image: Christopher Tunnell/the XENON collaboration


まだ見つかってはいないものの。

宇宙の物質の85%は、我々が見たり触ったりできないダークマター(暗黒物質)だと言われています。ダークマターの巨大な質量による重力は星の光を曲げ、銀河の回転にも影響を与えると考えられていますが、その存在はまだ誰も確認できていません。科学者たちは今、ダークマターの正体に迫るべく世界各所で実験を繰り広げています。

でも、見ることも触ることもできないものを検知するってどうするんでしょうか? ダークマターはごく小さな粒子だと考える研究者が多いのですが、その姿を捉えるために編み出された方法が、液体キセノンを入れた巨大なタンクを使う方法です。そんなタンクのひとつ、イタリアのグラン・サッソ国立研究所の地下に設置されたXENON1Tから、初の実験成果が報告されました。まだダークマターの存在は確認できませんでしたが、希望はまったく消えていません。

「一番エキサイティングなのは、検知器が期待通り動いたことです」。チューリッヒ大学Physik Institutの教授、Laura Baudis氏は米Gizmodoに語りました。

液体キセノンって、どんな風に使われるんでしょうか? 現在、ダークマターは普通の物質の原子核とだけ弱い相互作用を持つ何らかの粒子だと考えられています。そして実験では、この粒子がキセノンの核にぶつかり、光の粒子、または電子を発することが期待されています。ぶつかりあったときの最初の光子の信号と、電子が実験から出てくるときの光子のシグナルの間の時間によって、ダークマターが装置のどの部分にぶつかったらしいかを判断します。その信号は光電子増倍管で増幅され、グラフ上にポコッと飛び出すと考えられています。

XENON1T実験の研究チームは、今もダークマターが検知されていないことに関してはそれほど心配していません。彼らの実験結果はarXivで公開されましたが、そこにはまだ1カ月ちょっと分のデータしか反映されていません。ただそれは、庭に大きなバケツを置いて隕石が落ちてくるのを待つのに似ています。1カ月待っても隕石が落ちてこないからといって「隕石は存在しない」とは言えません。しかもダークマターはそのタンクを透過してしまうはずなので、検出する手段はカメラに映るかどうかという、かすかな光が頼りです。

こういう大がかりな物理実験って、だいたいそんな感じです。もし「ダークマターは小さすぎてこの実験では検知できない」と判断されたら(それを判断するだけでも普通何年もかかりますが)、検知器の感度をより高く(つまりサイズを大きく)するんです。実験規模を大きくすれば、何らかを検知できる確率が高まりますが、そのためにはキセノンがもっとたくさん必要になります。

「検知器をより長く動かしたり、規模を大きくしたりするたびに、我々はより多くのパラメーター空間を探索しているのです」。シカゴ大学のカブリ宇宙物理学研究所のフェローChristopher Tunnell氏は語りました。「(それによって)これはダークマターではないとか、それは違うとか言えるようになるのです」

そんなに感度の高い検知器だと、何でもかんでも反応して、違うものをダークマターと勘違いすることはないんでしょうか? カリフォルニア大学サンディエゴ校のXENON1Tの研究者Kaixuan Ni氏は、XENON1Tが地下深くにあるのはまさにそのためだと教えてくれました。というのは、放射線はどこからでもやってきて検知器に信号を送りうるのですが、地下であればそんなノイズは届かないそうです。また、自然に存在する放射性物質の原子が検知器の中でどう見えるかもわかっているので、データを分析する段階でこれらの信号の影響を排除していきます。XENON1Tは周りを水で囲まれているうえに、今回発表した観測結果データは実験施設の中心から取得したもののみとなっていて、外側にあるキセノンがさらなる壁になっているんです。

ちなみにXENON1Tは「キセノン1トン」という意味ですが、実際使われている液体キセノンの量は3トンちょっとあります。同様の検知器は他にもあり、米国のLarge Underground Xenon(LUX)実験は2016年夏にダークマター探索を終え、LUX-Zeplin(LZ)実験へとアップグレード中です。中国のPandaX実験でもキセノンを使っているし、別の希ガスであるアルゴンを使う実験もあります。


