オタク文化輸出するTokyo Otaku Mode

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世界に向けて、日本のオタク情報の発信やグッズ販売をする注目企業がある。Facebookでの情報提供から始め、現在、世界から「いいね!」を1900万以上獲得。経産省管轄のクールジャパン機構が、真っ先に出資した会社「Tokyo Otaku Mode(トーキョーオタクモード)」の創業者・亀井智英氏に会いに行った。

■人の心を動かす仕事がしたい

【田原総一朗】生まれはどこですか。

【亀井智英】生まれは愛知県で、育ちは東京です。

【田原】高校を卒業して、家業の空調設備を手伝われたそうですね。大学に行く気はなかった?

【亀井】いずれ家業を継ぐ気で手伝っていました。大勢の従業員がいる会社ではなく、自分が入れば少しでも役に立つかなと思って、高校卒業後すぐ飛び込みました。

【田原】でもその後、大学に進学しますね。これはどうして?

【亀井】友達とたまに会うと、僕の知らない世界を楽しんでいました。そうした話を聞いているうちにうらやましくなりまして。でも、実際に行ってみたら学校自体は退屈でした。単に隣の芝が青く見えただけでした(笑)。

【田原】じゃあ大学にはあまり行かなかった?

【亀井】イベントスタッフのアルバイトに熱中していました。コンサートやライブの会場設営です。僕がやっていたのは電源の部署。電源はケーブルがあるから、会場に最初に入って最後に出ます。イベントの始まりから終わりまですべて見ることができたのは楽しかったし、拘束時間が長いので稼げたのもよかった。友達に話したら「紹介して」と言われて、みんなでバイトしていました。

【田原】何がそんなにおもしろかったんだろう。

【亀井】自分たちがゼロから携わらせてもらって、ステージにアーティストが来て演奏して、それを見て喜んだり感動して泣いたりしている人がいて。ああ、人の心を動かす仕事っておもしろいなと。このバイトを通じて、僕もできたら人の心を動かす仕事をしたいなと思うようになりました。

■広告業界で働く中で、SNSに出合った

【田原】卒業後は電通のグループ会社に入る。人の心を動かす仕事で、どうして広告代理店だったのですか。何か違う気がするけれど。

【亀井】広告の会社に行けばセールスプロモーションをやったり、それに関連してイベントもできると思ったんです。でも、おっしゃるとおりで、少し違いましたね。

【田原】具体的にはどのようなお仕事をされていたのですか。

【亀井】メディアレップをやっていました。インターネットにはさまざまなメディアがあります。それを精査して、優良な媒体だけを代理店に卸すポジションです。どのような広告スペースがユーザーに人気なのかよくわかっておもしろかったですよ。

【田原】それから出向で何度か職場が変わります。次はどんな仕事ですか。

【亀井】メディアレップから一つ上流にあるNTTアドという広告代理店に出向しました。僕は営業ではなく、メディアスタッフとしてメディアの買い付けをしたり、広告主のプロモーションアイデアを考えたりといった仕事をしていました。それから次が電通デジタルビジネス局。ここでFacebookの担当になりました。

■Facebookで日本のオタクコンテンツを発信

【田原】このときにFacebookで日本のオタクコンテンツを発信する「Tokyo Otaku Mode」を始めたんですよね。

【亀井】はい。ただ、Tokyo Otaku Modeは友達たちと何かやりたいねという話から始まりました。だから電通の仕事とは別です。

【田原】友達というのは?

【亀井】そもそもの話をすると、iモードが世に出てきて、iモードのコンテンツビジネスをする人が増えてきた。そこで、モバイルに興味のある人たちが集まって勉強会をやっていました。そのメンバーの一部とはモバイル以外のことでも情報交換を続けていて、何人かはTokyo Otaku Modeの創業メンバーになっています。

【田原】どうしてTokyo Otaku Modeをやることになったのですか?

【亀井】電通にいたころ、人材ビジネスもしくは転職ビジネスをやっているビズリーチに話を聞きに行きました。すると、社長の南壮一郎さんから「亀井君ならいつでも転職できる。その前にうちの新規事業を手伝ってくれないか」と誘われまして。いずれ起業したいと考えていた僕にとって、事業をゼロからつくる経験は魅力的。引き受けて、南さんが集めた仲間と一緒にゼロをイチにするところまでやりました。イチになったら、その事業にフルコミットできる人たちが新しく入ってきて、僕たちは卒業することになりました。でも、イチの続きを見てみたい気持ちもあったし、ゼロからイチにするのが楽しかったのでもう一度やりたかった。それで今度は自分たちでという話になり、Tokyo Otaku Modeにつながっていきます。

【田原】オタク情報に目をつけたのが先ですか。それともFacebookが先?

