「ミュージックマガジン 日本のヒップホップアルバムベスト100」にちゃんとガタガタ言ってみる

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『フリースタイルダンジョン』によって日本のラップシーンが活性化し、その盛り上がりは続いている。R-指定は『未来予想図』でブームへの懸念を表明しているが、日本語ラップは人気ジャンルとして定着した。ミュージックマガジン6月号の特集「日本のヒップホップアルバムベスト100」がネットで物議を呼んでいることがその証左ではないだろうか。


この特集では31人のライターの投票によってベスト100が決定された。「100選」ではなく、1位から100位までビシッと順位がついていることが騒動の原因だ。音楽との出会いはある日ある時、突然おこる。その場面によって思い入れは千差万別。当然、ガツーンと来た作品が1位でなければ納得出来ない。なのでミュージックマガジンが作った順列に違和感があるのは当然だろう。そのことは選者たちも十分にわかっていて、ライターのひとりとしてこの企画に加わったDJの荏開津広は「始めなくては始まらない」と言っている。そうなんだよ。

ジャンルは異なるが、ぼくもメディア芸術作品等の審査をすることがある。作品に順列をつけることはモヤモヤする。オレって何様? という葛藤だ。しかしながら「でもやるんだよ!」の一心でやっている。それはなぜか? まさに「始めなくては始まらない」からだ。特にポップカルチャーは、それをしないでいると世情の移ろいの中に霧散してしまう。それはポップの美学とも言えるけど、やはり思い入れが強い作品は人々の記憶に残るようにしておきたい。もっと言うと人類の歴史に刻みたい。

で、この騒動をツイッターで検索してみると、特集タイトルは「日本のヒップホップ」なんだけど、「日本語ラップ特集がひでー」という言葉の取違えも目立つ。ここは丁寧に使われるべきワードだ。ラップはヒップホップの一要素なので、括りが異なる。本特集の詰めが甘いとしたらこの点だろう。

でも、雑誌はおもしろい構成になっていて、ババーンとベスト100を選出した次のページから、旬のアーティストたちによる企画に対する容赦なきダメ出し対談が続く。

「(傑作の数々に順位をつける)この企画は胸糞悪い」(DJ松永)、「“日本語ラップ”なら(順位は)変わってくる」(R-指定)、「ライターが”お金をもらってるから仕方なく選んだベスト100”なら納得」(DOTAMA)

この編集意図は読みとろうよ! その上でガタガタ言うのが楽しいではないか。

なのでぼくもガタガタ言うよ。1位から3位までは納得。この3枚のヤバさは間違いない。でも10位のKohhはもっと上だよ。単なる住所「東京都王子」を反復することで、王子という街が王子様になったり、ブラックサバス(オジー・オズボーン)が想起されたり、東京とオーストラリアが繋がったり、と魔法のような変化を続けるこの曲は一生聴ける。

志人×DJ DOLBEE『明晰夢』がベスト100にないのはどういうこっちゃ! 陸軍中野学校によってロボトミー手術を受けた「俺」が、何者かの手で直接脳ミソをこねくり回されるという異常な状況で、時折、我に帰り「アレ、俺こんなだったけな?」と呟く。そんなill過ぎるぶっ飛んだ世界を描いた曲が収録されたこのアルバムは日本語ラップの極北だ。それが圏外ってひどくない?

また、ミュージックマガジンはヒップホップ専門誌ではないのだから、例えば頭脳警察の1stの「世界革命宣言」を日本語ラップの源流のひとつと捉える冒険だってするべきだ。頭脳警察をアリにすると遠藤ミチロウの「お母さんいい加減あなたの顔は忘れてしまいました」なども重要曲として浮上してくる。ヒップホップというアートフォームを介して、日本の地下世界に脈打ってきたアングラ音楽と現在進行形の日本語ラップを交差させることは音楽総合雑誌がやるべき仕事だろう。ああ、言い出したら止まらない。止まらないから楽し過ぎる!

そんなわけで、ミュージックマガジン6月号は物事の始まりを促す重要な特集でした。あーでもない、こーでもないと、ガタガタ言い交そうじゃないか! それはから騒ぎの「炎上」ではなく、成熟のための「土壌」となる。お、軽く踏めちゃったのでDIGに戻ります!
(飯田和敏)