シリーズ47万部を突破した異例のベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者・西内啓氏が、識者と統計学をテーマに語り合う対談企画。

新たなゲストとして、日本統計学会会長の岩崎学先生を迎え、現代の大学での統計学教育や人工知能ブームの統計学への影響などについてお話をしていただきました。(構成:長谷川リョー/撮影:梅沢香織)

統計学教育の課題は
何よりも「教員不足」

――本日はご足労いただき、ありがとうございます。先日ニュースにもなりましたが、2018年度に横浜市立大学がデータサイエンス学部を開設するとのこと。そして西内さんがアドバイザーとしてその準備に協力される予定とお聞きしています。今日は西内さんと、データサイエンス学部の中心メンバーの一人である岩崎先生に、統計学をめぐる最新の状況や、噂の新学部について伺わせてください。


西内 わかりました。まずは、昨今の大学における統計学教育の状況からお話できればと思います。
『統計学は最強の学問である』を出す前の、統計学ブームが訪れていない頃。たとえば東大で統計学を教えている計数工学科はあまり人気がなくて、あまり成績が良くなくても進学できた時代もあったそうなのですが、最近では、志望者がどんどん増えて人気学科になりつつあるみたいです。

岩崎 西内さんの貢献は本当に大きかったと思いますね。加えて統計学自体のトレンドもあって、最近ではどこの大学でも志望者が徐々に増えていると思います。ただ、喫緊の課題としてあるのは、統計学の教員数の不足です。統計学を志望する学生は増えているけど、大学のほうに受け入れ態勢が整っていないということです。 

西内 そうですよね。特に地方の場合は、元々統計学を学んできたわけでもない数学者の先生が統計学を教えないといけない状況があると聞きました。

岩崎 いや、東京の大学も同じですよ。それは教える方も、教わる方も不幸だと思います。ある大学の学生から「統計の授業で主に証明を教えている」と聞いて、ビックリしました。だって統計は証明じゃないですからね。どうしても数学の先生が統計をやると、何を教えていいのか分からないのでそうなってしまう。基礎的な統計ならば小話的なものを交えながら教えるのがよいと思うんですけどね……。
 いずれにしても統計学を系統立てて学べる場作りは、統計学会としても早急に進めていかなければならないと思っています。そうした状況が、横浜市立大学の新学部の設立につながったわけです。

西内 なるほど、それで新学部の準備を行なうデータサイエンス推進センター長も務められることになったんですね。現時点で決まっている学部の概要をご説明いただけますか?

岩崎 受け入れる学生の定員は60名、教員は今のところ16名を予定しています。この学生と先生の割合は、海外の著名な大学、たとえばスタンフォードなどと比べてもひけをとらない水準です。統計学、情報、数学を柱に、学生の進路としては医学系やマーケティング系、あるいは公務員までを想定しています。
 なので、カリキュラムの幅はかなり広く、統計系とアルゴリズム系の大きく2つに分かれています。1年次には、統計学の基礎やコンピュータ演習、線形代数などの数学的な基礎を。2年次には、統計モデリングや多変量データ解析に加えて、プログラミングやアルゴリズム論なども。3年次以降は、ベイズ統計学、ビッグデータ解析や最適化理論、機械学習などを選択してもらうことになりそうです。

西内 そこまでやれば、金融業界で活躍するデータコンサルタント、製薬会社の臨床研究の専門家のような専門性の高い仕事でも、すぐに活躍できそうですね。

地方自治体で進む
オープンデータ化の機運

――ちなみに、新学部ができたのは、なぜ横浜市立大学だったのでしょうか?

西内 それにはいくつかの理由がありますが、大きかったのは横浜市行政がデータ活用に理解があったからではないでしょうか。たとえば今年の3月に「横浜市官民データ活用推進条例」が議会を通っていますが、この条例では自治体としては初めて、横浜ではオープンデータ化がしっかりと進められることになっています。
 これだけでも統計学関係者には嬉しいことですが、岩崎先生としては、さらに自治体との連携を進めていくことを想定されているんですよね?

岩崎 やはり国や地方自治体はデータの宝庫ですから、統計学をやる方も、なんとかそれを利活用したいと考えています。そこで私がいつも言うのは、「国や自治体は、もっと統計学者を使ってください、頼ってみてください」ということです。統計学者と連携することで地方自治体の方々の視野も広がると思いますし、専門的な情報を仕入れることができるはずです。欧米における医学や疫学の大きな研究では、統計学者が必ず入って成果を論文にまとめるのが普通ですから。

西内 鶏と卵ですが、日本においてそのような共同研究が思うように進んでいない原因の1つが、国や地方自治体のデータがオープンにされていなかった、という点にありましたよね。そういえば以前、経営学者の入山章栄先生が、「日本には世界一使われないデータがある」と仰っていました(笑)。

岩崎 横浜市に象徴されるように、そうした状況が少しずつ変わってきたということですね。今までは統計学者も、「データがないからできない」といったことを言い訳にできていた。でも今では、総務省の「e-Stat」に代表されるように、省庁がデータを出すようになってきて、研究者が扱えるデータが増えている。これは、「データがないから分析ができない」という理屈が通用しなくなってきたということです(笑)。
 データは基本的に客観的なものなので、それをどう分析するか。その意味でなかなか面白い時代になってきたと感じます。

――日本の大学で学部に「データサイエンス」を冠するのは、滋賀大学データサイエンス学部に次ぎ2校目になるとのことですが、滋賀大との違いはどこにあるのでしょうか?

西内 オープンデータ化については、横浜以外の自治体でも同じ動きが広がってほしいと思います。ただ、横浜市は人口や企業数も多いので、他の地域に比べてデータの分量や種類についても、それを活用した場合のインパクトにおいても、かなり有利だと思います。あと、横浜市立大学には医学部があることも大きい。行政やビジネスだけでなく、医療・健康方面での活用も実践できることになるはずです。

岩崎 横浜市の場合は、市の方々も積極的にデータ活用に取り組んでいただいているのですが、同時にNPOなど民間の人たちまでデータを使いながらそれぞれの問題にアプローチしていらっしゃいます。これも大都市であるがゆえの特徴ですよね。社会貢献や地域貢献の部分で、もっと統計学者を巻き込んでいってほしいですね。

西内 これまでも市は少なからぬ予算を費やして調査や分析に業者を利用していたと思いますが、綺麗なグラフをまとめた資料以上のものはなかなか出てこない。それならば1人でも2人でも、実務に明るい統計学者を雇って行政のための仕事に携わってもらった方がリーズナブルです。その意味で横浜市立大にデータサイエンス学部ができるのは大きいですね。

(つづく)