2010年代、朝ドラを「みんな」が見るようになった理由『みんなの朝ドラ』

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エキレビ!の名物となっている朝ドラ(NHKの連続テレビ小説)全話レビュー。その発端は2013年の『あまちゃん』の週刊レビューで、2015年の『まれ』以降は、放送のない日曜以外は毎日レビューの更新が続いている(この日刊レビューも現在放送中の『ひよっこ』で5作目となる)。これら朝ドラレビューを手がけるライター・木俣冬がこのたび、その名も『みんなの朝ドラ』という著書を講談社現代新書より上梓した。


朝ドラ再起は放送時間の変更から


以前より「木俣さんによる朝ドラの総論が読みたい!」と思っていた私にとっては、まさに帯にあるとおり“待望の朝ドラ論”である。しかも本書は、朝ドラの歴史や近年の傾向を俯瞰しつつも、各章ではエポックメーキングな作品についてそれぞれ掘り下げていくという構成になっている。目次は以下のとおり。

序章 2010年代、朝ドラの何が変わったのか――『ゲゲゲの女房』ほか
第1章 国際結婚とつかこうへいイズム――『マッサン』
第2章 食らうことは生きること――『ごちそうさん』
第3章 妾と女中と正妻と――『あさが来た』
第4章 純愛と道ならぬ恋――『花子とアン』
第5章 生涯独身ヒロイン、あらわる――『とと姉ちゃん』
第6章 シングルマザーの現実と誇り――『私の青空』(2000年代作品)
第7章 産めよ育てよ働けよ――『べっぴんさん』
第8章 辛抱だけじゃなかった――『おしん』(1980年代作品)
第9章 人生なめ過ぎな主人公――『まれ』
第10章 朝ドラを超えた朝ドラ――『カーネーション』
第11章 影武者に光を――『あまちゃん』
第12章 朝ドラはこうしてつくられる:岡田惠和インタビュー――『ちゅらさん』『おひさま』『ひよっこ』
第13章 “朝ドラらしさ”とは何か:大森寿美男インタビュー――『てるてる家族』

第1章〜第11章の各論でとりあげられるのは、『私の青空』と『おしん』をのぞけばすべて2010年代の作品である。これというのも序章でくわしく説明されているとおり、2010年春にスタートした『ゲゲゲの女房』から総合テレビでの本放送の開始時間が、従来より15分繰り上げて午前8時になったのを機に、それまでしばらく低迷していた朝ドラが再起したのが大きな理由だ。この時期にはまた、ツイッターなどSNSの普及により、視聴者の朝ドラの楽しみ方もずいぶん変わった。『みんなの朝ドラ』というタイトルには、SNSを通じて「みんな」でドラマの楽しみを共有するようになったという意味も込められている。

辛酸なめた『おしん』から人生なめた『まれ』へ


ところで、目次を見ると、各論でとりあげられた作品は、放送年代順には並んではいない。一体なぜだろうと思ったのだが、読み進めるうち、そこにはちゃんと計算があることに気づいた。

たとえば、第8章で『おしん』(1983年)をとりあげたあと、続く第9章では『まれ』がとりあげられている。朝ドラ史上、最高の視聴率を記録した『おしん』と、平均視聴率が20%に達しなかった『まれ』は、いかにも対照的だ。内容的にも、関東大震災、太平洋戦争、さらには夫との死別など波瀾の人生が描かれた『おしん』と、『まれ』ではまるで異なる。『まれ』には戦争も災害も出てこないし、登場人物の死も描かれない。それどころか、ヒロインが夢を実現するためがむしゃらになることもないという点が、近年の朝ドラにおいても異色だった。じつはこれは制作当初から意図されていたもので、《人がそんなに成長する話にしないこと》をあらかじめ着地点として決めていたと、プロデューサーが著者のインタビューに応えて語っている。

ヒロインが苦労の末にスーパーマーケットの経営者として成功を収める『おしん』のすぐあとの章に、ヒロインが夢に向かって一直線に突き進むわけではない『まれ』を持ってくることで、ここ30年あまりの朝ドラの変化、ひいては日本人の意識の変容を強調する。それこそが著者の狙いであったのだろう。

