世界で初めて商業的に成功した旅客機として知られるプロペラ機の傑作、ダグラス(現ボーイング)DC-3。現在、ブライトリングのDC-3が世界一周ツアーの一環として、日本の空を飛んでいます。今回このDC-3に、メディアとして搭乗する機会を得ましたので、その様子をお届けします。

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ブライトリングDC-3は、世界一周で訪れた各地でVIPを対象とした特別フライトを実施しています。しかし日本ではVIPではなく、熊本・神戸・福島という、大地震に見舞われた被災地の子供たちにぜひ飛行を経験してほしいという意向で、子供たちが乗ることになりました。この他にも岩国基地フレンドシップデイでの特別展示や、レッドブル・エアレース千葉大会での展示飛行など、多くの場所で人々の目に触れる機会が用意されています。これだけ多く見られるのは日本だけ。この世界一周飛行の中で、日本は特別な場所なのです。

やってきたのは神戸空港。すでに熊本で子供たちが乗り、岩国基地フレンドシップデイでの特別展示を経て、DC-3が翼を休めている場所です。ここではこれからの行程に備えた入念なメンテナンスも実施されました。

■子供たちの体験フライト

神戸で体験フライトをするのは、神戸海洋少年団の子供たち。少子化などの影響を受けて、2011年に一度廃団となったのですが、2017年の神戸開港150年を控えた2016年に復活しました。今回飛ぶのは小学校高学年を中心としたメンバーです。フライトの前には、まずDC-3はどんな飛行機なのか、軽く紹介する場が設けられました。講師役は、かつて航空雑誌の編集長を務めていた中村浩美さんです。

全日空(ANA)創立時の主力機材でもあったDC-3ですが、日本の航空路線から姿を消して半世紀ほどが経過しています。乗ったことがある人も多くは70代以上。子供たちにしてみれば、飛行機といえばジェット機しか知らないことが多いので、プロペラ機、それもレシプロエンジンの旅客機は初めての経験です。

子供たちが乗り込みます。現代の旅客機は主翼の下付近の主車輪の他、機首に車輪がある「前輪式」と呼ばれるレイアウトですが、DC-3は機体後尾部に車輪を持つ「尾輪式」と呼ばれるもの。駐機中は機首が斜め上を向いた状態になるのが特徴で、かつてはこの方式が主流でした。乗り降りは機体後部にある、階段(エアステア)と一体化した扉から行います。強度の関係で、1人ずつ乗り込んでいきます。

左右のエンジンを始動させ、出発。ふたつのP&W製R-1830(ツインワスプ)空冷二重星型14気筒エンジンがハーモニーを奏でながら滑走路に向かいます。

離陸してもジェット旅客機のように急角度ではなく、ゆっくりと上昇していきます。とても優雅な印象です。


30分ほどのフライトを終えて、DC-3が帰ってきました。

飛行機から降りた子供たちは、フランシスコ・アグーロ機長、ラファエル・ファブル副機長、そしてキャビンアテンダント役のコーディーネーターである志太みちるさんに、お礼として手旗信号を披露。

神戸海洋少年団の引率者の方にお話をうかがうと、
「普段の活動では船に乗って見ているので、全体像を把握しきれない面もある神戸港の姿を上から見せてやりたかった」
との狙いを話してくれました。

実際に乗った子供たちの話からは、空から見た大阪城など大阪や神戸の街並みの感想はもちろんのこと、
「上から見ると、水深の深さの違いが色合い(深いと濃くなる)で判ったので、港のどこが深くなっていて、船が通る道がどこかがよく判った」
と語る女の子もいて、とても勉強になったようです。

■いよいよ体験フライトへ

子供たちのフライトが終わり、いよいよ筆者たちの番がやってきました。機体のほとんどは金属製ですが、昇降舵や補助翼などは布(羽布)張りです。

1人ずつエアステアを上り、機内へと足を踏み入れます。機首が斜め上を向いている尾輪式の旅客機なので、前方の席に向かうまでは結構な上り勾配。以前全日空が発足した当時のキャビンアテンダント(当時の名称は「スチュワーデス」)OGの方にお話をうかがったことがあるのですが、駐機中にヒールのある靴でこの勾配を歩くのはかなりきつく、時に足首をひねってしまう人もいたとか。実際に経験してみると、そうなるのもうなずけます。

与圧機構がついていないため、窓は四角く大きなもの。窓枠と頭上の小さな荷物棚(ハットラック)のトリム部分は木製です。空の旅が特別なものであった頃を思わせるインテリアですね。

コクピット内はオリジナルの計器を残しつつも、現代の航空事情に合わせて無線機やナビゲーションシステムなど、最新式のものが混在しています。ここは博物館で保存展示するわけではなく、現役で飛び続けるために必要な部分。

フライトに先立ち、アグーロ機長のあいさつと、キャビンアテンダント役を務める志太さんから飛行に際しての注意説明が行われました。通常の旅客機同様、特別仕様の「安全のしおり」が配られます。機体は与圧されていないので、上空でも非常口が開いてしまうため、緊急時機長の指示がない限り、手を触れないよう注意してほしいとのこと。

