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1.  資本市場の過熱を呼ぶのは、他のブームや過剰である

  資本市場は「お祭り」状態である。米国株式市場は先週、いったんはいわゆる「ロシアゲート」が嫌気されて大幅下落となったが、すぐさま切り返し、米ダウ平均株価は20,800ドルの高値で週の取引を終えた。S&P500指数のCAPE(景気循環調整済み株価収益率)は30倍に近く、『恐怖指数』と呼ばれるVIXも依然として24年来の低水準からさして遠くない。上値余地が限られ、期待リターンが極限近くまで小さくなり、同時に、国内政治や通商・外交政策、地政学、拡大終盤の景気循環や信用サイクルといった不確実性の高まりがあるにもかかわらず、投資家は以前よりもリスクテイクの勢いを強めており、「チキンレース」の様相である。むしろ、投資のポジション1単位から得られる期待リターンが小さくなっているからこそ、絶対的な期待リターンを引き上げるためにレバレッジを掛ける(資金借り入れによって、投資ポジションを増やす)可能性も考えられる。

 この向う見ずの過剰なリスクテイク、言い換えれば、資本市場の「ブーム」の背景は何だろうか。その主要な背景は、中央銀行が提供する過剰流動性と低金利政策だろう。

 ただ、筆者は別の背景も今後のさらなる過剰なリスクテイクにつながる恐れがあると考えている。それを探すのは常に簡単である。他のブームを探せばよい。それは、インデックスファンドやETF(上場投資信託)などのパッシブ運用である。

 ETFが世界的なブームになる一方、ミューチュアルファンド(いわゆる投資信託)は退潮である。米国投資信託協会(ICI)の公表データに基づけば、2015年1月から2017年3月までの27カ月間において、ETFは累積で6488億ドルの資金純流入、ミューチュアルファンドは累積で2747億ドルの資金純流出である。今年1〜3月こそ、両者そろって純流入だが、昨年までは、ミューチュアルファンドは純流出、ETFは純流入になる月が多く、ミューチュアルファンドからETFへの「入れ替え」が進んでいる。

 この入れ替えの背景には、特に最近の資本市場において、「多くのアクティブファンドやヘッジファンドが、市場(ベンチマーク指数)やインデックスファンドに勝つことができてない」というデータや、そうした情報伝達があるだろう。「誰もが他者に継続的に勝つことはできない」という効率的市場仮説に基づく実証研究は、シカゴ大学のユージン・ファーマ教授によるレビュー論文(Fama[1970])を中核として、長期の学術的蓄積がある。

 アクティブファンドやヘッジファンドの課題は当然ながらパフォーマンスである。アクティブの運用者は、市場やインデックスファンドを上回る成績を継続的に残し、投資家に付加価値を提供することで、自らの存在意義を示す必要がある。ただし、アクティブファンドやヘッジファンドに対して、ETFやインデックスファンドなどのパッシブ運用の側から、不要な圧力が生じているのではないかというのが本稿のポイントの1つである。

2.  パッシブ運用は、資本市場のフリーライダー

 注意をしたいのは次の点である。すなわち、「(多くの)アクティブファンドはインデックスファンドに継続的に勝てない」ということを証明することによって、ETFやインデックスファンドなどのパッシブ運用の有用性を説くことは、「資本市場が存在することができない。したがって、ETFやインデックスファンドも存在しえない」ことを必死に証明しようとしているのと同じである。この点をもう少し考えてみよう。

 まず、(ベンチマーク指数の複製を目指す)インデックスファンドのパフォーマンスを考えると、運用報酬や取引費用が存在する分だけ、パフォーマンスはベンチマーク指数と同じにはならず、ベンチマークに比べて(小幅な)マイナスになることが期待される。すなわち、インデックスファンドの期待「超過」収益率は小幅なマイナスである。

「インデックスファンドの期待超過収益率が小幅なマイナスである」という定義と、「(多くの)アクティブファンドがインデックスファンドに勝てない」という主張とを合わせると、「アクティブファンドの期待超過収益率は、インデックスファンドの期待超過収益率に比べて、相対的には大きなマイナスである」との主張と言い換えられる。

 つまり、「どちらも市場(ベンチマーク指数)には『負ける』が、アクティブファンドのほうが、インデックスファンドに比べて、より大きく負ける」という主張である。

 この主張が真だと仮定して議論を進めると、インデックスファンドとアクティブファンドの期待超過収益率の差は、何に相当するだろうか。それは、企業経営者との対話を含むエンゲージメントや、資本市場を成立させるためのコストに相当する。

 表面上の両者の差は、アクティブファンドの運用者に対する「報酬」と「販売経費」と「取引コスト」に相当する(より正確には、インデックス運用者のそれらとの差である)。ここで、販売経費については、投資家に対して、アクティブファンドを説明するためには、インデックスファンドよりも「骨が折れる」と仮定している。

 一方、前者のアクティブファンドの運用者に対する「報酬」とは何だろうか。彼らが1日中どんな仕事をしているかを考えれば分かるが、それは、マクロ経済や各産業、個別銘柄のファンダメンタルズや需給に関するリサーチ活動、その結果、可能となる企業経営者との対話を含むエンゲージメントなどへの対価である。

 先の主張に従えば、こうしたリサーチ活動(の多く)は付加価値を生み出していないということになるが、リサーチ活動やエンゲージメント活動の後にこそ可能になるアクティブファンドの銘柄選択のみが、取引コストを伴いつつ、個別銘柄の売りと買いを通じて資本市場を形作っている(日本で言えば、個人投資家による売買も含まれる)。言い換えれば、資本市場にインデックスファンドやETFのみが存在することは不可能である。

