国際的な存在感を増す中国企業。『中国経営者列伝』の著者であるジャーナリスト、翻訳家の高口康太氏と、シャープを買収したホンハイCEOの評伝『野心 郭台銘伝』を著した筆者(安田)が、その実態について語り合った。前編(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50072)では、合法スレスレの「エッジボール(擦辺球)」を投げる中国式経営の成功例の話になったが、うまい話ばかりではなく・・・。

[JBpressの今日の記事(トップページ)へ]

「魏西則事件」でバイドゥが批判の的に

安田 合法スレスレの経営判断は中国企業のお家芸ですし、成長の原動力でもあります。もっとも、そんなエッジボールの経営判断は失敗すると悲惨なことになる。そんな例を教えてください。

高口 本書では紹介しなかった人ですが、現在、風当たりが強いのはバイドゥの李彦宏(ロビン・リー)です。中国のIT業界三大巨頭を示す「BAT」(バイドゥ、アリババ、テンセント)という言葉がありますが、最近はバイドゥが転落してアリババとテンセントの2強構造に変化しつつあります。

『』と『』


 バイドゥの凋落は、検索サイトという基幹ビジネスでモバイルインターネット時代への対応が遅れたという理由もあるのですが、行き過ぎたエッジボールが世論の批判に晒された点も大きいでしょう。

 例えばバイドゥは広告費を多くもらった企業の情報を検索上位に表示させることで利益を上げてきましたが、昨年、「ガンがすぐ治る」といったフェイク医療広告を信じた若者が病気を悪化させ、問題をネット上に告発したうえで死亡した「魏西則事件」が起きました(下の写真)。他にもバイドゥのニセ広告は世論の評判が悪く、一気にやられた感じです。

昨年春、バイドゥ検索結果のフェイク広告に騙されて死の床にあることを訴える魏則西青年。彼はその後に死亡した。


安田 とはいえ、中国のネットサービスがパクリやニセモノだらけであることは、中国人なら誰でも知っています。アリババのネット販売にしても、世界的にはニセモノ天国として批判されていますよ?

高口 その通りです。加えて中国では大企業の多少のスキャンダルは、政府が守ってくれて沙汰止みになることも多い。しかし、魏西則事件にともなうバイドゥへの社会的批判は、政府が声を抑えるべく動くこともなく、結果的に傷口が広がっていきました。これはアリババとバイドゥの、政府とのつながりの強さ弱さの違いゆえのことかもしれません。

不正にデータを収集しているのか?

安田 政治とビジネスの話が出たので、一般的な日本人の中国企業への懸念点についても聞かせてください。格安スマホや無線LANルーターなどで日本でもおなじみのZTEとファーウェイの製品は、内部に情報を外部流出させるシステム(バックドア)が組み込まれていると世界的に疑惑を持たれています。中国はああいう国ですから、こうして得たビッグデータを政治的な目的で利用している可能性もあるでしょう。実際のところはどうなのですか?

高口 2012年、米下院情報委員会は安全保障のリスクだとしてZTEとファーウェイの通信機器を政府調達から外すよう勧告しています。その後もニュージーランドなどいくつかの国において同様の問題が浮上しました。もっとも、こうした疑惑について具体的な証拠が示されたわけではないので、中国発のサイバー攻撃増加などの状況証拠から感じられた漠然とした不安が反映されたものだという見方もできます。

安田 しかし、ことはインテリジェンスに関係する分野ですから、米国もそうやすやすと「具体例」を挙げるとも思えません。

高口 米国からすれば、これはゲーム理論で言うところのしっぺ返し戦略にもとづいて抱いた疑惑でもあります。一昨年にスノーデン事件で明らかになったように、米国が大手IT企業の協力を得て諜報活動を行っていることは事実です。ZTEやファーウェイのバックドア疑惑は、自分たちがやっているように中国もやっているはず、という発想ゆえに浮上している面があると見ています。

 ただ、高度なインテリジェンスの世界は一般庶民とは無縁の分野です。むしろ一般レベルで懸念すべきは中国企業がプライバシー保護などの権利擁護の意識が薄いことではないでしょうか。

 例えば中国製のスマホアプリは、ユーザーのありとあらゆる情報を集める傾向があります。ある中国の消費者金融アプリは、ユーザーのスマホのバッテリーが切れた、電話がかかってきても出なかったなど明らかにアプリ本体の目的とは別の情報を集め、ビッグデータとして与信確認に利用しているくらいです。また、先日、日本で公開された中国の人気スマホゲーム「陰陽師」は、ゲームには明らかに不必要なアクセス権限を要求していること、さらに収集した情報を2次利用する規約があり、日本のネットユーザーの間でちょっとした騒ぎとなりました。確かにあまりいい気持ちはしませんよね。

中国的、豪快オヤジたちの会社の前途は?

