「やすらぎの郷」石坂浩二はコロス、八千草薫はデウス・エクス・マキナである

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帯ドラマ劇場「やすらぎの郷」(テレビ朝日 月〜金 ひる12時30分  再放送BS 朝日 朝7時40分〜)
第6週 36回 5月22日(月)放送より。 
脚本:倉本聰 演出:阿部雄一

噂の高齢者たちのドラマ「やすらぎの郷」が面白すぎて、今週、毎日レビューに挑戦してみる企画です。


なにしろ、主人公が誰かに向けて語りかけるモノローグがナレーションになっている構成は、朝ドラ「ひよっこ」(岡田惠和脚本)も使っていますが、この元祖は倉本聰先生。「前略おふくろ様」(75年〜77年)、「北の国から」(81年〜2002年)によって、倉本聰先生が完成させたといっても過言ではありません。

朝ドラといえば、倉本先生はかつて「6羽のかもめ」(フジテレビ 74〜75年)の13話で、登場人物に、朝ドラについて、こんなことを言わせています。
このドラマの最終回で、「やすらぎの郷」でもさんざん言っているテレビ批判をすでにやっていることは、たくさん記事になっていますが、それだけでなく、朝ドラについても具体的に語っていて、必見です。

「(前略)おふくろたちの世代って、どうしてこう変調的にNHK、NHKって言うんです、え?
朝から晩までオールNHKなんだ。NHKならなんでもいいんだ。
朝の小説なんか昼また見てる。朝見たんですよ。それをどうして4時間しかたたないのにまた見なくちゃならないんだ。
誤解しないでくださいよ。
わたしなにもNHKを批判してるわけじゃないんだから。
うちのおふくろを批判しているんだから。
こういうことはね、断っておかないと最近すぐ問題にされちゃんだ」

今なんて、BS で本放送の前にもさらに見ているわけで、倉本先生、忸怩たる思いでしょうか。
というわけで、40年以上経って、朝ドラから4時間後、違うドラマ「やすらぎの郷」をぶつけてきた倉本聰先生に敬意を表して、朝ドラレビューと並行して毎日レビューをやるしかないと思ったのです。
1話から35話までの内容は、北村ヂンさんの毎週レビューをご覧ください(最新週)
では、粛々とはじめます。

36話はこんな話


ギックリ腰を起こして動けなくなった秀さん(藤竜也)が消えたと、〈やすらぎの郷La Strada〉は大騒ぎ。
じつは、菊村(石坂浩二)のヴィラに隠れていたのだが、この問題を誰も傷つけずどう解決するか、事件の関係者たちは悩む。
そこで介護スタッフ夕子(松本ふみか)が大胆なアイデアを出して来た。

「あやしいなあ、誰もかも みんなあやしく見えてきた」(理事長/名高達郎)
6週のはじまりは、ミステリー仕立てだった。

大胆過ぎる メガネ作戦


秀さんは、弱った自分を、女たち(浅丘ルリ子、加賀まりこ、野際陽子)がこぞって介護したがることに耐えられず(二枚目スター俳優の見栄ですね)、菊村のヴィラに身を隠していた。
秀さんとしがらみのない、姫(八千草薫)と路子(五月みどり)が、介護スタッフ・夕子ちゃん(松本ふみか)にアイデアをもらって進めようとする作戦に、菊村や男性介護スタッフたちはきょとんとなる。

「みんなメガネとか時計とか探して、ないないって2、3日探してもなくって、諦めかけてたら、きゅうに、ある朝、目の前にあって、あれ、なんだって経験あるでしょ」と得意げに言う路子。

まあ、あるかなあっていう顔する一同だが、若い一馬(平野勇樹)だけは、ちょっとピンと来ない顔をしている。

だが、若いはずの夕子は自信満々に説明を続ける。

「いなくなっていた秀さんがある朝気づいたら、ベッドの中にいるんです。なんだいたじゃんってみんな思っちゃうです」

「ね」とニコニコ肯定する姫。
いぶかしげな表情の菊村。
姫「いたのにみんな見えなかったのね。それがある朝見えるのね」
菊村の微妙な顔。
姫、夕子「なんだ、いたじゃん」 ニッコニコの顔で。
菊村の微妙な顔。
そこで、中里(加藤久雅)が口を出す。

「あの、メガネと秀さんじゃ大きさがちがいますよ」

でも路子は譲らない。
「ばかね、原理は同じことよ」「神隠しってそういうものよ」「手品の手法ってみんなそうなのよ」
確かに真理な気もしないではない。
と、ここで気になったのは、「手品」。
「カルテット」と重ねてきたーー!!
1月期、盛りに盛り上がった坂元裕二脚本の「カルテット」の2話で、
「手品師がどうやって人を騙すかご存知?」「右手で興味をひきつけて、左手で騙す」と人を欺くテクニックをもたいまさこが手品を例に解説していた。
倉本聰先生は脚本集をすでに出版しているので、「カルテット」を意識したわけではないのかもしれない。
ただ、脚本家はみんな、手品のテクを意識しながら、観る人をあっと言わせる脚本を書いているのかも、となんとなく納得した次第。

「よし、わかったぞ」って・・・


おばあさんたちは、強引だ。
とにかく、眼鏡や時計のように、秀さんのことに気づかなかったことにしようとする。
中里(加藤久雅)と新藤(山下澄人)に、確認し、
部屋中くまなく見たというと、声をかけたのかと聞き、返事がなかったと言うと、
「あの方、無口よ」で押し通そうとする。

結果、
「よしわかったぞ」と、石坂浩二の「金田一耕助シリーズ」に出てくる警部(加藤武)の決めセリフを吐いて、物事を一件落着にもっていく姫。かわいすぎる。

そこで、私も「よしわかった!」
石坂浩二の菊村は、ちょっと金田一ぽいのだ。
石坂浩二は「犬神家の一族」(76年 市川崑監督)のパンフレットで、“金田一耕助をギリシャ悲劇におけるコロスである”と書いている。「中央で展開される破局へと突っ走る悲劇を、悩み悲しみながら最後まで見届けるコロス」と。
コロスとは、集団でギリシャ劇に必ず登場し、解説者や目撃者などの役割を果たす。とんでもない出来事が起こると、集団で神様に訴えたりする。確かに、菊村栄も、ひとりで、その群衆役(一般市民)を担っている節がある。だからこそ、テレビの愚痴や、社会の愚痴を吐露するのだろう。
そう確信するのは、倉本聰は、東大でギリシャ悲劇研究会(ギリ研)に所属しており、彼は、芝居の原点・ギリシャ悲劇を熟知しているであろうから。

「やすらぎの郷」は、芝居(ドラマ)の原点に帰って、人間の悲喜劇をみつめる壮大なドラマなのだ!
なあんて、大層なことをぶってみたが、結局、八千草薫がかわいすぎて、何があっても赦してしまいそう。
八千草薫は、デウス・エクス・マキナ(どんな面倒なことがあっても最後、すべてを収束させてしまうギリシャ劇の定番・機械仕掛けの神)だ。

こうして、「芝居の一幕目終わりました」(菊村)と、猫のようないびきをかいて寝ていた秀さんは、自分のヴィラに戻される。痛い痛いと叫ぶ口を抑えられて運ばれる姿は、おかしいけど、ちょっと悲しい。

高齢者扱い


理事長は65歳 みどり(草刈民代)は54、5歳・・・であると聞き、「高齢者」「ぼけのはじまるお年頃ですね」と断じられる。
草刈民代も高齢者でぼけのはじまるお年頃の役なの?と思うと、ちょっとショック・・・。
(木俣冬/「みんなの朝ドラ」発売中)