ヤクルト

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 ヤクルト本社の株価は5連騰で年初来高値を更新し、5月19日に一時、7410円をつけた。5月12日の終値6820円から1週間で590円(8.6%)上昇した計算だ。2015年8月以来、1年9カ月ぶりの高値である。筆頭株主である仏食品大手、ダノンと対立していた堀澄也会長の退任が決まり、ダノンがヤクルト本社の株式を買い増すのではないかという期待から株価は上昇した。

 ヤクルト本社は5月12日、堀澄也会長兼最高経営責任者(CEO)が6月21日に開催予定の定時株主総会で退任すると発表した。退任後は相談役名誉会長に就く。後任の会長は置かず、根岸孝成社長兼最高執行責任者(COO)は留任する。堀氏は傘下のプロ野球球団、東京ヤクルトスワローズのオーナーも辞任し、後任には根岸氏が就く。

 20年以上続いた堀・ヤクルト時代が終わる。根岸社長の喫緊の課題は、堀会長時代に悪化したダノンとの関係修復だ。

 ヤクルト本社は堀氏の退任を発表した12日、「支配株主等に関する事項」について公表した。支配株主はダノンで、議決権所有割合は21.52%(発行済み株式の所有割合は20.0%だが、議決権のないヤクルト本社名義の6.0%は除外して算出している)。

 現在、ヤクルト本社はダノンから3人の取締役を受け入れている。常勤取締役はリチャード・ホール氏。非常勤取締役はダノン人事担当エグゼクティブヴァイスプレジデント兼ゼネラルセクレタリー(法務、コンプライアンス、食の安全、広報を組み合せた機能を担当する責任者)のベルトランド・オースレイ氏とダノン乳製品部門ヴァイスプレジデント(アジアパシフィック、中東および中華圏担当)のフィリップ・ケーゲルス氏。就任の理由を「当社とダノンとの今後の協業を、円滑に協議・実行するため」としている。

 ヤクルト本社とダノンは13年4月26日付で04年3月4日に締結した互恵的かつ協力的な戦略提携契約を終了していた。ダノンに対する対抗心をむき出しにしてきた堀会長の退任発表に合わせて支配株主を公表したのは、ダノンとの関係修復を図り、再度提携に進むためのシグナルと受け止められた。そのため、ヤクルト本社の株式が買われたのだ。

●オーナーの松園家に対抗するためダノンを呼び込む

 そもそも、ダノンを株主に呼び込んだのは堀氏自身だった。堀氏は1996年6月、初の本社入社組の経営トップとして社長に就任し、現在に至るまで21年間、社長・会長として長期政権を敷いてきた。

 就任2年後の98年、堀氏はピンチに立たされた。資金運用責任者の熊谷直樹副社長(脱税などで有罪)が90年代の財テクの失敗を穴埋めしようとして、投機的なデリバティブ(金融派生商品)に手を出して、さらに傷口を広げた。その結果、98年3月期に1000億円以上の損失を出した。

 社長の堀氏らに対して株主代表訴訟が起こされた。私募債のプリンストン債を使った粉飾決算も発覚し、会社自体が起訴され、株式も管理銘柄入りするなど不祥事が続発した。

 桑原潤会長、熊谷副社長は引責辞任したが、窮地に陥った堀氏はダノンに援軍を求め、ダノンを後ろ盾にして社長の地位を保った。堀氏からの出資要請は、ダノンにとっては“棚からボタモチ”だった。2000年4月、ダノンは5%のヤクルト株式を取得。その程度の出資比率では、助っ人として安心できないと考えた堀氏は、さらなる買い増しを求めた。ダノンは03年4月に20%まで株式を買い増し、04年3月に戦略提携契約を締結した。

 堀氏が怯えたのは、オーナー的存在の松園家の影響力である。ヤクルトの「天皇」と呼ばれた元会長の故・松園尚巳氏の資産管理会社、松尚が、ヤクルト株式の6.5%を保有する筆頭株主だった。松園氏はヤクルトレディによる宅配システムを確立して、株式の上場を実現。そして21年間、トップの座に君臨した。1994年12月に亡くなり、双子の兄、松園直巳氏が松尚を引き継いだ。堀氏は松園家の影響力を封じ込める狙いで、ダノンに20%の株式を持ってもらったのである。