【亀井】Facebookです。当時すでに世界に5億人のユーザーがいました。何をやるにしろ、ターゲットは日本よりそこだなと。

■日本発+更新感がある=オタク情報

【田原】それで、どうしてオタク情報?

【亀井】まず僕たちが日本にいるアドバンテージを生かしたほうがいいと考えました。最初は日本発のコンテンツとして、伝統芸能や旅行、食を考えていたんです。でも、伝統芸能は普遍的で、新しい情報が出てきにくい。情報の更新が少ないとユーザーは見てくれないので、やはり難しい。そこで目をつけたのが、日本のマンガやアニメ、ゲームでした。マンガやアニメは毎週出てくるし、ゲームも月に何本か出る。情報の更新性が高いので、これだと。

【田原】日本のオタクコンテンツは海外で人気が高いと聞きます。

【亀井】そう聞いていましたが、本当に人気があるのかどうかはよくわからない。それで取りあえず実験的にやり始めました。Facebookだからお金もかからないし、週末起業みたいな軽いノリでした。

【田原】お金がかからないって、コンテンツ自体は亀井さんが仕入れなくちゃいけないんでしょう?

【亀井】いや、僕たちはマンガやアニメを直接海外に流すのではなく、例えばマンガがいつ発売になるよとか、今度こういうアニメが始まるよ、いまこんなグッズが人気だよといった情報を発信するのです。

【田原】なるほど。コンテンツそのものじゃなくてニュースですね。発信は英語で?

【亀井】そうです。最初は自分で英訳してました。めちゃくちゃな英語だったので、知人に手直ししてもらいながら。

■反応が一番いいのは「コスプレ」

【田原】海外の人はどういう情報に興味を持ちますか。

【亀井】反応が一番よかったのはコスプレでした。僕は高校生くらいまでアニメを観ていましたが、大学生になっていったん卒業しました。しばらく離れていたので、Tokyo Otaku Modeをやるにあたり、いま何が流行っているのかを知ろうと、秋葉原やイベントに行ってみました。そのとき撮った写真をリアルタイムで投稿したら、コスプレの写真が一番盛り上がった。

【田原】コスプレの情報を発信しても商売にならないですよね?

【亀井】はい。まずはマネタイズのことは考えず、見てくれる人たちに喜んでもらえたらいいかなと。規模が大きくなれば、そのうち収益化できるだろうと、のんびり考えていました。

■アメリカで会社にするよう勧められた

【田原】サークルのノリから起業へと変わったきっかけは何ですか。

【亀井】サラリーマンのとき、個人的な趣味で海外企業の視察をしていました。サンフランシスコに行ったとき、知人から紹介してもらったのが元グーグルのリチャード・チェン。Tokyo Otaku Modeの話をすると、彼は「500 Startups」というアクセラレーターを紹介するから、そこに行けという。翌日、紹介されたとおりに500 Startupsのオフィスに行ってみると、会う人みんなから「会社にしたほうがいい」と言われて、そうなのかなと。

【田原】ちょっと待って。アクセラレーターって何ですか。

【亀井】塾みたいなものですね。起業家の背中を押して、会社をつくって、その会社が産んだ卵を孵化するところまで手伝ってくれます。アメリカだと、Yコンビネータやテックスターズ、そして500 Startupsといったところが有名です。

【田原】紹介してもらって、すぐ塾に入れてもらえるんですか。

【亀井】初めて行ったときは創業者のデーブ・マクルーアが不在でした。翌日、話を聞いたデーブが会いたいと言ってくれたようですが、僕らは帰国しなくてはならなかった。そのことを伝えたら、翌週に日本に行く予定があるから日本で会おうという話に。渋谷のバーで会って、立ち話でTokyo Otaku Modeのことを説明したら、「うちのプログラムに応募しなよ」と誘われました。

【田原】そのプログラムが塾なんですね。どんなことをするのですか。

【亀井】参加できるのは、選別された約30社。1社につき、だいたい3〜4人で参加します。僕たちは、僕とエンジニア、デザイナー、プロダクトをやる人、通訳の5人でした。具体的には、メンターのアドバイスをもらいながらプロダクトを磨いていきます。最終目標は資金調達。3カ月後にデモデーがあって、投資家の前でプレゼンをします。僕たちは5万ドルを調達できました。

【田原】勉強になりましたか?

