「公文式」の看板(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

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 大都市の住宅街などを歩くと、そこかしこで目にする水色に「KUMON」の文字。「やっててよかった!」のフレーズでおなじみの学習塾・公文式の看板だ。

 この公文式が、実は東京大学の登竜門ということをご存じだろうか。『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?』(祥伝社)の著書を持つ育児・教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏は、東大生へのアンケート調査を行い、「東大生の約3人に1人が公文式出身者」という驚きの事実を突き止めた。

 もっとも、「公文式に通えば誰でも東大合格の確率が高まる」というわけではない。おおた氏は「調査結果だけを見ると、公文式が“最強”と思うかもしれません。しかし、公文式というのはいわば“劇薬”。取材を進めるうちに、公文式にはある問題点があることもわかったのです」と語る。

 いったい、公文式にはどのような秘密が隠されているのだろうか。

●公文式では小4が中3の方程式を解く光景も

 公文式は、全国に1万6300教室、生徒数151万人(2016年3月時点)を誇る大手学習教室だ。

 その教室の様子は、一般的な塾の光景とは異なる。おおた氏によれば、公文式に通う子どもたちは、決められた曜日の好きな時間に教室に行き、自分のペースで黙々とプリントの問題を解くという。

 プリントは“指導者”に採点してもらい、間違えた問題は例題から答えを類推して自力で解けるようになるまで何度も取り組む。このやり方が「自学自習」を理念に置く公文式メソッドのベースになっているという。

「公文式メソッドの特徴は、『進度一覧表』と呼ばれる独自カリキュラムにも現れています。文部科学省の指定する学習指導要領を超えて、どんどん学習を進めていくことができるので、小学4年生が中学3年生で教わる方程式を解くことも珍しくありません」(おおた氏)

 やればやるほどステップアップしていくため達成感を得やすく、「自分もやればできる」という自信がつく。この好循環が、「子どもたちが先取り学習に取り組むモチベーションになっている」(同)という。

 公文式の出身者は、この公文式メソッドについて「勉強のスピードと正確さが身についた」「どんどん進んでいけるから勉強が楽しかった」「自分で調整するスタイルが大学受験のときにも活きた」と口々に語るそうだ。

●公文式では大学受験に必要な力は身につかない?

 では、公文式の「問題点」とはいったい何か。

 おおた氏によると、公文の算数(数学)には複雑な応用問題は登場しないという。余計なものを削ぎ落とし、シンプルな計算問題を反復することで、正確さとスピードのある処理能力を身につけるわけだ。

「自学年を超えた範囲の計算問題ができるようになれば、自ずと数学力のアップにつながる……。この公文式メソッドには、元高校数学教師で創始者である公文公(くもん・とおる)氏の『何をやるかより、何をやらないかが大事』という教えが落とし込まれています」(同)

 しかし、おおた氏は、この点にこそ「公文式の落とし穴」があると指摘する。

「シンプルな計算問題の反復は、どうしても“訓練式”になってしまう。公文式メソッドは、問題を『理解すること』より『できるようになること』に主眼が置かれているため、『なぜこうなるのか?』という学問の本質的な疑問が置き去りにされてしまうのです」(同)

 学習内容が高度になっていくと、そこで要求されるのは応用問題にも対応できる「高い理解力」や「複合的な思考力」。これらは難関の中学受験を勝ち抜く上で必須とされている能力だが、公文式ではこの力が身につきづらいとされる。このため、中学受験界には“アンチ公文式”の声も少なくないという。

「公文式は、『問題を理解する喜び』の代わりに『先に進む達成感』を報酬として設定しています。言い方は悪いですが、それを“餌”にして子どもたちのやる気を引き出している。いわば、“劇薬”のような学習法なのです」(同)

 実際、公文式のメリットを語る出身者がいる一方、「単純な問題の反復に飽きてしまった」「公文式では思考力は養われないと思う」「大学受験に必要な力は身につかない」など、公文式に否定的な出身者も少なくない。

 たとえば、京都大学出身の田崎陸斗さん(仮名)もその1人だ。田崎さんは小学校のテストで満点を取り、成績はほぼオール5という“神童”で、小学生の頃から「難しい問題を解いたり難しい理屈を理解したりするのが楽しいタイプ」だったという。しかし、単調な公文式のやり方が肌に合わず、「自分にはまったく合わなかった」と1年ほどで辞めてしまっている。

「彼のように、『1を聞いて10を知る』タイプの子、または『1を聞いて、すぐに2には行かずに、1について自分なりに考えたい』というタイプの子は、公文式メソッドはそもそも合わないと思います」(同)

 公文式に寄せられるのは、「やっててよかった!」の声ばかりではないのだ。

●公文式は小学校低学年で卒業すべき?

 ただし、「東大生の約3人に1人が公文式出身者」という事実からもわかるように、上手に活用すれば、公文式にもそれなりの意味があるという。

「早いうちに公文式メソッドで学力の基礎を身につけることは、大きなアドバンテージになるはずです。しかし、大事なのは、公文式で身につけた力を次のステップに活かすことです」(同)

 おおた氏によると、理想は幼稚園の年中から小学校の低学年の間に公文式を始めることだという。そして、子どもが学習を進めるうちに、もっと難しい問題に取り組みたいという欲求を持つようになったら、それが公文式を“卒業”する合図となる。

「そのときは、より思考力を鍛えられる別の環境に移行するべきです」(同)

 事実、公文式出身の東大生の多くも、年中から小学2年生の時期に公文式に通い始めているが、低学年のうちに中学過程までの学習を修了して公文式を卒業。その後、中学受験専門の塾に移っていくパターンが多いという。

 東大生たちは、その先の受験勉強のために公文式をうまく利用しているわけだ。

「公文式は、東大に入れる“おまかせコース”ではありません。公文式をうまく利用するために重要となるのは、やはり家庭でしょう。子どもの相性や能力を見極め、学習を進めていけるようにサポートする親の協力が不可欠です」(同)

『なぜ、東大生の3人に1人が公文式なのか?』では、東大生の公文式エピソードを交えながら、「なぜ公文式で学力が伸びるのか」「どんどん進む子と辞めてしまう子の違いは何か」をさらに詳しく検証している。同書を読んで公文式を学べば、そのときこそ「やっててよかった!」となるかもしれない。
(文=森江利子/清談社)