待機児童問題を端に見直され始めている保育士の賃金。基本給の底上げや手当の付与など、園や自治体ごとにさまざまな改善策を講じているが、十分と言えるまでには至っていない。世間的に見ても低いとみなされる給料を、当事者はどう感じているのか。数少ない男性保育士として保育園で働く小林政大さん(仮名・30代)に現状を聞いた。(取材・文:千葉こころ)

「質素に暮らしても給料のほとんどが消える。伴侶を養っていける自信はない」

幼い子を相手にすることが多い環境で育ったという小林さん。子どもたちと触れ合うなかで楽しさと適性を感じ、保育士の道を選んだ。現在の保育園に務めて5年になるが、給料は手取りで16万円ほど。ボーナスを含めても、年収300万円には遠い。国税庁が発表した2015年の平均給与は男性で521万円なので、半分程度ということになる。

「必要な支払いを終えると、自由に使えるお金はわずかしか残りません。そこから貯金もしているので、趣味や遊びでお金を使うことはほとんどなく、本当に必要なものだけを見極めて購入するように心がけている毎日です」

小林さんには、知育関連商品を扱った自分の店を持つという夢がある。そのため、趣味や遊びを削ってでも貯金を続けているそうだ。

しかし2年前、昇格に伴って残業時間が増えたことで、実家からの通勤が難しくなり、勤め先の近くへ部屋を借りることに。質素な暮らしを徹底することでなんとか生活はできているが、貯金に回せる金額は激減。また、ひとり暮らしを始めるにあたって、細々と貯めてきた貯金の一部を切り崩さざるを得なくなり、夢の実現がまた一歩遠のいた。

「30代の早いうちに夢を叶えたいと切り詰めて頑張ってきましたが、ひとり暮らしを始めてからは給料のほとんどが生活に消えてしまい、思うように貯まっていません。それでも、僕は夢を選んだのでまだ気楽でいられます。結婚は、養っていく自信がなくて諦めました」

転園しようと思っても「せめて受け持っているクラスの子たちが卒園するまでは……」

低賃金ゆえ、結婚か夢かの二択となってしまった小林さん。なぜ、それでも保育士を続けるのか。

「やはりいちばんは、自分に向いている職業だということです。幸い働きやすい環境で、子どもたちの笑顔やよくしてくださる周りの方々に支えられていることも大きいと思います」

また、夢を実現させるという目標があることも、切り詰めた生活を我慢できる糧になっていると言う。そうはいっても、やはり手取り16万円は低すぎる。性別や年齢を差し引いても、腑に落ちない思いは抱えているという。

保育士の仕事は子どもと遊んでいるだけではありません。成長記録をはじめとした大量の書類、行事の準備、クラス運営、保護者対応など多岐に渡り、休憩もろくに取れない中で作業することも多々あります。また、ただ子どもと遊んでいるように見えるときでも、安全への配慮と、一人ひとりのコンディションや成長のようすを確認するなどしているんですよ。業務内容から考えても、もうちょっとあってもいいかなっていうのが本音ですね」

ただ、保育士の給料は園や自治体によってさまざまで、都市部の保育園に務める友人の話を聞いて格差を感じることもある。今よりも待遇のいい保育園への転園を考えたことも何度となくあったが、「0歳から見てきた子が卒園する姿を見たい」、「せめていま受け持っているクラスの子たちが卒園するまでは……」などの思いから、なかなか踏み切れなかったという。

最後に、効率よく貯金するために、異業種への転職を考えたことはないのか聞いてみた。すると、帰ってきた答えは、「男でこの歳になると、経歴やスキルの面で異業種への転職は難しいのが現実です。応募条件の時点でアウトですから」。

それでも、「子どもの成長を感じられたり、昨日まで話せなかった子が言葉を発する瞬間に立ち会えたり、お金に換えられない感動ややりがいが得られるから続けられる」と小林さんは言うが、引き換えに手放したものは少なくない。子どもが大好きな保育士が、自身の子育てをあきらめざるを得ないというのが現状なのは、なんとも切ない。