安田 近年、中国は経済成長の結果として人件費の高騰が進み、生産拠点としては従来のように、安い労働力を無尽蔵に使えるというわけではなくなりました。例えばホンハイにしても、中国の人件費高騰を受けてビジネスモデルの転換を図ったことが、シャープ買収の背景にあったようです。特にメーカー系の話になりますが、中国企業はこうした社会の変化にどうやって対応しているのでしょうか。

高口 本書の最終章「新世代の起業家」で取り上げた呉菀彬氏は、中国の製造業・・・、とりわけ工程の最下流に位置する組み立ての分野には未来がないと悲観的な予測をしています。中国の中小企業はもはや、東南アジアや中東・アフリカ・インドなどの国々が「本気を出せば」太刀打ちはできないという主張です。全体的に見て、技術やブランド力を持たない中国の製造業は厳しい時代を迎えつつあるでしょう。

 ただ、ファーウェイやハイアールといった大企業は政府の支援も受けていますし、資金や人材にも恵まれていますから、独自ブランドの構築、コア技術の開発といった転換をはじめています。近年、中国企業による日本メーカーへの企業買収や部門買収が相次いでいるのも、日本メーカーが持つブランドを獲得することで、従来型の安かろう悪かろうではない新たな企業の形を確立するための布石だと考えていいでしょう。

安田 本書に登場した8人の経営者は、いずれも裸一貫から大企業を作り上げた風雲児たちです。貧しかった時代の中国を知り、それゆえにハングリー精神があったとも言えるでしょう。しかし、彼らの後継者にはそんなガッツがあるのでしょうか?

高口 2代目経営者をいかに育成するかは大きな課題です。中国ではスピードある決断がなにより優先されるのですが、サラリーマン社長でそうした決断を下せる人は、一般的に言えば多くありません。その一方で「富二代」(金持ちの2代目)と呼ばれる大金持ちの若者たちにどれだけの逸材がいるかは不明です。もちろん親は教育には力を注いできたはずですが、2代目も「名君」かどうかは運に左右される要素でしょう。

安田 ホンハイにしても、郭台銘の2代目は「いい人」。優しげで上品な人物ですが、郭台銘のような凄みはまったくありません。一方で郭台銘の部下たちは、シャープ社長の戴正呉にように能吏タイプが目立つ。郭台銘は15年前(2002年)から引退を口にしているのに、いまだに第一線にいるのは、後継者への不安ゆえだという声もあります。

高口 そうでしょうね。ちなみに本書の8人の企業家のなかで、2代目ナンバーワンはレノボの柳傳志の娘・柳青。彼女は北京大学とハーバード大学を経てゴールドマン・サックスに就職し、2014年に配車サービスの「滴滴出行」CEOに就任しました。レノボの事業を継ぐかはわかりませんが、柳傳志の財産を増やしこそすれ減らしはしない逸材でしょう。

 一方、最もヤバそうな2代目は王思聡、ワンダの王健林の息子でグループの後継者です。父親から数十億円の資金を任されたのに、プロゲーマー集団(Eスポーツ大会に出て賞金を稼ぐ)という謎のビジネスを展開するなど、将来に不安を感じる中国人は少なくありません。

安田 リアルおぼっちゃまくんですね。われわれ中国B級ニュースウォッチャーとしては将来が楽しみですが、企業としては将来が不安ですね。

高口 中国らしいエピソードもあります。王思聡くんはSNSでの活動にも積極的なのですが、なにか発言するたびにコメント欄に「私と結婚して!」といった女性のコメントが大量に集まる。通称「国民の旦那様」(笑)。

スピードは速いがイノベーションは苦手

安田 将来の心配は中国のビジネス全体にもあるような気がします。台湾のホンハイもそうですが、多くの中国企業の共通点は、既存の技術やシステム・ビジネスモデルの改良や、巨大な購買力を持つ中国市場へのローカライズによって儲けるスタイル。例えばアップルや無印良品のようにブランド独自の世界観そのものを打ち出すようなビジネスは、あまり見られない気がします。

高口 全体的に言えば、その指摘は正しいですね。例外として、本書に登場した雷軍が率いるスマホメーカーのシャオミは、一時は「ハードウェア業界の無印良品」と呼ばれ、このブランドを積極的に支持する多くのファンを獲得しました。しかし2016年以降は後発メーカーに押され、時価総額も最盛期の10分の1程度まで凋落しています。

安田 過去の日本が外国から言われた話と同じかもしれませんが、少なくとも現時点までの中国企業は、改良は得意でもイノベーションは苦手なんですよね。今後、変わっていくのでしょうか。

高口 李克強首相の旗振りで、政府主導の「大衆創業、万衆創新」(大衆の創業、万人のイノベーション)政策が進められています。政府の支援策は手厚いですし、カネ余りの社会なのでベンチャー企業に流れ込む資金も豊富、次々と新たな企業が生まれています。いわゆる「90後」や「95後」(それぞれ1990年代生まれ、95年代生まれ)の若者たちは、豊かになった中国で世界中から流入してきた文化の洗礼を受けて育った世代。過去の世代とは異なる新しい価値観を創造するという期待がなされています。

 一方、ともかくスピードが速いのが中国という国です。なので、なかなか芽が出ないビジネスを磨いていくのは苦手ですから、その意味では新しいイノベーションを育てきれるのかが今後の課題ですね。

安田 現在は台湾も中国も豊かになり、ホンハイの郭台銘や、本書に登場する8人の企業家のような豪快な経営者が腕一本でのしあがる英雄時代は終わりを迎えています。

高口 そうですね。今後、日本のように落ち着いておとなしくまとまっていくのか、スマート分野などのフロンティアな業界で新たな伝説を作っていくのか。今後の中国経済からも目が離せません。

筆者:安田 峰俊