今季も開幕から不動のCBとしてピッチに立ち、質の高いディフェンスを随所に披露する。写真:滝川敏之(サッカーダイジェスト写真部)

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 節目の試合が近づいても、中澤佑二の様子はまったく変わらない。グラウンドに入ると誰よりも大きな声で練習に活気をもたらし、若手選手をイジることで雰囲気を盛り上げる。
 
 給水タイムでは、ポジションの近い選手と積極的にディスカッションするベテランらしい一面をのぞかせ、後輩の声にもしっかり耳を傾ける。トレードマークのボンバーヘッドは、常にトレーニングの中心にいる
 
 5月27日の清水戦に出場すると、フィールドプレーヤーでは史上初となるJ1通算550試合に到達する。本人が数字について試合前に語ることはないが、もちろん偉大な記録である。
 
 中澤の上には、GKという異なるポジションで631試合に出場している楢粼正剛(名古屋)がいるだけ。中澤の記録は550試合で止まるわけではなく、数字はこれからも伸びていくだろう。したがって通過点にすぎない。
 
 昨季まで3年連続フルタイム出場を続け、今季もここまでの全12試合にフル出場している。まさしく“鉄人”の歩みである。日々の鍛練と徹底的なメンテナンスで負傷のリスクを最小限に抑え、クリーンなディフェンステクニックで不必要な警告を受けない。
 
 CBというリアクションの動作が多いポジションながら、2014年は警告1枚、2015年は警告ゼロでフェアプレー賞を受賞、そして2016年も警告1枚。過去3年でたったの2回しか警告を受けていないことは、DFにとって最高の勲章かもしれない。
 
 しかし、今季のここまでの道のりは平坦ではなかった。現在、中澤の両膝には痛々しいほどのテープが巻かれ、それは試合でも練習でも変わらない。
 
「テープを取りたいけど、取ったら痛みが出てしまうんです」
 
 昨季、横浜は天皇杯を勝ち進み、12月29日の準決勝に進出。その日、G大阪に敗れてシーズンの全日程を終了したが、すでに今季の始動日は1月16日に決まっていた。新シーズンに向けた充電期間は2週間と少しだけ。ベテランの中澤にとってはコンディション調整が難しいカレンダーだった。

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「何もせずに休んだのは12月30日と31日だけ。自主トレは元日から初走りをしました。始動日から逆算すると、動かないと間に合わないので」
 
 始動日から数日は、エリク・モンバエルツ監督から練習免除の待遇を受けた。しかし、クラブ行事で練習グラウンドに足を運ぶことから「ひとりで自主トレをするよりも、近くにいるなら一緒に動いたほうがいい」と、結局は若手に混ざって元気にボールを蹴っていた。
 
 異変が起きたのは、1月のタイキャンプ中の出来事だった。現地で地元クラブと2試合を戦った。当初、始動直後のため中澤は試合に出場しない予定だったが、同じポジションの栗原勇蔵は昨年末からの負傷が癒えておらず、ミロシュ・デゲネクは加入前だった。CBは新井一耀とパク・ジョンスの2選手のみで、急きょピッチに立つことに。
 
 短いオフと早過ぎる実戦。それが中澤の膝に見えない負担をかけた。最初に違和感を訴えたのは右膝だった。だが、2月に入ってからの宮崎キャンプでも練習は休まない。
 
 すると身体のバランスが崩れていたせいか、反対側の左膝にも異常が。そのまま開幕を迎えて試合をこなしていると、今度は右足の内転筋に痛みが走った。
 
 以降は患部をテープで補強し、試合と練習に臨んでいる。「悪くなっていないけど、現状維持。休まないと良くならない」と表情が晴れる日は少ない。
 
 開幕後は大好きな居残りトレーニングも封印した。日課にしていた全体練習終了後のランニングの回数を減らし、パワー系のトレーニングもほとんど行なわなくなった。
 
「本当は居残りでもっと走りたい。でも、あまりやりすぎると内転筋が痛くなってしまう。ジャンプ系などのハイパワーのトレーニングもできない。今年はもどかしい」
 
 鉄人を支えるのは日々のトレーニングだ。それを存分にできない苦しさは、本人にしか分からないものだろう。
 
「自分は下手くそ。ボールテクニックで勝負するタイプではない」と繰り返す。心身ともに100パーセントの努力を続けることで、現在の地位を確立した。だから「(中村)俊輔のように錆びつかない技術があるのはうらやましい」と苦笑いを浮かべる。
「ヘディングするにしても走るにしても、身体が資本。でも、やっぱり年齢とともに衰えてくる」。
 
 弱音は絶対に吐かない性分だ。それでも自分自身を客観視し、39歳という年齢との向き合い方を考えなければならない。日々、葛藤しながら、もがいている。
 
 そんな中澤を支えるものは何か。そのひとつが「試合に出続けていること」。ホームゲーム後のミックスゾーンに現われるのは、試合終了から1時間30分が経った頃。クールダウンやストレッチを入念に行ない、交代浴で疲労回復に努める。次の試合に向けた準備はすでに始まっている。
 
 もちろん、フル出場にも人一倍こだわる。「CBというポジションは90分間プレーできなければいけない。FWと違ってワンポイントでは試合に出られない」という持論があるからだ。そして、静かにこうつぶやいた。
 
「試合に出られなくなったら、引退を考え始めるのかもしれない」
 
 39歳だが、学年としては40歳を迎える年である。キャリアの晩年に差しかかっているのは間違いない。550試合まで積み上がった数字をどこまで伸ばし、どんな足跡を残すのか。その領域を過去のJリーガーは誰も知らず、そして中澤自身にも分からない。
 
 未踏の道の先にあるゴールテープは、まだまだ見えない。でも、いつか訪れるその日まで、中澤は全力疾走をやめない。
 
取材・文:藤井雅彦(ジャーナリスト)