トランプ一族の「アウトサイダー」 投資家ジョシュア・クシュナーの誤算

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ジョシュア・クシュナー、31歳。

20代半ばで起業したベンチャーキャピタルはインスタグラムへの初期投資で名を上げ、運用資金は15億ドル超。天才的な目利きと強いコミットメントで数多くの有名スタートアップをインキュベートしながら、自らもシリアルアントレプレナーとして実績を残した。スーパーモデルのカーリー・クロスと交際しつつも、私生活は比較的プライバシーを保つことができている…。

およそ31歳の野心家が望み得るものすべてを、彼は手にしていた──ドナルド・トランプが大統領選に立候補するまでは。

そして状況は一変した。報道機関やパパラッチがクシュナー家のすべてを呑み込み、ジョシュアも事あるごとに利益相反を疑われるようになった。

なぜか? ジョシュアの兄であるジャレッド・クシュナーは、10年前にある不動産王の娘と結婚した。彼女の名はイヴァンカ・トランプ。つまりドナルド・トランプは、ジョシュアにとって「兄の義父」─家族なのである。


(左)ジャレッド・クシュナー(中央)イヴァンカ・トランプ(右)ドナルド・トランプ(Photo by Jeff Kravitz/gettyimages)

「よくも悪くも政権とのコネは何もない」

2016年11月8日。自身はリベラルでありトランプには票を入れないと公言し、当然ヒラリーが勝利するものと考えていたジョシュアにとって、開票結果は、飛行機内のモニターで見れば事足りる程度のものだった。この機が着陸するまでには、トランプの出馬は歴史的なエゴイズムの発露として片付けられるだろう。やっと自分の生活にも平穏が戻る──はずだった。

数時間後、彼の兄ジャレッドは義父の横で、米国史上最大級の政治的番狂わせを体験することになる。

かくして、「幕間劇」を演じて終わると見られていた破壊力抜群のトランプ一座は、ホワイトハウスに向けて歩み出した。そして上級顧問を務める兄ジャレッドは、「新大統領が誰よりも耳を傾ける男」と目されることとなったのだ。
 
ジョシュアは頭を抱えた。「僕はこれまでリベラル派の価値観を信じて生きてきたし、同じ価値観を共有する政治家を支持し、それを公言してきた」と彼は言う。「だけど、国家のための建設的なアイデアは、どちらの政党の独占物でもない。心を開き、異なる意見から学ぶことは大切だ」。

翌週からジョシュアは、「ダメージコントロール行脚」ともいえる説明の旅に奔走する。まず、スライブおよび育成途中のふたつのスタートアップで働く100人近い従業員(多くは悲しみ、不安がり、怒っていた)と、一対一の話し合いをもった。さらに出資先すべてに足を運び、説明を尽くした。

「スラック」のスチュワート・バターフィールドCEOは、そのときのことをこう語る。

「ジョシュアはうちの会社や、おそらくすべての出資先を回ってこう言った。『僕にトランプ政権との個人的なつながりはない。彼らの行動には関知しないし、君たちに特別な計らいをすることもできない。よくも悪くも政権とのコネは何もない』と」。

機関投資家とIT業界にも説明が必要だった。とくに、トランプが発した移民とビザに関する大統領令は悩みの種だった。

「この種の政策は、IT企業の長期的成長を大きく左右する」と、ジョシュアの友人でもある「ボックス」のCEOアーロン・レヴィは言う。「IT業界は即座に徹底した反発を見せた。それらの政策が従業員や顧客、業界、さらには国の品格まで損なうからだ」。
 
そして、ジョシュアがとりわけ言葉を尽くし不安を取り除く必要があったのは、自社スライブの大口の出資先で、13年に自身が共同創業した「オスカー」だった。同社はオバマケアのシステムを前提に設立した医療保険会社だ。トランプは選挙期間中、オバマケアの廃止を公約していた。450人のオスカー社員が全員参加の会議を開き、不測の事態に備える策を練ったのも当然だった。