 ある日突然に、アクティブファンドがすべて姿を消す状況を想像してみよう。この場合、その前日の個別株式の終値や、それらとの裁定関係から決定された個別のインデックスファンドやETFの前日終値に基づいて、インデックスファンドやETFの取引や新規設定、解約を再開できるかもしれない。しかし、個別株式の前日終値を形成したのも、(日本で言えば、個人投資家を含む)アクティブの運用者による売りと買いにほかならない。インデックスファンドの存在は、アクティブファンドの存在に依拠している。

 以上をまとめれば、「アクティブファンドがインデックスファンドに勝てない」という主張が真であると仮定すれば、アクティブファンドの期待超過収益率と、インデックスファンドの期待超過収益率との差は、資本市場という不可欠な制度を成立させたり、企業努力を促したりするためのコストと考えられる。

 誤解を恐れずに大胆に主張すれば、インデックスファンドやETFは、資本市場に(経済学の用語で言うところの)「ただ乗り」をしている。インデックスファンドやETFは、資本市場のフリーライダーである(*)。

(*)日本のETF市場では、日銀の存在が大きいが、日銀も(外部委託を通じてでも)アクティブ運用をすべきとの主張については、週刊東洋経済(2016年10月1日号)株式観測「日銀のアクティブ運用が停滞打破の起爆剤に」(筆者寄稿)を参照されたい。

3.  アクティブとパッシブ運用は共存を唱えるべき

 例えば、「アクティブファンドよりも、インデックスファンドやETFがお薦め」という主張は、部分最適であり、合成の誤謬が生じている。すなわち、誰もがインデックスファンドやETFのみに投資を行えば、資本市場は成立しない。それは、誰もが貯蓄に勤しめば、景気が低迷するという日本のデフレと同じ状況である。

 こう言うと、「資本市場に、インデックスファンドやETFしか存在しない状況を想定するのは極端である」「アクティブファンドが一部存在すれば、資本市場は成立する」との反論があるかもしれないが、それは独りよがりである。なぜなら、それは、先の主張に従えば、「インデックスファンドに比べて儲からないアクティブファンドは他人に買わせ、彼らに低い期待収益率を負わせることで資本市場を成立させておいて、自分たちはインデックスファンドやETFを買う」という行動や考え方にほかならないためである。「(機関投資家ではなく)個人の投資家にはインデックスファンドやETFがお薦め」とするのも、機関投資家にも(個人を含む)最終受益者が存在することを無視している。

 インデックスファンドやETFなどのパッシブ運用者は、(1)自らが存在するために、他者であるアクティブファンドが存在することの重要性を説かなければならないし、同時に、インデックスファンドやETFは、(2)資本市場という制度を成立するためのコストについて、応分の負担をしなければならない。つまり、インデックスファンドやETFが資本市場を維持する費用を応分負担し、なおかつ、「アクティブファンドがインデックスファンドに勝てない」という主張が正しいならば、アクティブファンドとインデックスファンドのフィー控除後の期待超過収益率は等しくなる必要がある。

 しかし、それでもやはり、「だったら、なぜアクティブファンドを買うのか」という疑問に戻ってしまうし、「独りよがり」を排除すれば、やはり資本市場は存在しなくなってしまう。だからこそ、アクティブファンドとインデックスファンドについては、議論そのものが難しく、議論される場合には注意深くなされる必要があるだろう。アクティブファンドとインデックスファンドは、どちらかに肩入れしすぎることなく、共存を目指すのが望ましいだろう。

 個々のアクティブファンドの運用者は、超過収益の獲得を目指すと同時に、(コストを抑制するパッシブ運用者には矛盾する)経営者との対話を含むエンゲージメントを含めて、自らの社会的な存在意義を主張することも忘れてはならない。

4.  ETFが招く資本市場の危機

 パッシブ運用が隆盛を極める裏側で、アクティブファンドやヘッジファンドなどの、プロの運用者は、解約の増加と運用報酬の引き下げ圧力を退け、資本市場に生き残るために、市場を上回る成績を残し、自らの存在意義を再び証明する必要に迫られている。

 本来であれば、上記のとおり、その一部は不要な「戦い」であるはずだが、それでも、そうしたパフォーマンスの向上や手数料の引き下げに対する圧力が今後さらに強まるならば、一部のヘッジファンドなどの投機筋が生き残りをかけ、さらに過剰なリスクテイクに打って出る可能性がある。

 筆者の仮説は、インデックスファンドやETFなどのパッシブ運用の隆盛が、アクティブファンドやヘッジファンドなどのプロの運用者に対して(上記のとおり、本来であれば不要な)圧力をかけ、彼らの一部を過剰なリスクテイクに追い込む恐れがあるのでは、というものだ。

 チキンレースはどこかで悲劇に変わる。次なる資本市場の危機と景気後退に貢献するのは、過剰な流動性だけでなく、ETFやインデックスファンドなどのパッシブ運用の隆盛かもしれない。ただし、今回、遠くない将来に大幅な調整が生じるとしても、糾弾されるのはパッシブ運用ではないだろう。結局、批判を浴びるのはリスクを取った投機筋や、「利上げが遅すぎた」「利上げが早すぎた」と事後評論されるFRBのみであろう。

筆者:重見 吉徳