【六川亨の日本サッカー見聞録】U-20で厳格化したGK6秒ルールが戦術に及ぼす影響

写真拡大

▽韓国で開催されているU―20W杯で、日本は5月24日にウルグアイと対戦。勝てばグループリーグ突破に大きく前進するところだったが、前半38分に先制点を許すと、アディショナルタイムにもカウンターから失点し、0-2で敗れた。負けたこともさることながら、痛いのは前半16分にエースFWの小川(磐田)が、相手のタックルをジャンプしてかわした後の着地の際に、左膝をロックするように降りたこと。小川は自力では歩けず、担架に乗っての退場となった。

▽問題のシーンを見て、96年アトランタ五輪の合宿中に、FW小倉隆史が右足を傷めたことを思い出した。小倉は右膝後十字靭帯の断裂により五輪出場を断念。その後は復帰したものの、ベストのコンディションに戻ることはなく、代表に復帰することもできなかった。

▽JFA(日本サッカー協会)からのリリースによると、小川は左膝前十字靭帯の断裂と左半月板の損傷で、今週末にチームを離れて帰国する。内山ジャパンにとって欠くことのできない選手だけに、彼の離脱は痛恨だ。そして小川自身にとっても今シーズンは、ルヴァンカップでハットトリックを決めるなど結果を出してアピールできる好機だっただけに、ケガによる長期離脱は悔やまれる。

▽第3戦となるイタリア戦は181センチの長身FW田川(鳥栖)にスタメンの機会が回ってくるのか、それとも久保(FC東京U-18)が初スタメンを飾るのか、内山監督の采配が見物だ。勝てばもちろん、引き分けでもラウンド16に進めるチャンスはあるだけに、最後まで諦めずに戦って欲しい。

▽さて今大会は試験的にビデオ判定が導入されているが、もう一つルールの変更(?)がある。それは時間稼ぎを防ぐため、GKの6秒ルールを厳格化するというものだ。GKはボールを保持してから6秒以内にリリースしないと、攻撃側に間接FKが与えられる。

▽実際に現地で数試合を取材した印象では、「試合がスピーディーになったな」と感じた。GKがボールを保持してから、フィールドプレーヤーの動き出しが速くなったからで、当然GKも素早くフィードする。そして面白いのは、このルールの厳格化は攻撃にも変化をもたらした点だ。

▽日本と韓国、それにイタリアとウルグアイは、GKがボールを保持すると、SBは素早く両サイドに開いてパスコースを作ったり、ボランチが降りてきたりしてレシーバーとなる。そのプレー自体は今までと変わらず、スピード感が増しただけだ。

▽ところが南アやギニアといったアフリカ勢のGKは、ほとんどキックかロングスローによるカウンターを狙っていた。前線には1人か2人を残し、“個の力”を生かしたドリブル突破によるカウンターを徹底していた。

▽特に顕著だったのが相手CKの時だ。サイドライン際に1人を残す。多くのチームのCBは長身選手が多いため、CKの時はゴール前に上がってくる。サイドに残っているFWをマークするのはSBの選手ということになるが、そうするとフィールド中央部分には広大なスペースができていた。

▽そしてGKがボールをキャッチすると、素早くキックして前線に残っている選手を走らせるか、こぼれ球を自陣で拾った選手は迷うことなくドリブルで中央突破を試みる。ロングキックでは、ボールロストの危険もあり「一か八か」の選択になるが、“個の力”があるからこそ採用できる攻撃方法だ。ここらあたりがマイボールを大切にする日本や韓国、イタリアとの違いだろう。

▽かつてFIFAは、1995年にエクアドルで開催されたU-17W杯とスウェーデンでの女子W杯でマルチボールシステムを試験採用した。7個のボールを用意し、ボールがピッチ外に出たらボールパーソン(ボールボーイとは言わない。女子が務めることもあるから)が投げ入れるというシステムだ。これはアクチュアル・プレーイングタイムの増加につながり、Jリーグも96年から採用している。

▽このマルチボールシステムは時間短縮につながったものの、戦術的な変化をもたらしわ訳ではない。一方、GKの6秒ルールの厳格化は、すでに紹介したように戦術的変化をもたらす可能性を秘めている。果たして来年のロシア杯で本格採用されるのか。もしも採用されるなら、これまで以上にロシアW杯は俊足選手によるカウンターが重要な戦術になってくるかもしれない。【六川亨】1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた、博識ジャーナリストである。