、介護サイドはその必要性を十分理解しているので医療特に病院の理解が必要であり、その架け橋の病院になることができれば地域への貢献も深められることだろう。

 そして地域に愛される病院となれれば、沖野医師も結果継承して良かったと思っていただけるのだろう。そのためにはまだ少し時間がかかりそうだ。

清潔感と明るさを重視してリニューアル中の待合


筆者:鯉沼 裕二