史上最高感度のダークマター検知実験、結果発表2
image: the XENON collaboration
左側がXENON1Tの水タンク。内部に検知器が入っています


そんなわけで、世界各所でダークマター検出が競われているのですが、今回のXENON1Tの発表は、最新の施設としては初めてのものです。「これはある意味で、次世代実験が子供時代から卒業するということです」。カリフォルニア大学バークレー校の物理学者で、XENON1Tの競合であるLUX・LZに参加しているBob Jacobsen氏は語りました。「彼らは単に光電子増倍管が機能していることを示しているだけでなく、物理学の本質に迫っています」

Jacobsen氏の発言はLZを代表しているわけではありませんが、彼らには今プレッシャーがかかっているといいます。「我々全員が、次の実験の完成に向けて集中しています。3〜4倍も大きな検知器を使った実験に勝つのは難しいことですから」。LUXで使っていた液体キセノンは370kgでしたが、次世代のLZでは7トンから最大20トンと、XENON1Tの6倍にも及ぶ量を使う予定です。

ただXENON1Tの実験結果について、それほど大きな成果と考えない人もいます。米カリフォルニア州のローレンス・バークレー国立研究所の理論物理学者、Kathryn Zurek氏は、XENON1Tの結果は2016年に出されたLUXの結果より少しマシなくらいだと言います。2016年の論文の成果は、ダークマター粒子の質量が一定の範囲内にはないことがわかったことでした。ただ同氏は、ダークマター検出実験は「生産モード」に入り、粒子の痕跡を求めて順調に動き出したとも言っています。

ともあれ、ヒッグス粒子の発見に関しては大型ハドロン衝突型加速器を使ったATLASとCMS実験が競争していたように、複数の実験グループが同じテーマに取り組むことは重要です。ひとつのグループが何かを発見したら、別のグループがそれを検証できるからです。「実験はふたつ必要です」と前出のNi氏は言います。「XENON1Tがダークマターの信号を見つけたら、LZがそれを検証することができます」


史上最高感度のダークマター検知実験、結果発表
image: the XENON collaboration
XENON1Tの検知器


ダークマター検出に取り組む研究者たちは、実験が徐々に大規模になるにつれ、見つけられなかったらどうなることかというプレッシャーを感じています。「同じことを永遠にやってはいられません」とTunnell氏。「ダークマターが、予想していたものと違っているのかも、と考えるようになります」。言い換えれば、弱い相互作用を持つ粒子ではないということです。でもBaudis氏はまだそこまで言えるレベルではないと言っていますし、さらに次の世代のダークマター検知実験「DARWIN」も準備中です。

って、これらの実験がどこまでアップグレードされていくのかちょっと心配になりますが、一定の区切りは想定されているようです。実験装置の感度がものすごく高まって、太陽や宇宙から飛んで来る粒子「ニュートリノ」が検知されるくらいになったら、それはもうタオルを投げ込むときかもしれない、とBaudis氏は言います。「それまでにダークマターがまったく見つかっていなければ、ニュートリノが多すぎることになるでしょう。」Zurek氏によれば、そうなるとダークマターが見つからなくなるわけではないものの、ニュートリノの海からダークマターを見分けるためにさらに大量のキセノンが必要になるそうです。

「問題はLZができたあと、さらに次世代の実験施設が必要かどうかということです」とZurek氏。「(実験で使う)キセノンの量が、世界の供給全体の中で決して小さくない割合に達するでしょう」。symmetryによれば、世界の液体キセノンの生産量は年間40トンしかなく、10トン、20トンという単位で調達するのは簡単ではないようです。

となると、ダークマター探しには違う方法も必要になってきますが、Zurek氏によればそれももう検討が始まっています。

でも今はまだ、キセノンを使う手法の限界には達していません。研究者たちは、弱い相互作用を持つダークマターが、既知かつ検出可能な粒子を通じてその存在を知らせてくれる「スイートスポット」を探し続けています。Baudis氏はこう言います。「見てみるまでは、単に知る方法がないんです」


top image: Christopher Tunnell/the XENON collaboration
source: arXiv

Ryan F. Mandelbaum - Gizmodo US[原文]
(福田ミホ)