【亀井】メンターはグーグルやアップルに勤めている人たちなので、とても参考になりました。それと、すでに成功している起業家が来て話してくれるのもよかった。うまくいった話だけじゃなくて、創業メンバーとケンカした話とか、奥さんとどうやってうまくやるかといった突っ込んだ話もしてくれるんです。日本でいえばサイバーエージェントの藤田晋社長のようなポジションの方がぶっちゃけてくれるので、それだけでも価値があるなと。

■メディア事業からEコマースへ

【田原】資金調達をして、2012年4月に起業しますね。場所はデラウェア州。どうしてシリコンバレーのあるカリフォルニア州じゃないんですか。

【亀井】税制面の問題です。アメリカのスタートアップはシリコンバレーで起業しますが、登記はデラウェアというところが多いんです。よく知らなかったのですが、500 Startupsの人たちにそう聞いて、僕たちもデラウェアで登記しました。

【田原】さて、起業したらマネタイズを考えなきゃなりません。何から始めたのですか。

【亀井】最初はメディア事業です。Tokyo Otaku Modeの中にバナー広告を貼ったり、日本に興味がある人たちに向けてビジネスをやりたい企業とタイアップ広告をつくったり。でも、これだと売り上げは数億円程度。もう少し大きく成長するビジネスをしたいと思って、Eコマースを始めました。要はグッズ販売です。

【田原】Facebook上で売れるんですか?

【亀井】いや、自社のサイトです。当時、FacebookでTokyo Otaku Mode にLike(いいね!)してくれた人が約300万人いたので、そこから集客しました。

【田原】最初はどういうものを売ったのですか。

【亀井】何が売れるのかよくわからなかったので、Facebookでユーザーに聞いたり、自分たちで買ってきたものを出して反応を見てみたり。イラスト画集はよく売れましたね。面白いものだと、アニメの絵柄が印刷された缶詰の中にパンが入っているだけのパン缶という商品を売ってみたりもしました。

【田原】ほかには?

【亀井】がーんと売れた商品が2つあります。1つは、寿司ソックス。履くと普通の靴下ですが、畳んで丸めるとお寿司の形になるんです。おもしろいので桶の中に並べて写真や動画を撮ってFacebookに投稿したら、大きな反響がありまして。パーティーのプレゼント用だと思いますが、1人で200〜300個注文してきた人もいたし、海外の料理番組で紹介されたりもしました。累計で数万個は売れてます。

■ぬいぐるみのタグを取らない理由

【田原】もう1つは?

【亀井】アルパカッソというアルパカのぬいぐるみ。あるとき海外のユーザーから「アルパカッソは売ってないのか」と問い合わせがありました。といっても、僕はアルパカッソなんて聞いたことがない。調べてみたら、どうやらゲーセンにあるUFOキャッチャーの景品になっているぬいぐるみらしい。それを使った動画がYouTubeに投稿されていて、海外で人気になっていたのです。目ざとい人がその人気を知って偽物を販売していたのですが、ユーザーは「本物が欲しい。Tokyo Otaku Modeなら本物があるはずだ」と連絡してきたというわけです。

【田原】なるほど。海賊版が出回っていたんですね。

【亀井】海外の人たちは本物にこだわります。例えば人形を買っても、タグをつけっぱなしにしている人が多い。タグを取らないのは、面倒だからではなく、本物だという証し。中にはタグをシールでガチガチに固めて取れないようにしている人もいる。一種の血統書みたいなものになっています。

【田原】そのぬいぐるみはどれくらい売れたのですか。

【亀井】1万体以上です。後日、アメリカのアニメ系のイベントに行ったら、アルパカッソを大事に抱えながら歩いている女の子がいました。本当は白いんですけど、たぶん普段から連れ回されているのか、茶色になってた。日本ではわからなかったのですが、本当に人気があるんだと知って驚きました。

【田原】海外の人たちは、亀井さん以外のところから本物を買うことはできないのですか。例えばアマゾンとか。

【亀井】アルパカッソに限らず、Tokyo Otaku Modeで販売しているものはたいてい他のECサイトでも売られています。ただ、メーカーの許可を取っていないケースがほとんどではないでしょうか。僕たちはメーカーに確認をしたうえで販売しています。確認の作業はけっこう大変ですが、権利者を守ることについてはこだわってやっています。

【田原】偽物を売るのではないから、許可を取らなくても問題ないのでは?

【亀井】僕たちが何かのキャラを使ったオリジナル商品を企画するケースもあります。普段からきちんと許可を取ってやっていると、そのとき権利を貸してくださいと言いやすいんです。勝手にやっていると、「きみたちは普段無視してるじゃないか」と言われてしまいますから。

【田原】なるほど。オリジナルの商品も多いのですか。

【亀井】取り扱っているのは約3万種類あって、オリジナルは一部です。オリジナルはリスクが高いので積極的にできないところがある。いまは受注してから製作を発注するモデルや、クラウドファンディング型で注文が集まったら商品化するというモデルが中心です。

■『ドラえもん』の土管や『ちびまる子ちゃん』のコタツは通じない

【田原】国でいうと、どこが主な市場になるのですか。

【亀井】アメリカが約7割です。あとはGDP(国内総生産)の大きな国が並んでいます。具体的にはドイツやシンガポール、オーストラリア、カナダ、メキシコあたりでしょうか。

