by Allan warren

1962年から続く映画「007」シリーズでは、これまでに主人公ジェームズ・ボンドを6人の「色男」俳優が演じています。そのうち、1973年に公開された「007 死ぬのは奴らだ」から1985年公開の「007 美しき獲物たち」まで7作品でボンドを演じた俳優のロジャー・ムーアさんが亡くなったことが分かりました。89歳でした。



Sir Roger Moore, James Bond actor, dies aged 89 - BBC News

http://www.bbc.com/news/entertainment-arts-40018422

007で人気 俳優のロジャー・ムーア氏亡くなる | NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170523/k10010992731000.html



ムーアさんは1927年10月14日、ロンドンのストックウェル生まれ。ロイヤル・アカデミー・オブ・ドラマティック・アート(RADA)に2年在学し、のちに「007」シリーズのマネーペニー役として共演するロイス・マクスウェルとは同級生だったとのこと。

俳優としては「ゼンダ城の虜」「ソドムとゴモラ」などで知られるスチュワート・グレンジャーに憧れを抱いていて、グレンジャーがアポロドルス役で出演した1945年公開の映画「シーザーとクレオパトラ」には当時17歳のムーアさんがエキストラとして出演したことで共演を果たしました。のちに、1978年公開の映画「ワイルド・ギース」でも共演していますが、同じシーンには登場していません。

1949年にテレビに初出演。1950年代初頭は「ニットウェアの広告」で知られる俳優でした。

1954年、映画製作会社MGMと7年契約を結び、「雨の朝巴里に死す」(1954)、「わが愛は終りなし」(1955)などに出演。「ダイアナ」(1956)ではのちのヘンリー2世役という3番手の大役を担当しましたが、映画は興行的に成功せず、MGMとの契約は1958年に終了。この年に主演ドラマ「アイバンホー」が始まっています。

1959年、今度はワーナー・ブラザース映画と長期契約を結び、映画「奇蹟」(1959)、ドラマ「The Alaskans」(1959-1960)、ドラマ「マーベリック」(1960-1961)などに出演。そして1962年に始まったドラマ「セイント 天国野郎」がイギリスのみならず海外でもヒットし、ムーアさんは国際的なスターとなります。

映画「007」シリーズの第1作「ドクター・ノオ」が公開されたのはちょうど「セイント 天国野郎」の始まった1962年。ジェームズ・ボンドを演じたのはショーン・コネリーでした。「007」原作者のイアン・フレミングはボンドに合ったキャストとしてムーアさんを推していたという話があり、1967年公開のシリーズ5作目「007は二度死ぬ」でコネリーが降板することになったあとのボンド役になる予定でしたが、「セイント 天国野郎」にはプロデューサーやディレクターとしても関与していて、スケジュールの問題が発生したため、2代目ボンドはジョージ・レーゼンビーが引き継ぎました。

しかし、レーゼンビーは1969年公開のシリーズ6作目「女王陛下の007」1作だけで降板。再びムーアさんに白羽の矢が立てられましたが、ドラマ「ダンディ2 華麗な冒険」でトニー・カーティスとともに主演することが決まっていたためボンドにはなれず、コネリーが復帰しました。

ところが、コネリーの復帰は1作限りで、8作目「007 死ぬのは奴らだ」からついにムーアさんが3代目ボンドを演じることになりました。これは前述のドラマ「ダンディ2 華麗な冒険」が打ち切りとなって体が空いていたおかげだとのこと。なお、「ダンディ2 華麗な冒険」はメインターゲットのイギリスとアメリカではあまり人気を得られませんでしたが、ドイツ・フランス・イタリアなどその他の国々では人気を博し、今でも定期的に再放送されているそうです。

ムーアさんがジェームズ・ボンドを演じたのは1985年公開の「007 美しき獲物たち」まで、合計7作品。これは歴代ボンドの中でも最多。このあと、ボンド役はティモシー・ダルトンが引き継ぎました。

ちなみに、ボンドとしては3代目ですが、ムーアさんはコネリーより3歳年上で、歴代ジェームズ・ボンドで最高齢でした。ムーアさんの吹替を担当したことで知られる広川太一郎さんは2008年3月3日に69歳で亡くなっています。