シンガポールに停泊中のミサイル駆逐艦「スタレット」を訪れたジョン・リチャードソン米海軍作戦部長(出所:米海軍、2017年5月15日撮影、U.S. Navy photo by Mass Communication Specialist 1st Class Byron C. Linder/Released)


 トランプ大統領は大統領選挙中に「350隻海軍」の建設を選挙公約に掲げた。すなわち100隻近くの主要戦闘艦(航空母艦、駆逐艦、潜水艦など)を「アメリカの鉄で、アメリカの技術で、アメリカの労働者によって」建造することにより、世界中に睨みを効かすことができる大海軍を再興して、「偉大なアメリカ」を取り戻そうというのである。

 トランプ政権同様にアメリカ海軍も、主要艦艇数を2040年頃までに355隻に増加させる方針を打ち出している。

 しかしながら、米国にはもはや一刻の猶予も許されないようだ。先週5月17日に公表された白書『将来の海軍』において、ジョン・リチャードソン米海軍作戦部長(米海軍軍人のトップ)は、355隻海軍を2040年頃までに達成するという現在の目標では遅すぎる、と指摘している。

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「絶対に必要」な大海軍の構築

 リチャードソン提督によると、アメリカ海軍の主たる仮想敵である中国海軍やロシア海軍は猛スピードで海軍力増強に努めている。たとえば中国海軍は2016年だけで18隻もの戦闘艦艇を就役させている。ロシア海軍も新型攻撃原潜をはじめ近代的な艦艇をどんどん生み出している。また北朝鮮やイラン、それにテロリストによる海洋での脅威も高まっている。

 したがって、「355隻海軍の完成は2040年」などと悠長なことは言っておられず、大幅に前倒しする必要があるというのだ(下の図)。

リチャードソン海軍作戦部長が唱える355隻海軍構築計画の前倒しと予算増加(『将来の海軍』より)


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/50083)

 また海軍作戦部長は、数だけではないと強調する。現在のテクノロジーレベルで355隻海軍を誕生させても威力はなく、多くの技術革新を盛り込んだ最先端技術を投入しなければ、それらの脅威に立ち向かうことはできない。そして、軍艦建造だけではなく、海軍の作戦概念に関しても新機軸が求められている。

 このように、リチャードソン海軍大将は、トランプ政権が選挙公約として掲げてきた大海軍構築は絶対に必要であり、さらには、よりスピードアップして、数だけでなく質的にも優れた大海軍を誕生させなければならないことを指摘している。

355隻でも足りない

 もちろん海軍力は艦艇の数だけで決定されるわけではない。艦艇の性能、そして海軍戦略や作戦概念の内容、それに人的資源の質などを総合しなければ海軍力の強弱は計れない。とはいうものの、艦艇の数は海軍力の基本中の基本である。

 いずれの国の軍艦も、それぞれの国土の延長である。たとえば、アメリカ海軍軍艦は小さいながらもアメリカ領土であり、海上自衛隊軍艦は日本領土であり、人民解放軍海軍軍艦は中国領土である。そのため、平時において軍艦を海外に展開させているということは、それだけ自国の力を海外に見せつける、すなわちプレゼンスを示すことになる。いずれの海軍にとっても、プレゼンスを示すことこそが、戦闘に勝利することに次いで重要な役割ということができる。そして平時におけるプレゼンスを示すためには軍艦の数が決め手になる。

 そのため、有力なシンクタンクは「462隻は必要」という艦艇数を提示している。また、筆者の周辺の海軍関係者の中には「500隻でも少ないくらいだ」と主張する者もいる。そして、リチャードソン海軍作戦部長と同じく、可及的速やかに海軍力を増強させる必要がある、という点では一致している。

間もなく米海軍を上回る中国海軍

 アメリカ海軍がスピードアップして大海軍を建設する必要性を力説している最大の理由は、中国海軍の飛躍的な強大化を大きな脅威に感じているからに他ならない。

 もちろん、中国海軍だけでなくロシア海軍も強力化しつつあるし、その他の海洋における様々な脅威や、世界的人口増加に伴う国際海運量の爆発的増大にも海軍は対応しなければならない。とは言っても、当面の問題は、猛烈なスピードで戦力強化を進めつつある中国海軍だ。

 多くの米海軍関係者たちは「2030年までには、アメリカ海軍は中国海軍に対して数的劣勢に陥ってしまう」と考えている。例えば、2020年までに中国海軍はイギリス海軍、ロシア海軍、海上自衛隊、インド海軍を完全に凌駕して世界第2の海軍の地位を得る。それとともに、兵力6000名近くの海兵隊(海軍陸戦隊)を世界中に送り込む、アメリカに次ぐ世界第2の水陸両用戦力をも保有することになる。

 そして2022年には、主力水上戦闘艦数において中国海軍はすでにアメリカ海軍を上回るとも推測されており、さらに2030年までには中国海軍の海軍部隊展開能力がアメリカ海軍のそれを確実に上回るとみられる。

 したがって、一刻も早く355隻あるいはそれ以上の規模の海軍を造り上げなければならない状況になっているのである。

現実的には困難な大海軍の構築

 しかしながら大海軍構築に賛成する立場の人々からも、はたして現実的に350隻あるいは355隻海軍を誕生させることができるのか? という疑問の声が上がっている。というのも、トランプ政権が打ち出している国防予算のレベルでは、速やかに多数の軍艦を建造していくことなど不可能だからだ。

 また、国防総省は、軍艦建造などの長期的な兵器調達計画の見通しを提示する『将来の国防計画』というレポートを提出できない状態に直面している。その大きな原因は、人事が遅れていることにある。つまり、マティス国防長官を直接補佐し、この種の長期計画の責任者たる国防副長官も、海軍の長である海軍長官もいまだに決定していないのだ(それだけでなく、国防総省の数多くの高官人事も決定していない)。

 さらに悪いことに、アメリカの軍艦建造能力が質的に低下しているという問題も大海軍構築に暗い影を投げかけている。今後アメリカ海軍も含めて世界の海軍で必要とされる小型水上戦闘艦の設計能力が、アメリカの軍艦建造メーカーに欠けており、海外のメーカーの助力を仰ぐ必要があるのではないか? と危惧している海軍関係者たちは少なくない。

艦艇設計能力の低下を露呈させたLCS-1フリーダム(左)とLCS-2インディペンデンス(右)


米海軍力を補強できる日本

 そもそも「中国海軍に対抗する」いう目的に絞るならば、アメリカ海軍が単独で中国海軍を圧倒する必要はない。海上自衛隊やオーストラリア海軍などとの連合海軍力により圧倒すればよいのだ。

 今後、アメリカ海軍やトランプ政権は、上記のように大海軍の構築に時間がかかる現実を見据え、同盟国の中では強力な海軍力や軍艦建造能力を有する日本の助力を期待してくるはずである。

 日本としても、東シナ海情勢、そして南シナ海情勢に対応して海洋戦力を増強しなければならない状況に直面していることは周知の事実である。

 したがって、日米同盟の強化を常に口にしている以上、日本政府は海上自衛隊の人員数や艦艇数の増強(もちろん国防予算の国際水準化が必要になる)を本腰を入れて推し進め、同時に、アメリカに欠落している最新鋭小型戦闘艦艇開発技術(日本のメーカーには優れた技術力が存在している)の供与などの協力も行い、海上自衛隊とアメリカ海軍がトータルで中国海軍の脅威を跳ね返すだけの戦力の構築を即刻開始する必要がある。

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筆者:北村 淳