GORILLAZ

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 『FUJI ROCK FESTIVAL’17』での来日も決まっているGORILLAZが、7年ぶりのアルバム『Humanz』をリリースした。

 どうやら、これ、とんでもないアルバムである。テーマはアメリカ。急激に変わりゆく世界を見据え、暗雲立ち込める未来から目をそらすことなく、かと言って皮肉や悲嘆にくれるわけでもなく、一つの叙事詩を描くことでそれに立ち向かう気概を示している。そういう意味では、同時期にリリースされたケンドリック・ラマーのアルバム『DAMN.』と呼応するものも感じる。どちらも2017年を代表する一枚だ。

 何より語られるべきは、これが今の音楽シーンの潮流をビビッドに反映したアルバムであるということ。サウンドの根幹にあるのはヒップホップ。それもトラップ以降のモダンなヒップホップだ。そして、その向こう側にあるソウルやゴスペルも視野に入れ、つまりはアメリカの黒人音楽の歴史を総ざらいにするような内容になっている。

 フィーチャリングのゲスト陣の名前が何よりの証明だ。まずイントロに続くオープニング・トラックの「Ascension」は、ヴィンス・ステイプルズがゲストに参加している。

 ヴィンス・ステイプルズは現在23歳、LA出身の気鋭のラッパーだ。2015年のデビュー作『Summertime ‘06』が高く評価され、昨年にはジェイムス・ブレイクやエイサップ・ロッキーが参加した7曲入りのEP『Prima Donna』をリリース。6月には2ndアルバム『Big Fish Theory』をリリースすることがアナウンスされている。フランク・オーシャンとも古くからの親友で、つまりは次世代のアメリカの音楽シーンを担う存在の一人と言える。

 「Andromeda」に参加しているのはD.R.A.M.。昨年にリル・ヨッティをフィーチャリングしたシングル「Broccoli」でスマッシュヒットを果たしたシンガーだ。彼も今年さらなるブレイクが期待されている。

 トランプ就任前日に突如YouTubeに公開された「Hallelujah Money」で歌っているのは英国の若き天才ソウル・シンガー、ベンジャミン・クレメンティンだ。

 他にも本作にはポップカーンやゼブラ・カッツなど売り出し中のレゲエアーティスト、ラッパーがずらりと顔を並べ、才能の見本市のような一枚になっている。中でもオルタナティブR&Bの次代を担う歌姫ケレラとダニー・ブラウンが参加した「Submissions」はアルバム最大の聴きどころだ。

 その一方、いわゆる大御所も存在感を放っている。「Momentz」にはUSヒップホップの重鎮、デ・ラ・ソウルが参加。マシン・ビートに乗せてラップを見せている。彼らは2ndアルバム『Demon Days』に収録された「Feel Good Inc.」からのコラボレーターで、前作『Plastic Beach』から続けての参加。いわばデーモンにとっては参謀役のような役割と言えるだろう。

 そして「Let Me Out」には、プシャ・Tとメイヴィス・ステイプルズが参加している。

 プシャ・Tはカニエ・ウェストの主宰するレーベル〈G.O.O.D. Music〉からデビューし、現在はレーベルヘッドも務める実力派。そしてメイヴィス・ステイプルズは現在77歳。ゴスペル・グループ、The Staple Singersの一員として50年代にデビューし、公民権運動にも深くかかわってきたソウル・ゴスペル界の生きる伝説だ。彼女が70代とは思えない力強いボーカルを披露している。

 では、これだけの豪華なコラボレーターを揃えて、デーモン・アルバーンはアルバム『Humanz』で何を描こうとしたのか?

 大袈裟に言ってしまえば、それは「失望に立ち向かう決意」というものなのだと思う。そのために架空のバンドという仕掛けが用いられている。

 「Hallelujah Money」のMVでは、ベンジャミン・クレメンティンはトランプタワーのエレベーター内で〈ハレルヤ・マネー〉(=お金万歳)と歌う。デーモンがインタビューで明かしているとおり「トランプ以降のアメリカ」というのはアルバムの重要なモチーフとなっている。

 ただ、この曲だけを取り沙汰して今作を単なるアンチ・トランプの作品と位置づけてしまうのはあまりに表層的な見方だ。もっと奥深いテーマが隠されている。重要なのは、アルバムの制作が2015年から進められてきたということ。同年、blurのアルバム『The Magic Whip』のワールドツアーでNYを訪れた時に、すでにデーモン・アルバーンはドナルド・トランプへの言及をしている。おそらくその時点から今作の構想はあったのだろう。