トランプ政権誕生100日目が近づくにつれ、ジョシュアの状況はさらに悪化した。共和党はオバマケアの撤廃と代替案の導入に失敗した。だがトランプは直ちに長期戦で臨む考えを表明し、ツイッターにこうつぶやいている。

「オバマケアは破綻する。しかし、我々が国民のための偉大な医療保険プランを作りあげる。ご心配なく!」

大統領であるトランプは、この予言を実現できる。企業価値27億ドル、莫大な資金と時間を投じたオスカーだが、ジョシュアは身動きの取れない状態に置かれている。

クシュナー家が生んだふたつの才

クシュナー兄弟の反目は今やハリウッド映画のネタになりそうなレベルに達し、その舞台も国政へと広がりつつある。

弟は、ワシントンのウィメンズ・マーチ(トランプ大統領就任に反対するデモ行進)にも参加し、オバマケア時代を代表するスタートアップ企業の側につく。一方で兄は、スティーブ・バノン首席戦略官の方針を受け入れ(もしくは、軟化に失敗し)、オバマケア時代を何としても終わらせようとする陣営に与している。

兄であるジャレッドは、多くのチャンスを与えられ、その王道を歩んできた。脱税などで刑務所に送られた父親チャールズから、20代半ばで家業の不動産帝国を引き継いだ。また、義父トランプからは大統領選の指揮を任され、最終的には彼をホワイトハウスに送り込んだ。そしていま、世界有数の影響力を手にしている。

その点、弟ジョシュアは「自立の人」だ。ファミリービジネスの安逸なポストに背を向け、自ら道を切り拓いた。「スライブは創業後、最短の軌跡をたどってトップクラスのステータスに躍り出た」と、投資家のマーク・アンドリーセンは称える。

ジョシュアはスライブを通して、インスタグラムに加え、トゥイッチ、ワービー・パーカー、ギットハブ、スポティファイ、ストライプ、スラックなど、この10年間でベストといえるスタートアップに出資を行った。またオスカーをはじめ、メープル、カプセル、シーダーなど5社以上を共同創業もしくはインキュベートしている。

インスタグラムのケヴィン・シストロムCEOはジョシュアをこう評する。「彼は破壊的な起業家だね。手がけたビジネスがたまたまVCだっただけだ」。

クシュナー兄弟はともに、ニュージャージー州の裕福な家庭で育った。ふたりとも、いずれは家業に加わることを念頭に、ユダヤ系の私立学校からハーバード大学に進んだ。

だが、兄ジャレッドが不動産ビジネスを引き継いだころ、4歳下のジョシュアはハーバードのキャンパスで、同世代かつ同窓であるマーク・ザッカーバーグの成功を目の当たりにする。ジョシュアはすぐにスタートアップを2社創業(うちひとつは現在ブラジルで最大のソーシャルゲーム会社「ボーストゥー(Vostu)」)。卒業後はゴールドマン・サックスのディストレスト債部門に1年間勤める。ハーバードビジネススクールに入学したあとはVCに関心を寄せ、伝統の夏季インターンシップに参加するかわりに、キックスターターやグループミーなどにエンジェル投資を行っている。

クシュナーの両親は、こうした行動をまるで理解できずにいた。「最初の3年間、母は僕がPCの修理をしていると思っていたんだ」と、ジョシュアは笑う。

そしてジョシュアは、ハーバードのすぐ近くに社屋を構えるゼネラル・カタリスト・パートナーズの共同創業者、ジョエル・カトラーの目に留まる。カトラーはジョシュアに投資ファンドを立ち上げるよう熱弁した。

「この若者に金を預けないなんてどうかしている、そうみんなに触れ回った」と、カトラーは言う。「うまくいかなかったら私が穴埋めするから、と」。

その必要はなかった。09年、ジョシュアは友人や家族から集めた500万ドルを元手にスライブを立ち上げ、翌年にはプリンストンなどの大学基金から4000万ドルを得た。彼はハリーズやワービー・パーカー、そしてインスタグラムに迅速な投資と包括的な支援を行っていく。