なお、『まれ』をとりあげた第9章のサブタイトルは「人生なめ過ぎな主人公」となかなか辛辣だが、これは『まれ』の劇中において、ヒロインがパティシエ修行時代の先輩から「なめ過ぎ〜」と批判されていたことから取られている。たしかに『まれ』では、自己実現のための苦役と、それにともなう心身の疲弊はほとんど描かれず、ヒロインが人生を「なめ過ぎ」の感は否めなかった。そんな同作について本書では、《半ば皮肉ではあるが、「夢は強い思い込みと強靭な身体によって獲得できる」という教訓を、『まれ』からは得ることができる、ともいえる》と、チクリと指摘していたりもする。ちなみに同じ章では、『まれ』に出演していた女優の清水富美加について、彼女のその後のことを交えながら言及されているのも興味深い。

『みんなの朝ドラ』では『まれ』に続き、第10章で『カーネーション』(2011年)、そして第11章では『あまちゃん』(2013年)と、2010年代の朝ドラのなかでとくに評価も人気も高い作品がとりあげられ、各論のパートのまとめ的な位置づけをなしている。本書はもちろん、好きな作品がとりあげられた章から読むのもいいのだが、最初から読むことで、著者の意図をより理解することができるのではないだろうか。

このシーンを入れたら朝ドラらしくなる?


著者は長年、演劇や映画の現場を取材してきただけに、本書にも、脚本家やNHKのスタッフなど関係者から聞いた話がふんだんに盛り込まれている。取材対象は朝ドラのスタッフにとどまらず、フジテレビで放送されたドラマ『リーガル・ハイ』で、「朝ドラのヒロインのようだ」というセリフを書いた脚本家の古沢良太(朝ドラでの執筆経験はない)にその真意を訊いたり、『あまちゃん』放映時に「あま絵」(『あまちゃん』の登場人物を描いたイラスト)をツイッターに投稿して人気を博したマンガ家の青木俊直に、朝ドラを見始めたきっかけを聞き出したりしている。

さらに巻末の第12章と第13章にはそれぞれ、現在放送中の『ひよっこ』を手がける岡田惠和、最近BSでアンコール放送された『てるてる家族』を手がけた大森寿美男と、朝ドラの執筆経験のある脚本家へのインタビューが収録されている。

岡田は『ひよっこ』を含め朝ドラを3作と、2000年以降ではもっとも数多く朝ドラに携わっている脚本家だ。インタビューでは、ドラマの舞台となる場所や時代を選んだ理由など、制作過程がくわしく語られている(『ひよっこ』の今後の展開についても少し言及がある)。岡田が自作『おひさま』(2011年)における終戦時の玉音放送の描写について、ほかの作品と比較しながら述べているのも、朝ドラを歴史を考えるうえで貴重だ。なお、『おひさま』はスタート直前に東日本大震災が起き、当初予定していた内容にも多少変更があったという。

大森寿美男のインタビューでは「朝ドラらしさ」とは何かについて語られる。それによれば、『てるてる家族』の執筆時、NHK側から《“ヒロインが三つ指ついて『長い間お世話になりました』と言うシーン”を必ず入れる》と指示され、実際にそういうシーンを書いたこともあったとか。『てるてる家族』は一方で、石原さとみ演じる本ヒロインが最初の2カ月近く登場しないなど、朝ドラのフォーマットを破ったところもある。また、音楽劇仕立てにしたことで、のちの『あまちゃん』に与えた影響も大きい。

このように本書からは、各作品のどこが画期的だったのか、その特色とともに、朝ドラの歴史がどのように継承されてきたのかがよくわかる。これまでの作品について知ることで、今後、朝ドラを見る目も変わり、新たな楽しみ方もできるはずだ。

序章で書かれているとおり、朝ドラファンには、放送中のドラマから、過去作に登場した場面や人物などを踏襲した(と思われる)場面を見つけ出しては楽しんでいる向きも少なくない。木俣自身も、『ひよっこ』の第36回のレビューで、かつて『あまちゃん』で母娘の役だった宮本信子と有村架純が久々に共演したことに触れ、〈「この人(宮本信子)は、以前、私のお母さん役だったんですよね、そう思うとなんだか不思議な気持ちになります」と有村架純が思ったかどうかはわからない。視聴者は確実にそう思っていた〉と書いていた。

過去の作品を知ることで、朝ドラワールドはどんどん広がる。そうなればSNSでもさらにみんなで盛り上がれることだろう。そんなふうに毎日の朝ドラを楽しむきっかけとして、『みんなの朝ドラ』がより多くのみなさんに読まれたらいいなと思う。
(近藤正高)