築100年以上の洋館を活用したシェアハウス「ハヤシはうす」の前に立つイケダハヤトさん(写真左)。そのイケダさんは若手移住者の相談役、お兄さん的な立場でもある(写真右上)。おすそ分けでもらった鹿は自分たちで解体して、美味しくいただく(写真右下)。

写真拡大

■鹿1頭の超おすそ分け文化で、生活費は月10万円そこそこ

「本山町を含めた高知県の嶺北地域の『おすそ分け文化』は、はんぱじゃないんです。『畑にできたものを、いつでも採って食べていいよ』といわれたり、山で獲った鹿を1頭丸ごといただくこともあります。こちらに来てから、解体作業も覚えました」

笑みを浮かべながら話すのは、「まだ東京で消耗してるの?」のブログを主宰するブロガーのイケダハヤトさん。

1986年生まれのイケダさんは、2014年6月に高知市内へ妻のミキさん、子ども1人と移住し、15年6月に市内から車で1時間ほどの本山町にある滞在型市民農園「クラインガルテンもとやま」へ移り住んだ。約42平方メートルの家屋のほかに農地も用意され、家屋の借り賃は月額3万3000円強。それでも新築のため割高で、イケダさんの後輩移住者の林利生太さんが運営するシェアハウス「ハヤシはうす」は、築100年以上の7LDKという大きな洋館で家賃が月3万円だ。普通の家なら1万円台がザラという。

----------

▼高知県本山町 TOWN DATA
1人当たり課税対象所得●230.1万円 総人口●4,103人 待機児童数●0人 小売店数●61店 一般診療所数●2カ所

----------

イケダさんが移住を考えるきっかけになったのが娘さんの誕生である。夫婦共働きで、娘さんを保育園に預ける必要があったのだが、当時住んでいた東京・多摩市では近所の希望する保育園に入れることができなかった。離れた保育園に入れると、送り迎えのためにミキさんは時短勤務を強いられる。

そこで、田舎に移住した友人を訪ね歩いたりしながら、国内各地での最適な移住地探しを始め、最終的に相性のいい土地が高知だった。山や海からの恵みに富み、南国気質で土地の人の気質はおおらか。なによりイケダさんが魅了されたのが「酒飲み文化」が定着していることで、お昼から飲んでいても、ほとんど咎められることがない。

でも、なぜ高知市内から本山町へという、2段階もの手間のかかる移住をしたのだろう。実は、その疑問に対するイケダさんの回答に、ハッピーな移住を成功させる秘訣がある。

「いくら寛容な皆さんでも、いきなりよそ者が入り込んだら、抵抗感を覚えますよね。個々人の生活が確立・尊重されている都市部にまず住んで、周りの田舎に何度も通って相性の確認とともに、自分たちのことを知ってもらう。転職で何度も面接を重ねてお互いの相性を確かめるのと同じです」

■山奥であっても仕事は必ずある

嶺北地域は、大豊町、土佐町、大川村、本山町の3町1村からなる。地域面積965平方キロメートルの大半が山林だ。そこへの移住者だが、「12年の33件・54人から16年には65件・101人に増え、30代、40代の子育て世代の方が多いですね」と、移住促進を担うNPO法人れいほく田舎暮らしネットワーク事務局長の川村幸司さんはいう。

当然、そんな山深い町に移住して生活の糧を得る仕事があるのか心配だが、イケダさんは「選り好みをせずに探せば、仕事はあります」という。たとえば高知は生姜の生産で有名で、イケダさんの後輩移住者で1年前に本山町に移住してきた25歳の矢野大地さんは「1カ月の収穫のお手伝いで20万円いただきました」と話す。このほか役場の臨時職員の口などもあって、これらをつないでいけば年間に百数十万円を稼ぐことは十分に可能なのだそうだ。

一方、生活面での支出だが、冒頭のイケダさんのコメントにあるように、おすそ分け文化の恩恵を受け、大都市圏では想像もつかないくらいの水準に抑えることができる。同じく後輩移住者で27歳の里本裕規さんは「まず野菜を買うことはありません。水は沢水を引き込んでいるのでタダです。隣近所の方々や自然からのおすそ分けで、十分に生活が成り立ちます」と語る。

本山町に移住してから第2子が生まれ、4人家族になったイケダさんの毎月の支出は、食費2万円、通信費8000円、ガソリン代1万円に、家賃の3万3000円強などを加えて約12万円。それでも、かなり余裕を持って計算した結果で、実際にはそれほどかかっていない月も多いのだという。

もちろん、そこには酒飲み文化を満喫する集落の人や移住仲間たちとの交際費も含まれている。「ただし、お酒1本とつまみを1品ずつ各人が持ち寄る『家飲みバーベキュー』が基本で、1人当たり2000円もあればお釣りがきます。たいがいお昼から始まって、私は夜の8時くらいに帰りますが、時計が一回りした深夜2時、3時に最終的なお開きということも多いようです」とイケダさんは話す。

規定でクラインガルテンもとやまに住めるのは3年間。そこでイケダさんは先ごろ近くに2700坪の土地を購入して、どんな上屋を建てるのかミキさんと話し合っている。「将来は、そこに都会で心身ともに疲れ切った人を受け入れる施設をつくるのが夢です」とイケダさんはいう。

(ジャーナリスト 伊藤 博之 撮影=石橋素幸)