母との思い出を語ってくれた森谷雄氏

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 映画監督でプロデューサーの森谷雄氏が「母への100の質問状」(SBクリエイティブ刊)を上梓し、大きな話題を呼んでいる。8年間にわたる実母との書簡劇という形式を通じ、これまで聞くことが出来ずにいたことを母に問いかけた森谷氏が、映画.comにその思いを語った。

 三浦貴大、松岡茉優ら若手実力派が結集した映画「サムライフ」で監督デビューを果たした森谷氏。テレビドラマの製作会社からキャリアをスタートさせたこともあり、ドラマ「沙粧妙子 -最後の事件-」「天体観測」「深夜食堂」「コドモ警察」「限界集落株式会社」、映画「Little DJ 小さな恋の物語」「ぼくたちと駐在さんの700日戦争」「しあわせのパン」「映画みんな!エスパーだよ!」など、プロデューサーとしてヒットに導いた作品は枚挙に暇がない。

 1966年2月24日、愛知県生まれの森谷氏だが、幼少期に離婚によって別れたため実父との思い出が記憶としてない。本書執筆の大きなきっかけを「自分の息子が産まれた時、どういう父親になったらいいのか分からなかったんです。父親の記憶がなかったから。父はどんな人で、母とはどうやって出会ったのか……。他にも聞きたいことはたくさんあって、ジグソーパズルをやっていて形は出来てきているんだけど、ピースがそろわず完成しない感じが常にあったんですよ」と明かす。そして「自分なりに完成させることで、1度区切れるような気がした。ただそれって、母が素直な人じゃなかったら絶対に完成しなかったと思うんです。僕なりに少し読みやすく整理はしていますが、母の文章がベースですし、書かれていることは全て事実ですから」と母へ感謝の気持ちをにじませる。

 森谷氏は、これまで胸に秘めてきた実に多くの質問を母に投げかけている。「ぼくが生まれる前、あなたはどんな青春を送っていましたか?」「ぼくが生まれたとき、どんな気持ちでしたか?」「あなたは、ぼくの父さんを愛していましたか?」「子どもがいたのに、あなたはなぜ離婚を選んだのですか?」「あの日、あなたは何と戦い、何から逃げていたのですか?」。

 本書を読み進めていくうちに、多くの人が自分の母親の人生を何も知らずに生きていることに気付かされる。森谷氏の母親の生き方は当時、非常に先進的なものであった。シングルマザーとしてたくましく生きるだけでなく、3度の離婚を経験するなど恋多き女性として人生を前向きに切り開いていく。

 懸命に生きていたからこそ、森谷氏の周囲には驚きを隠せないエピソードが用意され、本人すら予想だにしない局面で他人の温もりに触れることがあった。日本大学芸術学部映画学科在学中、学費が払えなくなった時のこと。同大学の学生課に勤務していた職員が立て替えてくれたことがあったという。「こんな人が世の中にいるんだと思いました。感謝の気持ちしかないし、この本を持って挨拶に行きたいくらい。あの人がいなかったらこの業界でもきちんと立っていられなかったかもしれませんね」。

 大学在学時に抱いていていた大志は、今も変わることはない。「自分はこんなにも母親に苦労をかけてなんとか卒業することができたのだから、絶対に映画の世界でちゃんとした仕事をするぞと思っていましたね。映画業界が斜陽の時代に差し掛かっていたこともあって、テレビドラマを作る製作会社に入りました。在学中も、社会人になってからも、結構いいところの子とかがいたんで『おまえらなんかに絶対に負けない!』と思っていましたよ」。

 そして、森谷氏が本書を刊行したのには家族賛歌とは別種の思いがある。「親子って切っても切れないわけじゃないですか。僕は、母親がなんとか頑張っている姿というのを垣間見ていました。あの当時、1960年代後半から70年代にかけての、母親の女としての生きざまってすごいなと思っていましたし、そこは絶対に描きたかった。現代の働く女性たちに読んでもらいたい、分かってもらいたいと感じているんです。僕と弟を育てるため、女性として立ち居振舞うこと、自分自身を曲げなきゃいけないことも多々あったはずなんです。この書簡のやり取りを繰り返すなかで、見えてきたことがたくさんあるんですよね」。