「J1経験ゼロ」で日本代表に初招集された5人の選手たち

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先日発表された、6月のワールドカップ予選に向けた日本代表メンバー。

大きな変更点がいくつかあったが、最大のサプライズはやはりブルガリア1部でプレーするMF加藤恒平の招集だろう。

加藤はベロエ・スターラ・ザゴラに所属する27歳。

日本では町田ゼルビアで29試合にしか出場しておらず、その後はモンテネグロやポーランド、ブルガリアといった東欧諸国を渡り歩く。

そんな加藤は町田でも練習生からプロ契約を勝ち取ったという苦労人であり、世代別代表の経験もない。また、J1を経験したことがない選手のA代表選出というのも非常に稀である。

そこで今回はA代表に初招集となった際、J1経験がなかった選手を探してみた。

これから紹介する選手が全てではないかもしれないが、意外な名前も含まれている。あなたは何人思い浮かぶ?

香川 真司

生年月日:1989/03/17 (28歳)
当時の所属チーム:セレッソ大阪(J2)
当時の年齢:19歳

日本代表で86試合に出場している香川だが、初招集時はJ1経験がなかったというのはあまり知られていないのではないだろうか。2006年、香川はJ1のセレッソ大阪に加入するも、出場機会に恵まれずチームは降格。その後J2でブレイクを果たし、岡田武史監督によって2008年の5月に初招集を受けた。

日本代表としては初の平成生まれ選手であり、代表デビューとなったコートジボワール戦では長友佑都も初出場を飾っている。ちなみにこの香川、J1では僅かに11試合しかプレーしていない。

久保 裕也

生年月日:1993/12/24 (23歳)
当時の所属チーム:京都サンガ(J2)
当時の年齢:18歳

2011年、2種登録ながらJ2の京都サンガで30試合に出場した久保。翌年にはトップチームに昇格となり、2月には日本代表から初招集を受ける。この時久保は立命館宇治高校に在学中であり、現役高校生による招集は市川大祐(当時清水工業高校)以来14年ぶりのこととなった。

以降、しばらくは招集から遠のいていたが、スイスでの活躍を受け昨年11月に代表復帰。今年3月の代表ウィークでは2得点をあげ、今や欠かすことのできない戦力となっている。ちなみに、久保は未だにJ1でのプレー経験がない。

山村 和也

生年月日:1989/12/02 (27歳)
当時の所属チーム:流通経済大学サッカー部
当時の年齢:20歳

フレッシュな顔ぶれが多く揃った、2010年アジアカップ予選イエメン戦に向けた日本代表メンバー。この時、大学生として選ばれたのが山村和也だ。

流通経済大学の2年生だった山村は米本拓司とダブルボランチを組み先発し、チームの勝利に貢献。その後は2010年ワールドカップに出場する代表チームのサポートメンバーにも選ばれ、ロンドン五輪に向けたU-21からU-23代表の中心選手として活躍した。なお、山村のA代表招集はこの一度きり(写真はU-22代表でのもの)。

永井 謙佑

生年月日:1989/03/05 (28歳)
当時の所属チーム:福岡大学サッカー部
当時の年齢:20歳

2008年に開催されたAFC U-19選手権に出場し、4得点をあげ得点王(タイ)に輝いた永井。その後ユニバーシアードでも結果を残すと、大学生ながら日本代表に招集された。

大学生のA代表招集は前述した山村と並んで18年ぶりであり、イエメン戦では渡邉千真との交代で85分から出場している。ちなみに、この時の背番号は「83」。永井は2010年ワールドカップ直前に行われたセルビア戦でも招集されたが、本大会行きのチケットは掴めず。山村とともにサポートメンバーに回った。

村松 大輔

生年月日:1989/12/16 (27歳)
当時の所属チーム:湘南ベルマーレ
当時の年齢:20歳

大幅なメンバー刷新が行われた2010年のイエメン戦。山村と永井の大学生コンビは世間的にも大きな注目を集めたが、この時実は他にもJ1経験のない選手が選ばれていた。それが当時J2でプレーしていたDF村松大輔だ。

2009年、JFLのHonda FC(現在の本田技研)から湘南ベルマーレに活躍の場を移すと、持ち前の対人能力の強さで存在感を発揮しなんと50試合に出場。岡田武史監督からA代表に招集され、JFL経験者としては異例の代表選手になった。しかし、遠征先のイエメンでインフルエンザを発症し、試合に出場することはなかった(写真はU-22代表でのもの)。