金田勝年法務大臣(写真:ロイター/アフロ)

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「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法改正案が強行採決された、衆院法務委員会を傍聴した。この段階でも、金田勝年法務大臣らの答弁が、現実とは乖離した世界にどっぷり浸かったままだったのに唖然とした。法案は、衆院本会議の採決を経て参議院での審議に入るが、こんな世界の机上の空論で、現実の捜査機関に強大な捜査権限を与える法律をつくってしまって、本当にいいのだろうか……。

 政府側の説明がいかに非現実的であるか、この日のやりとりから例を挙げる。

●いわゆる「一般の方々」問題

 金田法相は、これまでも「一般の方々」について、次のように繰り返してきた。

「組織的犯罪集団とかかわりのない一般の方々、すなわちなんらかの団体に属していない人はもとより、通常の団体に属して、通常の社会生活を送っている方々は、テロ等準備罪の嫌疑が生じることはなく、その捜査の対象ともならない」

「組織的犯罪集団」とのかかわりがあるかどうか、その言動が罪にあたるかどうか、調べてみなければわからないこともある。なんらかの通報や告訴・告発があれば、捜査当局は当然のことながら捜査を行い、容疑の有無を調べることになる。

 ところが、金田法相は告訴があっても、「一般の方々」は捜査対象にはならないと言い張っている。

「告発の内容を慎重に検討し、嫌疑がなければ捜査は行われない。一般の方々に嫌疑が生ずることはない」

 テロの計画が進行中だという告発があれば、たとえ「一般の方々」に見えても、捜査機関は告発内容の真偽を捜査によって確かめるのが当然だ。

 だが、採決が行われた19日の法務委員会では、金田法相はこうも言った。

「一般の方々は、嫌疑があるかどうかの調査の対象にもならない」

 聞いていて、思わず「ひぇ〜」と声が出た。捜査機関が、一人ひとりの内心を読み取る特別な能力を備えているとでもいうのだろうか。電話やメールなどの通信を密かに傍受でもしない限り、事情を聞いたり周辺の調査をしなければ判断のしようがない。

 ちなみに、警察庁は何度聞かれても、のらりくらりの答弁でかわし続け、最後まで「一般の方々」が調査や捜査の対象外とは言わなかった。当たり前だ。

●司法のチェックがあるから大丈夫?

 ある集団が「組織的犯罪集団」であるかどうか、ある人がその一員と見なせるかどうか、その人の行為が犯罪計画に基づいた準備行為であるかどうかなどは、まずは捜査機関が判断する。今回の法律が成立すれば、捜査機関は、人の内心を判断する強大な権限を持つことになり、その濫用も懸念されている。

 これに対し、法相は「捜査は一般に適正であるうえ、逮捕や捜索・差押えなどは令状が必要なので裁判所の審査機能が働く。(問題が生じた場合には)国家賠償制度などもあり、権限の濫用を防止できる」と言う。

 しかし、現実には捜査段階の「司法のチェック」はあてにならない。たとえば、最新の司法統計を見ると、令状却下率は、逮捕状で0.06%、捜索差押え等では0.04%しかない。

 なぜ、こんなに低いのか。それは、この時点での裁判官の判断材料は、捜査機関が提出する「疎明資料」しかないからだ。令状が欲しい捜査機関は、当然のことながら、嫌疑や強制捜査の必要があるという資料ばかりを提出する。捜査にとって都合の悪い情報、嫌疑をかけられた側の言い分は、裁判官には届かない。

 逮捕に至らなくても、捜索差し押えによってパソコンやスマートフォンなどを抑えられれば、交友関係などのプライバシーは丸裸にされる。

 冤罪がわかっても、捜査機関や裁判所は、まず非を認めない。冤罪被害者が国家賠償訴訟を起こしても、訴えが認められるのは非常に限定的だ。しかも、裁判のために時間も費用も手間もかかる。失われたプライバシーは戻ってこない。

●離脱はメンバーの承諾をとってから

 さらに驚かされたのは、犯行計画に加わったとされる者が、そこから離脱したと認められるための条件だ。

 法務省は「少なくとも、みずから実行準備行為を行うことを中止するだけではなくて、計画をしたほかの者に離脱の意思を伝えて了承を得て、計画に係る合意を解消することが必要」としている。さらにこの日の答弁では、林眞琴刑事局長は「個別の事案にもよるが、(メンバー)全員に伝えなければ離脱として認められないことが多いだろう」と述べた。

「組織的犯罪集団」、とりわけテロを起こすような団体で、「全員に離脱の意思を伝え」たら、殺されてしまうではないか。

 オウム真理教の場合、過去の事件を知っている信者が教団を離れようとして殺された例がある。逃げた後に、居所を突き止められて連れ戻された例もある。

 生物兵器によるテロを計画・準備していた信者の中には、教団から離脱した人が複数いるが、彼らは他のメンバーには言わず、こっそりと施設を抜け出した。しかも、「見つかったら殺されるか、連れ戻される」と恐れ、地下鉄サリン事件以降に警察が本格的な捜査に入るまでの間、教団に居所を見つけられないよう、人目を忍んで生活していた。

