弾道ミサイル「火星12」型(2017年5月15日付労働新聞より)

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北朝鮮は21日午後4時59分頃、内陸の平安北道(ピョンアンブクト)北倉(プクチャン)一帯から弾道ミサイルを発射した。韓国軍合同参謀本部によると、ミサイルは500キロ余り飛行しており、成功だった可能性が高い。

北朝鮮は14日にも、中長距離弾道ミサイル「火星12」を発射し、約800キロ飛行させたばかりだ。わずか1週間間隔での「連続発射」である。

米軍のカウンター攻撃

折しも、米海軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」が横須賀基地を出港し、北朝鮮近海に向かっている中でのことだ。北朝鮮近海にはすでに原子力空母「カール・ビンソン」が展開しており、2隻は合流して合同演習を実施することになっている。

北朝鮮近海に米空母2隻が同時展開するのは、極めて異例である。

4月、米国が「カール・ビンソン」の北朝鮮への急派を発表した際、日本のメディアには戦争勃発が近いかのような雰囲気が漂った。

では、今回はどうか。恐らく、前回ほどの騒ぎにはならないものと思われる。

実際のところ、前回はメディアによる「煽り過ぎ」の側面が大きかった。といっても、メディアの側も意図的にやったわけではない。直前に米トランプ政権がシリアに対するミサイル攻撃に踏み切っていたこともあり、世論の中で「北朝鮮もヤバいかも知れない」との連想が働き、それを否定する客観材料を持たないメディアが「米国が北朝鮮攻撃に踏み切るのも、絶対にあり得ないとは言えない」的な報道を繰り返す中で、「危機」が独り歩きしてしまったのだ。

ちなみに、北朝鮮の地雷が韓国軍兵士を吹き飛ばした事件が発端となって発生した2015年8月の軍事危機の方が、状況的にはずっとヤバかった。

デイリーNKジャパン編集部のスタッフたちは、文字通り固唾をのんで推移を見守っていたほどである。しかしこの時は、メディアも日本政府も大した反応を示していなかった。メディアも政治も、危機の本当の度合いよりは世論の風向きに従って動くものであるということだろう。

もっとも、だからと言って朝鮮半島にまったく危機がないのかと言えば、それは違う。

金正恩党委員長は14日の弾道ミサイル発射の際、ミサイルの搬出と準備、発射のすべてについて現地で立ち会っていたことが判明している。恐らく、21日の発射も同様だろう。

これは、北朝鮮のミサイル発射の動向を常時監視する米軍の偵察衛星に、正恩氏が意図的に自らの姿をさらしているということだ。ステルス戦闘機などで襲撃されたら、殺されてしまう可能性が高い。

つまり正恩氏の行動は、「米国にはそんなこと出来ない」という現実を、国内と世界に見せつけるものでもあるということだ。核武装を進展させたことによる、自信の表れと言える。もっとも、身の安全のためトイレまで不便を強いられている正恩氏だけに、この行動の裏にも相当な覚悟があるのかもしれないが。

(参考記事:金正恩氏が一般人と同じトイレを使えない訳

一方、これまで「やるときは、やる」との趣旨の発言を重ねていたトランプ政権の高官らは、軍事行動には慎重な物言いに変わってきている。

ティラーソン国務長官は18日、訪米した韓国の文在寅大統領の特使・洪錫ヒョン前中央日報・JTBC会長との会談で、「現段階では軍事行動を上程してもいない」として、「先制打撃、軍事行動のオプションに至るまでには多くの段階を経なければならない。いま取っているのは外交的、安保的、経済的手段だ」と説明したという。

また、マティス国防長官も19日、「仮に軍事的解決手段を取れば、信じがたい規模の悲劇を招く」と発言し、北朝鮮に対する軍事行動に慎重な姿勢を見せた。

この構図を、どう読み解くべきか。トランプ政権は、核武装した正恩氏に押し込まれているのだろうか。

筆者は、決してそうではないと考える。そもそも朝鮮半島で戦争が起きれば、受容し難い被害が韓国はじめ周辺国にもたらされるというのは常識である。同盟国である韓国の悲劇を顧みず、米国が独断で軍事行動を起こすのは考えられない。

それでも米国は、いざという時のための、北朝鮮との戦争計画を持っている。戦争は、偶発的な事態が引き金になって起きることもあるからだ。

トランプ政権が軍事行動を検討するとすれば、何らかの偶発的な事件をきっかけに、北朝鮮の指導部を素早く「斬首」してしまおうというものだろう。これは、米国だけでなく韓国軍も考えているはずだ。

そう考えると、米国は北朝鮮を脅しまくって守りを固めさせるより、「少し油断させておくのも悪くない」と考えるのではないか。現に上述した通り、正恩氏は自らの姿を米軍の偵察衛星にさらしている。

また、米国がいたずらに危機を強調すると、為替や株価にも影響が出てしまう。空母増派で北朝鮮ににらみをきかせながらも、余計な不安はぬぐっておくべきだと考えたのかもしれない。

つまるところ、今回の動きは米国と北朝鮮が攻守交替し、今は北が攻める場面であるといったところだろうか。