「Thinkstock」より

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 今月9日、FMラジオ・J-WAVEの番組『JAM THE WORLD』内のコーナー「BREAKTHROUGH!」のコーナーに、将棋ファンのひとりとして筆者もゲスト出演した。2003年に同局が六本木ヒルズに移転する前から幾度となく出演しているが、テーマは「食の安全」や「食品表示」がほとんどであり、将棋ファンとしての出演は今回が2度目だ。

 テーマは、今話題の「藤井聡太四段の快進撃」。ナビゲーターは、元NHKアナウンサーの堀潤さん。もうひとりのゲストは、毎日新聞学芸部・編集委員の山村英樹さん。山村さんは、毎日新聞で将棋を担当されて30年というマスコミの将棋界では重鎮といえる記者である。1993年、山村さんがご結婚された際には、現在の羽生善治三冠や森内俊之十八世名人、佐藤康光日本将棋連盟会長など、当時の独身棋士たちが多く集まり、盛大に「結婚を祝う会」を開催したこともあるほど、昔から多くの棋士に慕われている方だ。

 最近の将棋界や藤井四段について約30分間、3人で熱く語り合ったが、ヒーローが生まれる条件として山村さんが話されたことに、とても共感したことがあったのでご紹介したい。

●将棋ソフト

 ひとつは、AI(人工知能)と子どもの能力との融合である。藤井四段は、史上最年少(14歳2カ月)でプロ棋士デビューを果たしたが、プロ入り前の成績が抜群に良かったわけではない。相撲にたとえると、藤井四段は史上最年少関取ということになるが、十両に上がる前の幕下で、全勝優勝をしてぶっちぎりで昇進を決めたわけではない。将棋では、幕下に相当するのが三段リーグになる。

 藤井四段は2016年上期の三段リーグをトップの成績で昇段したが、結果は13勝5敗。1勝違いの12勝6敗は5人いた。最終戦に勝ったことでやっと昇段が確定したが、もしも負けて12勝6敗だったら、昇段できていなかったのだ。昇段できるのは成績上位2人。同星の場合は番付が上位の者が優先という規定である。

 彼の非凡な才能は誰しも認めていたが、プロになる前の成績を見ると、とても18連勝する力があるとは思えなかったのだ。その点について山村さんは「藤井四段が囲み取材の時に『三段リーグの途中から将棋ソフトを研究し、自分の将棋を見直した』と正直に語っていた。ネットやソフトが充実したまさに時代の申し子だ」と言う。彼は、将棋ソフトを自分の将棋に取り入れたことで強くなった可能性が高いのだ。

 今は、棋士の誰もが将棋ソフトを研究している。彼も当然研究しているし、将棋にもそれが表れていると筆者も感じてはいたが、強くなったきっかけが将棋ソフトかもしれないという指摘には驚いた。

 彼は、人間が長年にわたって築き上げてきた将棋と、近年急速に発展した将棋ソフト(AI)と、自身の才能を理想的なかたちで融合させているのかもしれない。10代、いやもっと若い子どもたちの、汚れのない柔軟性のある脳細胞と、人間の想定を超えるAIの脳細胞が融合すると、類まれな才能が開花するかもしれない。今は、人間がAIと共存する時代になってきた。今まで以上に、もっともっと子どもたちにAIを利用させると、大人が考えもしない新たなものが生まれるかもしれない。

●良きライバル

 もうひとつは、強くなるためにはライバルが必要だということである。

 山村さんは、羽生三冠(46歳)が強くなったのは「才能だけでなく森内十八世名人(46歳)や佐藤将棋連盟会長(47歳)など、同世代に強いライバルが何人もいたからだ」と言う。ライバルと切磋琢磨することで強くなるのだという。藤井四段は、あまりにも若くしてプロデビューをしたので、今のところ同世代の棋士はいない。

 彼が話題になっている要因は、18連勝ということもあるが、羽生三冠も含めた上位棋士と非公式戦で勝利したことが大きい。ところが、最初の非公式戦で勝った羽生三冠との2回目の非公式戦では負けている。今月、愛知県岡崎市で開催された将棋まつりの非公式戦でも、若手の有望株である豊島将之八段(27歳)に負けている。
 
 これは「棋士たちが藤井四段の研究をし始めた結果だ」と山村さんも筆者も見ているが、山村さんはラジオ出演が終わった後の雑談で、「今までは藤井四段の棋譜がほとんどなかったので、他の棋士が研究しようとしてもできなかったからだ」と教えてくれた。

 どんな勝負の世界でも、のし上がってこようとする新人を叩き潰そうとする。それでも這い上がってこそ、真の実力者になる。その時に、自分ひとりだけでなく同世代の仲間がいると心強い。「あいつもがんばっているから、俺もがんばろう」「あいつだけには負けたくない」といった気持ちで自分を奮い立たせることは、成功への道につながるものだ。

 ただ、こればかりは運命だから自分ではどうしようもないところがある。しかし藤井四段には、同世代に近いライバルがいる。20歳の近藤誠也五段だ。

 近藤五段は15年12月にプロデビューしているが、初戦の相手は「ひふみん」こと加藤一二三さんだった。当時、年齢差が56歳7カ月。藤井四段のデビュー戦(16年12月)も加藤さん(年齢差62歳6カ月)だったので、初戦の年齢差1位という記録は抜かれてしまったが、将棋界ではちょっとした話題だった。

 近藤五段は5月22日現在(未放映のテレビ棋戦は除く)、全棋士中で通算成績の勝率が、藤井四段の1.000(18戦18勝)に次いで2位の0.7466(75戦56勝)。ちなみに、350戦以上で勝率7割以上は羽生三冠(1913戦1367勝)ただひとりである。

 しかも近藤五段は、公式戦で羽生三冠を破っている。藤井四段が出てくるまでは、若手の最有望株だった棋士である。その近藤五段と藤井四段が、5月25日公式戦で初めて戦う。その試合は、竜王戦というタイトル戦の予選トーナメントの最終戦である。勝ったほうが、決勝トーナメントに進出できる。その決勝トーナメントには、羽生三冠も出場が決まっている。現在の将棋界の勝率1位と2位の棋士がぶつかる。将棋界、将棋ファンが、今最も注目している一戦だ。

 この試合に藤井四段が勝てば、今まで以上に実力が認められるだろう。しかも、最年少タイトルホルダーになる可能性も出てくる。しかも、プロ棋士になった翌年にタイトルを取るのも史上初となる。

 この2人は、6歳離れているが、プロ棋士になったのは1年違いである。デビュー以来勝率が高く大活躍している2人である。今後の将棋界を背負っていく棋士なることは間違いないだろう。良きライバルとして切磋琢磨し続けてほしい。
(文=垣田達哉/消費者問題研究所代表)