【田原】中国は? GDPは大きいですよ。

【亀井】中国も大きいですし伸びてきています。ただ、Facebookが使えないので、アリババグループのTmall Global(天猫国際)に出店しています。売り上げは今後、さらに大きくなると期待しています。

【田原】海外市場の開拓はどのあたりが大変ですか。日本で人気のあるコンテンツやグッズを持っていけば売れるというものでもないのかな。

【亀井】おっしゃるとおりです。例えば『ワンパンマン』というマンガがあります。日本でアニメ化されましたが、深夜枠ということもあり、マニアックな人気にとどまっていました。ところが、このアニメはアメリカで人気が高く、グッズも飛ぶように売れています。主人公はワンパンチで敵を倒すという設定で、ストーリーは勧善懲悪。見た目はスキンヘッドで、キャラも立っている。アメリカでは、わかりやすいもののほうがウケます。さっそくスキンヘッドにしてワンパンマンのコスプレをしている人もいました。

【田原】日本のアニメは複雑すぎる?

【亀井】複雑というか、日本の文化が入りすぎている作品は難しいかもしれません。例えば海外の人は、『ドラえもん』に出てくる空地の土管がよくわからないし、『ちびまる子ちゃん』のコタツもわからない。日本の文化を紹介するという意味ではいいのですが、万人ウケはしません。逆に、マリオとかゼルダの冒険とか、日本発でもファンタジーもののほうが支持されやすいです。

【田原】日本向けにはやらない?

【亀井】いまは考えていないです。日本はすでに市場が大きくて、僕たちが頑張らなくてもいい。メーカーやコンテンツホルダーの人たちからも、海外の市場を開拓してほしいと期待されています。実際、収益源はほぼ100%海外。日本のベンチャーでは珍しく、為替の影響をもろに受けるビジネスモデルです。

【田原】オフィスもアメリカだけ?

【亀井】いや、渋谷に支社があり、ほかに倉庫もあります。日本のコンテンツやグッズを扱っているので、こちらにも拠点は必要です。従業員は、パートナーの人たちを含めて約90人です。

【田原】亀井さんはいまどちらにお住まいなのですか。

【亀井】テキサス州オースティンです。オースティンを選んだのは、日本人がものすごく少ないから。実は投資家ビザがやっと取れたところなので、長期間滞在するのは今回が初めて。いま一時的に帰国しましたが、次は6月まで行きっぱなしの予定です。

【田原】いまTokyo Otaku Modeのユーザーは何人くらいですか。

【亀井】Facebookの会員数は約1950万人です。

【田原】売り上げはどれくらいですか。

【亀井】非公開です。将来は100億円くらいにしないとダメだとは思っています。

【田原】Eコマースだけで100億円行きますか?

【亀井】まだボヤッとしていますが、Tokyo Otaku Modeをブランドにする必要があると考えています。単純なEコマースだけだと、アイテム数や価格の競争になるので、いまはよくてもいつかジリ貧になりかねない。Tokyo Otaku Modeがブランドになれば、ここでしか買いたくないというロイヤリティも生まれるし、ほかのビジネスが展開できるかもしれません。例えばですが、Tokyo Otaku Modeのラーメン屋さんを海外で展開してもいいわけですから。形にはこだわらず、コンテンツを中心に日本のいいところを知ってもらう。それで100億円を目指せたらいいなと考えています。

【田原】わかりました。頑張ってください。

■亀井さんから田原さんへの質問

Q. 日本のマンガやアニメをどう思いますか?

マンガはよく読みましたよ。子どものころなら『のらくろ』や『冒険ダン吉』。大人になってからも手塚治虫作品で感動したり、高森朝雄・原作、ちばてつや・画の『あしたのジョー』にも興奮しましたね。

読んだのは純粋な娯楽作品だけではありません。社会的問題を扱った小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』もおもしろかったね。小林さんには「朝まで生テレビ!」に出てもらったり、一緒に本を出したりしています。

最近はあまり読まなくなったけど、日本のマンガは子どもから大人まで楽しめて、いろいろなテーマを扱える懐の深さがある。そういう意味で、表現の一ジャンルとして確立しています。海外の人たちが日本のオタク文化に興味を持つのはよくわかる。おもしろいものは万国共通ですね。

田原総一朗の遺言:万国共通のコンテンツを探れ!

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編集部より:
次回「田原総一朗・次代への遺言」は、MJI 代表 永守知博氏のインタビューを掲載します。一足先に読みたい方は、5月22日発売の『PRESIDENT6.12号』をごらんください。PRESIDENTは全国の書店、コンビニなどで購入できます。
 

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(Tokyo Otaku Mode 会長 亀井 智英、ジャーナリスト 田原 総一朗 村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影)