F1スペインGPが行なわれたバルセロナの週末に、『君が代』が響きわたった。それも、二度にわたって――。F1直下のFIA F2選手権(GP2から改称)、そしてそれに次ぐGP3選手権に参戦する日本人ドライバーたちがそろって優勝したのだ。


F2で待望の今季初優勝を果たした松下信治「F1への階段」として、まさに同じ週末に同じ場所で併催されるF2とGP3には、F1昇格を目指す各チームやメーカー系列の育成ドライバーを含む若手が参戦し、激しいバトルでしのぎを削っている。2014年に全日本F3選手権を制し、ホンダの育成ドライバーとしてGP2に飛び込んだ松下信治(まつした・のぶはる/23歳)は、3年目のシーズンを迎えている。

「今年は違います、アグレッシブに行きます」

 昨年はF1への昇格とタイトル争いを意識しすぎたことで走りが硬くなり、気持ちで負けてしまっていた。自信を持ってコーナーに飛び込んでいけるかどうか、そのわずかな差が数メートルのブレーキングの早さや数km/hのスピード差につながり、バトルでも押し負けてしまった。

 松下自身もそれをはっきりと自覚し、認め、見つめ直すことで生まれ変わった。

 開幕ラウンドのバーレーンは、チームがうまくマシンセットアップを煮詰められなかったこと、ドライバーとして明確な方向性を指し示せなかったことで迷走してしまった。レース1の8位からリバースグリッドでポールポジションを手にしたレース2は、絶好のチャンスだったにもかかわらずブレーキトラブルでスタートすらできなかった。

 その失望からこの第2ラウンド(スペイン)に至るまでに、チームは大きな危機を乗り越えたという。

「あのレース(バーレーン)の後は、チームとしてもなかなかうまくコミュニケーションを取ることができなかったんです。僕も感覚がよくなかったし、チームもミスを犯したし、ちょっとしたことから間違った方向に進んで戻れなくなってしまったんです。でも、”ビッグミーティング”をやって『もう一回がんばろう』って仕切り直して……」

 予選では最後のアタックで2〜3番手のタイムが出せそうなところにいたが、目の前にいたマシンがスピンを喫して黄旗が出され、そのアタックは無効に。結果、10番グリッドというまさかの位置からレース1に臨むことになってしまった。

 昨年までの松下なら、これで尻すぼみのレース週末になっていたかもしれない。しかし、今年は違った。

「あんまり引きずらないようになりましたね。よくなかったこともフッと忘れられるというか、忘れはしないですけど、『まぁ、しょうがないか』っていうふうに考えられるようになりました。いい結果を出せば、そんなの払拭できますから」

 ミスや不運に引きずられるのではなく、結果で帳消しにすればいい。そのためには、躊躇などしている暇はない。

「躊躇していたらあっという間に終わっちゃいますから、1年が。だからアグレッシブに行こうっていうのはもう自分で決めていて、それが成功すればまた自信にもなるし、その積み重ねでどんどんいい流れができてくるんです。速いヤツってそういう力があると思いますからね」

 レースはまさにそのとおりの展開になった。スタートで順位を上げ、最初にソフトタイヤを履いて途中でハードに換えるという、周りとは逆の戦略で攻めのレースをやった。絶好のタイミングでセーフティカーが入ったことでピットストップのロスが小さくなったことも追い風になり、4位まで浮上してフィニッシュ。

「けっこう思い切った走りができたんで、そこは去年とは違うかなと思いますね。ターン1も1周目の争いもアグレッシブにできたし、それ以降もアグレッシブでいいレースができたと思います」

 清々しい表情でそう語った松下は、翌日のレース2では5番グリッドからのスタートで3位まで浮上すると、中盤に2位のグスタフ・マルジャ(スウェーデン)を抜き去り、3秒前を行く首位のニコラス・ラフィティ(カナダ)にプレッシャーをかけていった。そしてラフィティがブレーキングをミスしてコースオフしたことで、松下に優勝が転がり込んできた。

「彼が最後にミスをしてくれたんでラッキーでした。昨日の夜にかなりタイヤのデータを分析したのが効いて、僕のドライビングもセットアップも昨日よりよかった。今までは抜けないで終わるパターンが多かったけど、今年は違うぞっていうところを見せたいと思って、どんな状況でもポジションを上げていけるというのが見せられたと思うし、それは自信になりました」

 表彰台の中央で『君が代』を聴いた松下は、胸を張ってそう語った。

 実は松下にとって、バルセロナはもっとも苦手とするサーキット。「セクター3の低速のクネクネしたところとか、チマチマしたのが嫌いなんで!」と笑い、ここから続く得意なサーキットでの上積みを期している。

 これで11ラウンド中2ラウンドを終えてランキング5位に浮上し、3位とはわずか7点、2位とは16点差。フェラーリの育成ドライバーでありランキング首位のシャルル・ルクレール(モナコ)とは42点差がついてしまっているが、松下は勝負をあきらめてはいない。