 そして、すでに多くの人が忘れてしまっていると思うのだが、2016年11月、アメリカ大統領選挙の開票当日まで、実際にドナルド・トランプが選挙に勝つと本気で予想している人は少数派だった。CNNを筆頭とした主要メディアも、ヒラリー・クリントンの優勢を報じ続けてきた。

 これは筆者の推測なのだが、ひょっとしたら、この『Humanz』というアルバムは当初「もしトランプが大統領に就任していたら」という仮想世界を描く物語として構想されていたのではないだろうか。架空のバンドであるGORILLAZにとってはお誂え向きのテーマだ。そういう発想からディストピア的なフィクションを描く物語として制作はスタートしたのかもしれない。

 が、現実は誰もが知る通りのものとなった。おそらく昨年の11月以降、アルバムの方向性は大きく改められたはずだ。デーモン・アルバーンはビルボードの取材で、新作からドナルド・トランプへの言及をすべて取り除いたと語っている。

 そういう考察を踏まえて「Let Me Out」を聴くと、いろいろと納得する。

 この曲でプシャ・Tは〈オバマは去った 誰が俺らを救ってくれるんだ〉〈トランプは悪魔に魂を売った〉とラップする(ただし音源では、この「オバマ」「トランプ」という単語のところは「ピー」音で消されている)。それを受けて2D(=デーモン)が〈恐れていたものが形をなそうとしている それは確実にやってくる〉と歌う。

 しかし、二人の不安や嘆きを打ち消すように、メイヴィス・ステイプルズが〈生き抜くためには犠牲も必要〉〈変化が訪れようとしてる 準備をしなければ〉と高らかに歌い上げるのである。

 この曲をターニングポイントに、アルバム後半ではソウルやゴスペルの要素が色濃く現れる。その高揚感やポジティビティが高らかに歌われる。そうして辿り着くのがラスト・トラックの「We Got The Power」だ。

 Savagesの女性ボーカリスト、ジェニー・ベスをフィーチャリングしたこの曲。コーラスにはノエル・ギャラガーとD.R.A.M.が参加している。90年代のブリットポップの時代には犬猿の仲だったデーモン・アルバーンとノエル・ギャラガーが「僕らには愛し合う力がある」と声を合わせているわけだ。

 かなり壮大な一枚と言えるだろう。

 ちなみに、この原稿の最初で、GORILLAZの『Humanz』とケンドリック・ラマーの『DAMN.』は呼応しているような関係性にあると書いた。ここから先はとても込み入った話なのだけれど、それを踏まえて考えると、虚構と現実、イギリスとアメリカという様々な軸で2枚のアルバムを並べて考えることができる。

 ケンドリック・ラマーの『DAMN.』は、「カンフー・ケニー」という自身のオルター・エゴを生み出し「自分VS自分」という構造を作り出すことで、ひたすら自身のリアルを語っていくアルバムだ。ただし、その中で明確に「トランプ後のアメリカ」に言及しているのが「XXX feat. U2」という曲。この曲でU2のボノは〈場所の問題じゃない この国は“ドラム&ベースのサウンド”になる運命だった〉と歌う。直前には銃規制に関するリリックもあり、おそらくこの“ドラム&ベースのサウンド”というのは銃声のことだと思われる。

 言うまでもなくU2はアイルランドにルーツを持つバンドである。そして現在の拠点はアメリカで、バンドの存在はもはや国籍を超えグローバル化している。つまりアメリカの黒人社会のリーダー的な存在になった今のケンドリック・ラマーにとって、アメリカを俯瞰で語るためには、そういう巨大なバンドであるU2を召喚するくらいの仕掛けが必要だったということなのだと思う。

 一方、デーモン・アルバーンはロンドン育ちで根っからの英国気質。イギリスのEU離脱も含め自国に大きくリンクする問題であるとはいえ、アメリカという国を俯瞰で見る目を持っている。さらに言えばGORILLAZは架空のバンドだから、その表現は決してダイレクトなメッセージにならない。自分自身のドキュメントを物語にしていく中で強固な哲学を生み出していくケンドリック・ラマーの文学性に対して、GORILLAZの文学性は虚構の世界に現実社会を移し鏡のように投影させていくような手法だ。だからこそ、デ・ラ・ソウルやプッシャ・Tやメイヴィス・ステイプルズやヴィンス・ステイプルズを配役に選んだんだと思う。

 こうして二枚のアルバムを対照させると、今の時代を象徴する、とても大きな二つのフィロソフィーが浮かび上がってくるのである。(柴 那典)