いよいよエンジン始動。最初はビリビリとしたエンジンの振動が伝わってきましたが、暖機運転を続けていくと徐々にそれが和らいでいきます。思った以上に滑らかに回転するので驚きました。滑走路へと向かう間、空冷エンジンのため、エンジンで熱せられた空気を素早く排出するよう、エンジンカウル後方にあるカウルフラップは全開状態。

離陸すると冷却用空気の流量が上がるので、カウルフラップが閉じられました。DC-3はまず、大阪市へ向かいます。

■高度300m、間近に見える景色

飛行する高度は、およそ300m。これは伊丹空港を発着する飛行機の支障にならないように設定されたものですが、おかげで地上の景色がよく見えます。大阪港国際フェリーターミナル上空で旋回。阪神高速4号湾岸線の港大橋を横に見ながら北上を始めます。

ユニバーサルスタジオ・ジャパンや京セラドームを過ぎ、淀川に差し掛かったところで、今度は西へと向きを変え、神戸へと戻っていきます。やがて甲子園球場が見えてきました。

神戸メリケンパーク、ポートタワーが見えてきたところでまた向きを変え、神戸空港へ。

明石海峡大橋をバックにした神戸空港が見えてきました。西向きの滑走路に着陸します。タイヤが滑走路とこすれる「キュッ」という音が聞こえなければ、いつ接地したかも判らないようなエレガントな着陸でした。しばらく主車輪のみで滑走し、徐々にお尻のほうが下がってきて尾輪が接地します。所要時間およそ30分。夢のようなフライトでした。

■アグーロ機長インタビュー

フライト終了後、アグーロ機長のインタビューが行われました。このDC-3は、1940(昭和15)年に作られた製造番号2204。2017年で77歳になります。アグーロ機長が代表を務めるスイスのNPO法人「スーパーコンステレーション・フライヤーズ協会」が所有し、同じくスイスの時計メーカー、ブライトリングがスポンサーとなって飛行可能な状態を維持している機体です。

「この飛行機は2か所を除いてオリジナルの状態を維持しています。変更した2か所というのは、まずは客席です。これは現代のものに置き換えてあります。そして計器。ナビゲーションシステムや無線機など、現代の規格に沿ったものに変更しています。このふたつを除けば、エンジンもプロペラも、すべてオリジナルのままです。DC-3はトータルで1万6000機あまりが生産されましたが、現在でも100〜150機ほどが現役で飛び続けているとみられています。中にはエンジンを換装(レシプロエンジンからターボプロップエンジンに)するなどしたものもあり、オリジナルの状態で飛んでいるのは、おそらく100機を下回るのではないでしょうか」

ブライトリングDC-3は、アメリカン航空を振り出しに、1942年から1944年まではアメリカ陸軍航空隊に徴用され、輸送機として使用されました。この時に非常に珍しいことがあったそうです。

「グリーンランド周辺で使用されていた時のことです。飛行場に着陸する前、乗員がドイツ軍の潜水艦(Uボート)を見かけたんだそうです。飛行場に戻ったのちにそのことを報告したのですが、あいにく潜水艦を攻撃できる飛行機はありませんでした。しかし、見つけた以上黙って見過ごすわけにはいかない。できる限りのことはしようと、このDC-3に人の手で持ち運べるサイズの爆弾を搭載し、飛び立ちました。機体後部の貨物室のドア(与圧されていないので簡単に開けられる)を開け、注意深く海面を観察します。Uボートを見つけ、貨物室から手で爆弾を落として攻撃した……というエピソードがありました。残念ながら、Uボートを沈めることはできなかったそうです」

このエピソードは、アグーロ機長が製造番号を頼りに機体の履歴をたどっている際、発見したそうです。

軍からアメリカン航空に復帰したのち、アメリカ国内でいくつかの所有者を経てスーパーコンステレーション・フライヤーズ協会の所有となり、スイスの登録記号「HB-IRJ」で現在は運用されています。

今回の世界一周ツアー、日本での飛行を終えると、いよいよ太平洋を横断することになります。これはDC-3にとって、大きなチャレンジになるとのこと。

「通常、DC-3の最大航続時間は8時間です。しかし、日本を出発すると次の経由地までは10〜11時間かかります。そのままだと燃料が足りないので、機内中央部の座席を撤去し、そこに燃料タンクを増設することにしました。これで最大13時間程度飛ぶことができます。それでも、途中トラブルが発生した際に緊急着陸できる飛行場がないため、目的地までの天候が完全にクリアにならないと飛ばないことにしています。また、北極に近いところを飛ぶので、寒さ対策も非常に重要で、機体が凍り付かないような気温であることも必要です。古い飛行機ですから、現代のように着氷防止装置がついていないのです。大きなチャレンジとなるので、絶対安全であるという確証が得られるまでは、天候を待ち続けることになります」

これはそのあと待ち受けている大西洋横断の時も同様だそうです。世界一周に成功すると「もっとも古い飛行機による世界一周飛行」という記録になるそうですが、記録狙いで無理をするのではなく、飛行機の状態を最優先にして飛ぶとのこと。ぜひ無事に達成してほしいですね。

ブライトリングDC-3はこの後、福島で再び子供たちを乗せて飛んだ後、6月3日・4日にはレッドブル・エアレース千葉大会のスペシャルサイドアクトとして、コースのエアパイロンと同じくらいの高さを飛行する予定です。

(取材・写真:咲村珠樹)