「ここから続くモナコ、バクー、オーストリアと得意なところでパン、パン、パンと表彰台を獲っていきたいですね。レース1も2もこういうレースを続けていければ、ランキングでも追いついていけると思います」


参戦2年目でGP3初優勝を遂げ、大喜びする福住仁嶺 一方、GP3で2年目のシーズンを迎える福住仁嶺(ふくずみ・にれい/20歳)も、今年は見違えるような成長を遂げている。

 昨年の福住は、所属チームARTグランプリ(フランス)の4人のなかで下位にいることが少なくなかった。

「ひとつうまくいかないことがあると、どんどん弱気になってしまうクセがあるのはわかっているんですが、去年はそれをうまくコントロールすることができませんでした」

 マクラーレンのシミュレーターを使ったドライバー評価プログラムでは、もっとも高い評価を得たのは福住だったという。ただしアタック中にミスを犯すと、それをずっと引きずってしまうという精神的な弱さも指摘された。トップドライバーともなれば、たとえひとつのコーナーでミスを犯しても、次のコーナーではもう気持ちを切り替えて完璧な走りができるものだというが、福住の場合はミスを意識しすぎて立て直すことができないのだという。

 しかし冬の間にトレーニングを積み、マクラーレンやチームのシミュレーターで経験も重ね、パリやイギリスでの生活で1年前にはまったく話すことができなかった英語もずいぶんと上達し、エンジニアたちとのコミュニケーションも格段に進歩した。

 開幕前のテストでもトップタイムを記録し、バルセロナ初日のフリー走行でも首位。予選ではアタックミスを犯したにもかかわらず2番グリッドに踏みとどまる。そしてレース1ではスタートでトップに立ち、チームメイトを秒差のバトルで抑えて首位を走り続けた。途中、弱気の虫が顔をのぞかせた瞬間もあったというが、今年の福住がそれに負けることはなかった。

「実はスタート練習ではずっとよくなくて、フォーメーションラップに出て行くときのスタートも全然ダメで、ヤバいなと思って自分なりに意識していろいろとやってみたら、それがうまくいったんです。その後はタイヤマネージメントをしながら攻めるべきところは攻めていたんですけど、後ろが近づいてきて『ちょっと厳しいかなぁ』って思ったときもあったし、残り5周はどうなるかなってちょっと恐かった」

 追い抜きが難しいGP3マシンで、レース2は8番グリッドから6位まで上げてフィニッシュ。8ラウンド中1ラウンドを終えて、ランキング首位に立った。

「流れはテストのときからすごくよかったですし、プッシュしたらプッシュしたぶんだけタイムが出るという感じで、フィーリングはすごくよかった。全体的に落ち着いて走ることができたし、レースの流れの作り方というのがあると思うんですけど、そのへんが少しよくなってきたかなとも思いますし、今シーズンを通してこういうレースをしなきゃいけないと思っています」

 今年、コンセプトが変わってデグラデーション(性能低下)が大きくなったタイヤと、新たに導入されたDRS(※/レース1で6回、レース2で4回の使用が可能)の使い方という新たな要素にも福住はきちんと適応してみせた。

※DRS=Drag Reduction Systemの略。ドラッグ削減システム/ダウンフォース抑制システム。

 F2とは違い、たとえタイトルを獲得してもスーパーライセンス取得の要件は満たせないだけに、F1昇格のチャンスがないGP3残留には不満だった福住だが、「とにかく勝つこと、今の自分にできるのはそれしかない」と気持ちを入れ換えて臨んでいる。

 ホンダがザウバーへのパワーユニット供給を正式に決めたことで、日本人ドライバー起用の可能性に注目が集まっている。もちろん、松下がその筆頭候補であることは間違いない。ランキング3位以上に入ればスーパーライセンス取得の要件を満たし、ザウバーが合意すればF1デビューを果たすことになる。FIA F3ヨーロッパ選手権に参戦している牧野任祐(まきの・ただすけ/19歳)にもチャンスはあるが、こちらはランキング2位以上に入らなければならず、苦戦している。

 今年からFIA選手権となったF2では、表彰式だけでなく、その後のトップ3会見もF1とまったく同じ場所で行なわれるようになった。F1という世界は着実に近づいてきている。

 しかし、松下は周囲の雑音を跳ねのけ、自分のレースだけに集中している。

「(ホンダのカスタマー供給が決まっても)何も変わりません。僕は目の前のレースで勝つことしか考えていませんから」

 今現在、F1で『君が代』が流れる可能性はない。仮にマクラーレン・ホンダが勝とうとも、流れるのはドライバーの国歌と、マクラーレンを讃えるイギリス国歌だけだ。

 結果で速さを証明すれば、自然とF1への道は開ける。ヨーロッパで戦う彼らは今、そういう場所にいる。彼らのうちの誰かがF1へと昇格し、1日でも早く『君が代』を聴かせてくれる日が来てほしい。バルセロナでその旋律を聴きながら、そう思わずにはいられなかった。

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