「他のメンバー全員に」「離脱の意思を伝え」「了承を得て」など、まったく非現実的で、こんな条件を課したら、むしろメンバーは離脱に消極的になるだけではないか。

●「丁寧な説明」から逃げた金田法相

 金田法相は、「国民のご支持を得ていくことは極めて重要なので、引き続き丁寧に説明していく」と述べていたが、現実から乖離した主張に固執し、しかも同じペーパーを何度も読んでいるだけでは、とても「丁寧に説明」したとはいえない。

 そもそも共謀罪は、国際犯罪防止条約(TOC条約)締結のために必要だという理由で過去3回にわたって提出され、廃案となった。TOC条約は、マフィアなど「金銭的利益その他の物質的利益」を得るために行う国際的な組織犯罪に対抗するためにできたものだ。

 それにもかかわらず政府は今回、かつて提案した「共謀罪」に若干の要件を加え、「テロ等準備罪」という名称にして、テロ対策を前面に打ち出した。私は、それは世論の賛同を得るための欺瞞だと思うが、もし政府が本当にこれがテロ対策に有効だと考えるのであれば、法務大臣は以下のことをなすべきだった。

 まず、いまだ犯罪が実行に移されていない段階で、捜査機関が捜査を開始するため、通常の事件に比べて捜査対象が広範にならざるを得ず、「組織的犯罪集団」のメンバーであるかどうかを確かめる段階では、一般人に捜査が及ぶこともありうると率直に認める。

 その上で、それでもこの法律が必要であること、この法律によってどのようにしてテロ等が未然に防げるのかを誠実に説明して、国民の理解を得る。

 それと共に、テロ組織や暴力団、詐欺集団とは関わりのない市民運動や労働組合活動などに適用されず、冤罪ないための対策について、議論を呼びかける。

 そうすれば、本当に277もの罪名に、「共謀罪」を設定する必要があるのかを含め、もっと現実的な議論ができたろう。

 ところが金田法相は、上記のような説明をすることから逃げ、虚構の世界に逃げ込んだ。だらだらと、役人に用意してもらった紙を繰り返し読むだけで時間を消費し、それで審議時間が30時間を超えたから採決するというのは、あまりに乱暴だ。

●現実に足をつけた議論を

 それでも、衆院法務委員会最後となった質疑で、民進党の枝野幸男氏と法務省の林刑事局長とのやりとりには、現実的な議論を展開する可能性を感じることができた。

 枝野氏は、「組織的威力業務妨害罪」が「共謀罪」の対象になっていることで、基地建設や近隣に予定されている高層マンション建設に反対するための市民運動や住民運動が摘発される可能性を指摘した。

 林局長は、そうした運動体では、「(メンバーの)結合の目的は基地やマンションの建設反対そのもの」として、「共謀罪」の対象にはならないとしたが、枝野氏は、さらにこう説いた。

 結合目的は、市民の側からすれば「基地建設反対」「マンション建設反対」であっても、逆の立場から見たらどうか。防衛省や建設業者などにとっては、基地やマンションの建設は「業務」そのもの。反対運動は「業務」に対する「妨害」にほかならない。

 実際、沖縄の米軍基地建設の反対運動をしていた人々が、工事の妨害をしたとして威力業務妨害容疑で逮捕されている。それを、組織的に計画していたと判断され、反対運動にかかわっていた人が広く「共謀罪」に問われる可能性は否定できないのではないか。

 逮捕されることはなくても、「そんなことになったら困るから、デモや座り込みはやめておこう」となり、市民運動を萎縮させる効果がある、と枝野氏は懸念する。

 一方、労働組合の団体交渉などの労働運動は、暴力の行使は別として、労働組合法によって、刑法上の「正当な行為」とされている。枝野氏は、「団体交渉は、外形的には威力業務妨害と区別がつきにくい場合がある。だから、わざわざ法律で、処罰の対象にならないと確認している。外形的に区別がつきにくいのは、マンションなどの建設反対運動の場合も同じ」と述べ、労働運動と違って、なんら権利が保護されないまま、市民らが処罰の対象になってしまう問題をクローズアップした。

 このような論議から、組織的威力業務妨害罪を「共謀罪」の対象とするメリットとデメリットを比較して、これを適用罪名のリストから外す、という修正もありではないか。

 このような議論をもっと積み重ねてから採決を行うのが、熟議の政治というものだろう。

 今後、法案は参議院法務委員会で審議されることになる。法相も、それを追及する野党も、現実に足をつけた議論をしてもらいたい。いったん法律ができてしまえば、それは現実の世界で使われるのだ。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)