カール東日本で生産中止…サッカー界の「東で苦戦したカール」を特集
25日、日本全土を震撼させるニュースが飛び交った。
あの日本屈指の知名度を誇るスナック菓子「カール」が、販売不振のため東日本での展開を一部中止するというのだ。
それにつけても残念である。
ということで今回、Qolyでは「東で苦戦し、西に行ったカール」を特集しようと思う。かなり頭をひねったので我慢して読んで欲しい。
カール・ジェンキンソン
2011年にチャールトン・アスレティックからアーセナルに加入したサイドバック、カール・ジェンキンソン。
イングランド各年代で選抜されてきたエリートであったが、アーセナルではなかなか重要なポジションを与えられなかった。
そこでジェンキンソンは2014年にローン移籍。ウェストハム・ユナイテッドへ。
レギュラーとして活躍を見せた彼は2015-16シーズンもレンタル期間を延長し、プレミアリーグで評価を高めた。
だが今季戻ったアーセナルではわずか1試合の出場に終わっている。やっぱりウェストでなければダメなのか…。
カールトン・コール
ウェストロンドンにあるチェルシーの下部組織で育ち、高い期待を受けたストライカー、カールトン・コール。
そこでは2002年に若くしてデビューを果たし、初年度にゴールを決めるなど活躍を見せた。
その後2006年に移籍したウェストハム・ユナイテッドでは250試合以上に出場するなどチームの中心的な選手となった。
そんな名選手であるが、先日移籍した東南アジアのインドネシアでは、いきなり労働許可証が発行されないまま出場するという大事件を起こしてしまった。
3試合に出場したがまだゴールはなし。やはり西でなければダメなのか…。
三田光
そして日本からはアテネ五輪の候補メンバーであった『新潟希望の光』こと三田光をピックアップ。
東京出身の彼は國學院大學に通いながらFC東京に加入。しかしそこでは1試合も出場できなかった。
その後少し西にあるアルビレックス新潟にトライアル経由で加入。J2で活躍を見せ、一気に山本正邦監督率いる五輪代表に定着した。
2005年には東北のベガルタ仙台にローン移籍するもあまり活躍できず。新潟退団後には関東の湘南ベルマーレに加入も、一年で戦力外に。
だが、その後徳島ヴォルティスとFC岐阜では多くの出場機会を獲得し、安定したプレーを見せた。現在はFC岐阜のトップチームでアシスタントコーチを務めている。
やはり東に行くとダメだったのか…。