●ダノンとの提携を解消

 両社が2004年3月に合意した内容は、向こう5年間は出資比率を20%から引き上げない、というもの(スタンドスティル=現状維持条項)だった。実質的な経営権を握るほどには出資比率をアップさせないという思惑だ。07年5月に提携を見直し、買い増し制限を12年5月まで延長した。36%を超える買い増しを17年まで禁止することも合意した。

 ところが、20%を超えないという契約は12年5月に切れ、ダノンはヤクルト本社株式を36%まで買い増す権利が発生した。ダノンは持ち株比率を28%程度にまで引き上げることを打診したが、ヤクルト側はこれに難色を示した。出資比率で折り合いがつかず、とうとう13年4月26日、戦略提携契約を解消した。

 契約解消でダノンの買い増し制限はなくなった。ダノンのTOB(株式公開買い付け)の可能性が高まったと見る向きもあったが、堀氏はTOBが実施されても、「当社を応援する企業や株主がいる。経営の自主性は守れる」と強気の姿勢を崩さなかった。

 提携解消に踏み切る1カ月前の13年3月中旬、東京・帝国ホテルで、全国でヤクルト製品を販売する会社(販社)の定例会議が開かれた。販社の社長たちを前に、堀氏は「ここにいる人が株を売るとインサイダーになる。株を売るな。話を聞きたくない人は出て行っていい」と語ったという。ヤクルト本社の株主になっている販社が多いのは事実だ。堀氏は、「ダノンのTOBに応じるな」と牽制したわけだ。当然、堀氏と販社の関係は良好とはいえなかった。

●堀体制のアキレス腱

 堀体制で本社の発言力は強まった。松園時代には販社のオーナーたちが取締役になっていたが、堀時代になると販社出身の取締役はいなくなった。

 堀氏は自分を追い落とす口実を与えないために、好業績を維持する必要があった。ヤクルト製品の販社への卸値を上げて、利益を本社に吸い上げていった。ヤクルトレディを擁する販社は、利幅が薄くなり経営が苦しくなった。そのため販社の不満が一層、高まった。

 特に販社が問題視したのは、果実加工品卸会社、サンヨーフーズと堀氏の癒着だ。松園時代には、ヤクルト製品の原料に使う果実の卸会社、太陽ファーマーズ(04年廃業)と取引があった。それが堀時代になってサンヨーフーズとの取引が拡大した。サンヨーフーズの年商は100億円を超え、「堀氏が大きくしたようなもの」と批判の声があがった。

 販社の窮状を理解した松園直巳氏はダノンに接近し、堀体制の変革を働きかけた。その一方で直巳氏は、販社にはヤクルト本社株式を持ち続けるよう説得した。しかし11年12月、直巳氏が他界してタガが外れた。

 ダノンは「敵対的TOBは日本にはなじまない」としてTOBを封印したが、一時期は、堀氏の長期政権を打倒するために販社がダノンと組むという前代未聞のTOBが想定されたことがあった。松尚の持ち株比率は17年3月期末時点で2.8%、4位に後退している。

 ヤクルト本社の17年3月期の連結決算は、売上高が前期比3.1%減の3783億円、営業利益は6.9%減の372億円だった。中国でのヤクルト販売が好調で本数を伸ばしたものの、円高が響き営業減益となった。国内は主力の「ヤクルト400」などが増えたが、全体の落ち込みを補えなかった。だが、純利益は税負担が減り4.5%増の301億円と過去最高を更新した。

 ダノンは堀氏が退任するのを待つ“熟柿作戦”をとってきた。再びヤクルト本社株式の買い増しに動くという期待が、株式市場で膨らんでいる。

 ダノンとどう向き合うのか。根岸社長の経営手腕が問われることになる。
(文=編集部)