今、あるプレゼン資料がネットで話題を呼んでいることをご存知でしょうか。日本の将来に危機感を抱いた経産省の若手職員らがまとめた資料で、非正規雇用、貧困問題、終末医療など、日本の暗部ともいうべき問題点が、図表などを用いてわかりやすく説明されています。これをさっそく読んだというアメリカ在住の作家・ジャーナリストの冷泉彰彦さんは、自身のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』で、その感想と大きな問題点を指摘しています。

経産省次官・若手プロジェクト、過大評価は禁物

先週ネットの世界で大変に話題になったスライドです。経産省の若手が「日本はこのままではダメだ」という危機感に基づいてプレゼンをしたということで、例えば見出しだけを見てもなかなか刺激的です。

まずタイトルは「不安な個人、立ちすくむ国家」、90年代の終わり、まだ日本に余力があった時代に日経新聞が毎年正月に「やたら中長期の悲観論をぶった」時代があり、なんとなくその残り香みたいな感じがしますが、確かに視線を引きつけるタイトルには違いありません。

内容については、「液状化する社会と不安な個人」という更にエモーショナルなタイトル、そして「定年後の居場所がない」「人生の終末はこれでいいのか」「母子家庭の貧困」「非正規、教育格差、貧困連鎖」「ネットの情報に踊らされる個人」「昭和の人生すごろくは終わった」などといった話題がチャートをつかって「いかにも構造的に」説明がされて行くのです。

一応面白く読みました。スライドとして分かりやすいのは評価します。全貌はここにあります。

● 不安な個人、立ちすくむ国家 〜モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか〜 平成29年5月 次官・若手プロジェクト | 産業構造審議会総会(第20回)‐配布資料 | 経済産業省 (注意:PDFファイルが開きます)

ですが、私にはどうにも納得できなかったのです。

一番目は、全体的に「これは経産省の描くべきビジョンではない』ということです。勿論、縦割り行政に私は賛成しませんが、全体を貫く内容はほとんどが再分配を調整せよという話であって、厚労省マターばかりが出てくるのです。

従って、経済産業を「前向き」に進めるための構造改革、産業構造転換という話は全く出てきません。「なんじゃこりゃ〜」という感じです。

奇妙なのは、一人あたりGDPが下降しているという事実をあえて避けていることです。また、なにをやるにも一定の成長が必要という話も避けているんですね。これでは、穏健な国家社会主義と言われても仕方ないわけで、経済的にもゼロサムでみんな貧乏にというかなりネガティブな感じがします。

先端的な頭脳労働がどんどん流出している中で、国内GDPが毀損されていく問題など、国際化の方向性や弊害の指摘などもありません。また、終身雇用、年功序列の崩し方に知恵を絞るべきなんですが、そうした産業と労働形態の話も出てきません。母子家庭の貧困の話をしながら、男女差別への問題提起も出てきません。

結局のところは、ベーシックインカムなどを使って、世代間格差などを「再分配の調整」で改善しようという話以上でも以下でもないのです。どういうわけか、「ネガティブな現実を直視している」として、人気化しているスライドなのですが、過大評価は禁物と思います。

image by: Shutterstock.com

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』

著者/冷泉彰彦(記事一覧/メルマガ)

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1〜第4火曜日配信。

出典元:まぐまぐニュース!