吉田研作・上智大学言語教育研究センター長

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新学習指導要領によって小学校、中学校の英語教育はどう変わるのか。英語教育改革に関わる『起きてから寝るまで英語表現』シリーズ著者に聞いた。

■これまでは小中連携がスムーズにいかなかった

【三宅義和・イーオン社長】小学校、中学校の次期学習指導要領が3月31日に公示となり、いよいよ2020年度から小学校で全面実施されます。『熊本日日新聞』の報道では、熊本県では小学校5、6年生での英語の教科化を来年度から先行実施する自治体が9市町に上るそうです。

おそらく熊本県以外にもこうした動きはあることでしょう。しかしながら、英語の教科化に関しては、不安を口にする教師も少なくありません。それは授業時間数の確保や教員の英語力と指導力、加えて教科としての評価方法、教科書がどうなるかといったことも指摘されます。

英語を教科とする意義と言いますか、具体的にどのようなことを学ぶかということをぜひ知りたいと思います。よく、子どもたちや保護者の方も含めて、中学校1年生からいきなり英語が時間割に入り、文法でつまずいて早々に英語嫌いになってしまう。この「中1ショック」が小学校5年生に引き下げられるだけではないかという声を聞くわけです。そのあたりは、実際のところどうなのでしょうか。

【吉田研作・上智大学言語教育研究センター長】いま小学5、6年生は、外国語活動として英語に取り組んでいますね。その成果は、小学校の先生だけじゃなくて、中学校の先生も認めています。具体的には、以前と比べると、英語を聞いて理解できたり、しゃべることができたり、積極的に活動に参加したりといった評価です。

それでも、読み書きに関しては学んでいませんから、子どもたち自身が中学校に入って、いきなり読み書き苦労しているという面があることも否定できません。小学校では楽しかったのに、授業に追いつけず英語嫌いがけっこう増えたりしています。小学校と中学校の教え方がまったく違うものですから、それが原因になっているようです。

中学校は同じ学区の中の違った小学校から子どもたちが入学してきます。それぞれの小学校で、どのような英語学習をやってきたかは中学校の英語教師には掴めません。ある生徒はできて、ある生徒はそれほどでもないというように、かなりバラツキが多いわけですよね。

そうすると、どうやって教えるかというと、小学校でやってきたことあまり考えないで、中学1年生でゼロから出発しようとなっても無理からぬことです。つまり、小中連携がうまくいっていないということです。だったら、教科と外国語活動を、同じ小学校のスキームに入れて、その移行をよりスムーズにしてはどうだろうかということです。

■英語は使うことによって身につく

【三宅】もったいないことをしていたことになります。

【吉田】すごくもったいないわけです。そこで、小学校の外国語活動を3、4年生まで下ろして、そこで体験的に英語を学んだものをベースに、学区内で格差がないように5、6年生で基礎作りしていきましょうと。そうすれば、学習指導要領で今回出たような形で、何をどこまで勉強するかが明確になります。

中学校サイドにしても「ここから先は、自分たちの責任だな」とハッキリしますよね。外国語活動という体験授業から教科へつなぎ、その成果を中学校との結びつけていくという連携を効率的にできれば、三宅社長が指摘された中1でのつまずきは相当部分回避できるはずです。

その際に我々が考えているのは、中学校で教えている文法を前倒しすることではありません。小学校3、4年で取り組んだ音声による活動をベースに、文法をその中に構文として組み込んで使えるようにする。また、音声で慣れ親しんだものを書き写したりするといった方法で中学校へつなぐということです。だから、どちらかというと、前倒しではなく、後ろ倒しですね(笑)。

【三宅】小学校英語の評価方法ですが、教科になった場合、やはり通信簿ということになると思いますが、何ができたら「良い」になるのでしょうか。コミュニケーションを取る姿勢が重要なのか、アルファベットや単語を覚えることが大切なのか。そのあたりを先生はどのように考えていらっしゃいますか。

【吉田】一番大きな目標っていうのは「can do」ですから、何ができるようになったか、ならなかったか。それがコミュニケーションなら、どの程度までスムーズにできるようになったかっていうことは含まれてくると思います。

ただ、そのためには必要な言語要素というものがあるわけです。当然、単語は知ってないと無理だろうし、構文的な知識がないと話せないし、聞けません。そうした要素もサブスコアとして入ってくるでしょう。とはいえ、生徒たちが「何ができるか」という目的に対して、それが身につくように指導することが教師の役割で「Yes I can.」と答えるかどうかは生徒です。ということは、生徒自身も自己評価できないと総合評価にはなりません。そのところは非常に大事ですね。

