写真:新華社/アフロ

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中国世論は
“一帯一路”一色に染まった

 今年1月、習近平国家主席(以下敬称略)は初めて出席した世界経済フォーラムで臨んだ基調講演で、中国が5月に「一帯一路国際協力ハイレベルフォーラム」を北京で主催することを宣言した。往年とは異なり(筆者注:2014年は王毅外相、2015年は李克強首相、2016年は李源潮国家副主席が中国政府を代表して出席)、国家の最高指導者である習近平自らがスイスのダボスまで乗り込み、各国の政府・市場・世論関係者らに経済グローバリゼーションの推進や貿易保護主義台頭への懸念を直接訴えた背景には、数日後に誕生する米国のドナルド・トランプ政権への警戒心がにじみ出ていた。

 あれから約4ヵ月が経ち、5月14〜15日、北京で同フォーラムが開催された。この前後、中国世論は全国的に“一帯一路”一色に染まっていた。テレビ、新聞、ウェブ、そして広範なソーシャルメディアにおいても、 “一帯一路”が中国だけでなく、世界にとっていかに重要で、同フォーラムが中国と世界にいかに大きなチャンスをもたらすかを「これでもか、これでもか」というほどに宣伝していた。「“一帯一路”は中国発だが、世界に属している」(習近平、同フォーラム円卓会議開幕式挨拶、5月15日)。

 それらは私個人の仕事や生活にも影響を与えずにはおかなかった。最も直接的だったのは、日頃書いている中国の某メディアへのコラムが5月8〜20日あたりで2本掲載されるはずだったのが、編集部はこの時期“一帯一路”で紙面や画面を埋め尽くし、かつ一切のクリティカルな問題提起をするような文章の掲載を慎む政治的任務に負われていた。結局、この期間私の原稿は掲載されなかった。

 また、私は5月16日正午に瀋陽から高速鉄道に乗って北京へ向かった。同フォーラム自体は閉幕していたが、まだいくつかの関連行事が残っているということで北京、および北京へ向かう出発地では厳重なセキュリティーチェックが行われていた。瀋陽北駅では、北京行きの乗り場においてのみ二重のチェックが課された。そこで、私はスーツケースを開けるよう命じられ、中身を入念にチェックされたため時間を要した。あやうく電車に乗り遅れるほどであった。

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