関西はカウンターに活路を見出し、川西健太選手が縦への突破を何度も図った。大会MVPを獲得したアウボラーダの新井誠治選手がこれに応対した。

写真拡大 (全7枚)

 アンプティサッカーは、日本では2010年に始まった障がい者スポーツで、全国に9チーム、95名が登録選手となっている。今大会には84名がエントリーし、チームの選手数や経験などを加味し、合同チームが2チーム(アシルスフィーダ北海道AFC+AFC BumbleBee千葉+FC ONETOP、TSA FC+ガネーシャ静岡AFC)結成され、6チームで争った。

 大会初日は予選6試合、二日目は準決勝、決勝、順位決定戦の5試合と2日間で11試合が行なわれた。アンプティサッカーの全国大会は春のレオピン杯と秋の日本選手権の年に2度行なわれている。直近の全国大会では、5回連続で FCアウボラーダとFC九州バイラオールが決勝戦を戦い、優勝を分け合ってきたが、今大会では、関西セッチエストレーラスが予選で九州に勝利。アンプティサッカーの2強時代に終止符を打つ兆しを見せた。

 いつもよりも1試合早い準決勝で対戦したアウボラーダと九州は、PK戦の末、アウボラーダが勝利。この試合は、PK戦の1枚を加え、3枚のイエローカードが出る激しい試合で、選手もヒートアップ。ジャッジへの不満も見受けられた時に、アンプティサッカーらしいなと思える一幕があった。

 九州の前島宗平選手が、ベンチから「笑ってやろう、笑ってやろう」と大きな声をかけたのだ。大会後その話をすると、「勝ちたい気持ちはみんな同じで、激しくなりますが、やっぱり楽しくサッカーをやったほうがいいじゃないですか。その瞬間はみんな笑って少しリラックスできると思いますし」と語った。
 今大会は、選手数も過去最高となっただけでなく、ボランティアスタッフも150名を数えるほどに。日本アンプティサッカー協会の副理事長で、日本代表監督も務める杉野正幸氏は、「日本障がい者サッカー連盟が発足し、日本サッカー協会(JFA)のネットワークを活用した情報発信ができるようになり、アンプティサッカーにも追い風が吹いています。選手が増えているだけでなく、大会運営に協力してくれるボランティアスタッフも多く集まってくれました。日本選手権とともに、レオピン杯を障がい者と健常者の混ざり合う、共生社会実現への一助となる大会にしていきたいと思っています」と語ったが、今回の大会には、障がい者もボランティアスタッフとして参加した。

 150名のボランティアスタッフの中に、デフサッカー男子日本代表監督の中山剛氏の姿があった。アンプティ選手との繋がりから、ボールボーイや荷物の運搬などの手伝いを、デフサッカー選手とともにしたというが、「普段サポートされていますが、選手たちにサポートする側を体験してほしかった」と狙いを語る。
 
 デフフットサル日本代表の船越弘幸選手は、「今回、ボランティアで大会を支える側に回って初めて、多くの方に支えられて大会が成り立っているんだな、と実感しました。運営や設営、ボールボーイなどのスタッフ、そして応援してくれるサポーターがいてくれて初めてプレーできるんですよね」と、普段当たり前にプレーしている環境について、感謝の気持ちを語っていた。

 アンプティサッカーの体験会では、「僕は、2年前に足首を脱臼骨折したことがあって、しばらく松葉杖で生活しました。その時は腕がすごくしびれて、なかなか杖をうまく使いこなせませんでした。でも、アンプティの選手たちは、20分ハーフを片足でプレーするって、ほんとにすごいな、と思います。サッカーは軸足があって、初めてボールが蹴られます。それがアンプティ選手はできないので、杖を軸足にしてプレーしています。デフサッカーでは、目で情報を得ますが、アンプティサッカーでは、クラッチを使いこなしてプレーしています。アンプティ選手をリスペクトするとともに、足に不自由なく生かされていることを感じました」と話した。