【三宅】何のために英語を学ぶのか、英語で何ができるようになるかということですから。

【吉田】結局、それは英語を使うことによって身につくわけです。そして、そこに自信が生まれる。だから、生徒たちが英語に慣れ親しんで、そして使えるようになったっていう体験をどれだけ得られるかがポイントになります。現場の先生方がどう授業の中で工夫して進めるかという意味で教員研修もすごく重要になってきます。

【三宅】その現場を担う教師、1人ひとりの心がまえも重要だと思います。私どもイーオンでは、3月末に岡山と東京で、小学校の教師を対象に「英語力・指導力向上セミナー」を無料で開催しました。皆さん、本当に熱心に取り組まれていました。

【吉田】これまでの英語改革の流れの中で、自信をつけてきた先生たちもいます。本当に先生たちは真面目に勉強されるので、「すばらしい」と思います。ALT(外国語指導助手)の人と一緒に授業を進めるという経験を積んで、自分の英語力がものすごく上がったという話も聞きます。

半面で、すべてをALTに任せきりという教師もいます。これでは、英語力はおろか指導力も上がってきません。もちろん、小学校教諭ですから教え方はお手の物でしょうが、英語学習へのモチベーションを持たせるという意味でも教員が導く役目は小さくありません。

■小学校から英語に接した生徒は楽しさを経験

【三宅】いよいよ小学校での英語がスタートすると、授業時間数は70時間、週2コマ相当となります。しかし、現実には他教科もあり時間割は目いっぱいです。15分間のモジュール授業や夏休みなどにまとめて行うことなども示唆されました。そうした状況下で、学校によって取り組みも異なってしまい、評価にバラツキが出る懸念はないのでしょうか。

【吉田】評価基準さえきちんとしてれば、それほど問題はないと思います。ただ、70時間をどう使うかによって、到達できる目標のレベルが違ってくる可能性は十分あります。だから、やはり問題となるのは、もし、短時間学習を入れた場合に、正規の45分授業と、うまく連動した形にできないと、あまり効果的ではありません。

先ほど三宅社長がおっしゃった熊本県のような先行実施のところでは、どんな教科書になるのか、早めに情報が必要です。文科省でも準国定教科書のような形で作っていくわけですが、それはモジュール学習を最初から前提としたものではありません。あくまでも週2回を前提としたものです。とはいえ、工夫すれば、短時間授業にも使えるということはこの秋に提示されるでしょう。

【三宅】小学校の英語導入については、1986年の答申から、最初は「総合的学習の時間」の活用、やがて5、6年生の外国語活動必修化を経て、ようやく30年以上を経て教科化までいたりました。この英語教育改革は絶対に成功させないといけないと思うのですが、先生は何をもって成功だと考えられますか。

【吉田】いくつか視点があります。これまでの日本人のいろんなデータを見ていると、英語とか外国語に自信がない子どもが多いのです。だから僕は、自信をもって積極的に海外に出て行ける子がどれだけ育つかだと考えています。

英語力そのものは、がんばれば一定のレベルまでは達するわけで、完璧である必要はありません。単純に英語力をつけるという問題ではなく、積極性がどうやって生まれてくるか、英語を使っていろんなことをやりたいという気持ちをどうやって育成するかだと思います。

【三宅】イーオンの小学生向け教科書も昨年大きく変えまして、従来の教え込むということから子どもたちに気づかせる、子どもたちが積極的に発表するということを目標としました。その効果でしょうか、すごく生き生きと授業を受けているのです。少しぐらいの間違えを恐れずに発言する。楽しく自分の意見を最後までプレゼンできるようになりました。

【吉田】現在でも、小学校から英語を学んでいる子どもは、高校生になっても「外国のことをもっと知りたい」という生徒が多いですよね。そういうアンケート結果は、もうずいぶん前から出ています。理由を調べてみると、小学校時代から英語に接した子は楽しさを経験しています。そんな子どもを1人でも多く育てるべきです。

【三宅】本日はありがとうございました。

(イーオン代表取締役社長 三宅 義和、上智大学言語教育研究センター長 吉田 研作 岡村繁雄=構成 澁谷高晴=撮影)