そして、12年のインスタグラムのシリーズBの資金調達では、セコイアやグレーロックなどの大手VCを向こうに回し、スライブの名を大いに売った。

「彼は金を投資する1年も前から、ウチに時間を投資していたんだ」と、シストロムは言う。「ジョシュアの我々へのコミットメントの強さと戦略的な思考は、その立派な家柄なんかより、ずっと物を言ったよ」。

カトラーはこう言い添えた。「インスタグラムへの出資は激しい争奪戦になったが、創業者ふたりは『何があってもジョシュアには出資させる』と言ったんだ」。

その日、5億ドルの企業価値をつけたインスタグラムは、わずか数日後、フェイスブックに買収される。その額10億ドル。1週間も経たず2倍のリターンを叩き出したのだ。

これを契機に、スライブの資金は急伸する。12年に1億5000万ドル、14年に4億2000万ドル、16年夏に7億1500万ドルを積み増し、運用総額は15億ドルに達した。 

ジョシュアが直接誕生から手がけたオスカーなどを見れば分かる通り、スライブは創業期の支援に積極的だ。「徹底してともに汗をかく」ジョシュアへの信頼は、ワービー・パーカーの共同創業者ニール・ブルメンサルの言葉にも見てとれる。「我々はスライブを仲間だと思っている。どのVCもパートナー兼友人になろうとする。でも、本当にそうなることはまれだ」。

天才投資家の誤算と勝算

ある週、ジョシュアは中国のIT業界の指導者たちと年に1度の情報交換を行うため、訪中する予定になっていた。彼はそれをキャンセルしたのだが、あとから振り返れば賢明な決断だった。
 
というのも報道によれば、中国のコングロマリット「安邦保険集団」が、クシュナー・カンパニーズの旗艦ビルである「666フィフス・アベニュー」に4億ドルを投資する可能性があったからだ。誰もが想起するのは、安邦保険集団はホワイトハウスに媚びを売るために好条件の契約を提示しているのではないか、ということだ。「大統領の側近の弟」に対する見方は、自然と厳しくならざるを得ない。
 
利益相反の問題は、今やジョシュアの日常だ。2月、クシュナー家がジョシュアを前面に立ててマイアミ・マーリンズの買収に乗り出したときは、オーナーのジェフリー・ローリアがトランプ政権の駐仏大使の候補者だったことから、メディアは大騒ぎした。
 
この種の問題を回避するには、一流弁護士が必要だ。リベラルな弟ジョシュアが共和党員を雇ったのに対し、トランプの側近である兄ジャレッドは、民主党員(クリントン政権の司法副長官だったジェイミー・ゴアリック)を選んだ。

「誰から金を受け取るかと、誰と一緒に仕事をするかは、シリコンバレーでもよく議論される一種の政治的テストだ」と、アンドリーセンは言う。「とはいえ、兄貴との関係を理由にジョシュアから金を受け取るのをためらった人間は、まだ見たことがないな」


ジョシュア・クシュナーと恋人のカーリー・クロス(Photo by James Devaney/gettyimages)

ジョシュア・クシュナー◎投資家、アントレプレナー。1985年、米・ニュージャージー州生まれ。ハーバード大学卒業後、ゴールドマン・サックス、ハーバードビジネススクールを経て、2009年に投資会社「スライブ・キャピタル」を設立。インスタグラムへの初期投資で注目を集める。オンライン医療保険会社「オスカー」ほか、アントレプレナーとしても有名。

スライブ・キャピタル◎2009年、ジョシュア・クシュナーによりNYに設立。運用総額15億ドル超。プリンストン大学、ウェルカム・トラストなどの機関投資家から2億ドルを調達。フェイスブックによる買収直前のインスタグラムへの出資で一躍有名に。トゥイッチ、ワービー・パーカー、ギットハブ、スポティファイ、ストライプ、スラックなど、有望スタートアップの初期投資で知られる。