ますます緊迫する北朝鮮情勢。韓国新大統領就任は、情勢にどんな影響を与えるのだろうか? 韓国「中央日報」の記者として北朝鮮にじつに100回近く取材に訪れ、現在は同社統一文化研究所長を務める李永鐘記者が、「韓国の目線」で北朝鮮を語る。

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 5月9日の大韓民国第19代大統領選挙の結果、左派の文在寅(ムン・ジェイン)政権が誕生しました。早速北朝鮮はこれを狙ったかのような軍事挑発を行っています。

 いったい、北朝鮮は韓国の状況をどう観ているのか。逆に韓国は北朝鮮をどう観ているのか。そして日本も含めた国際情勢はどう変わっていくのか。韓国で北朝鮮関連の取材を25年来続けてきた観点から話していきましょう。

韓国大統領選に“敏感な反応”をしてきた北朝鮮

 北朝鮮の立場からすると、韓国の政権交代は「起死回生の機会」と言えるでしょう。対北強硬姿勢だった韓国の保守政権が没落し、9年ぶりに自分たちに友好的な政権が誕生したわけですから。


韓国新大統領、文在寅氏 ©getty

 北としては、なんとしてでも自分たちに強硬な立場の保守政権の持続だけは起きてほしくなかった。実際に金正恩は2012年に保守の朴槿恵氏が当選した際、大きな失望を見せています。「朴槿恵が(韓国国会議員時代の)02年5月に北朝鮮を訪問した際の対話録を暴露する」と圧力をかけてきたくらいですから。

 今回も、選挙活動の間、北朝鮮は過去の大統領選挙時と同じく、自国のメディアで強い誹謗中傷を繰り返してきました。多くは、保守候補で2位の得票数を得た洪準杓候補、あるいは中道といわれ3位だった安哲秀候補への攻撃でした。選挙運動中、保守票の一部が中道の安候補に流れる情報を把握し「破滅の危機にある保守の輩が、最悪を避けるために、なり振りかまわず詭弁をまき散らしている」と強く非難したりもしました。それは、まるで「自分たちも南側の情勢分析くらいできるんだ」と示さんばかりの内容でした。

韓国世論は「冷めている」――低下する“北の影響力”

 しかし、選挙期間中、韓国政府の対北関連部署の高位関係者はこんなことも口にしたのです。

「特有の(誹謗の)精巧さが消えてしまった。いったい何をしようとしているのか分からないほどだ」

 韓国側には“効いていない”ということです。理由は、北朝鮮内に「大きな絵を描けるような対南ラインをもつ人物がいない」ということ。2015年12月に金養建書記(対南秘書)が死亡(編集者注:交通事故で死亡とされる)して以降、このポストに空白期間があり、その後就任した金英哲統一戦線部長は右往左往している姿が目立つ、と見ているのです。

 かつて、韓国の大きな選挙では北朝鮮の“妨害”は大きな要素でした。“北風”あるいは“銃風”と呼ばれるほどで。代表的な事例は、金泳三政権時、96年4月の国会議員選挙前のことです。北が板門店の共同警備区域に侵入。この時は史上初めて首都圏ソウル地域で一位政党の逆転が起きるという大きな出来事がありました。

 しかし徐々に選挙時の北の影響力は落ちています。今回は北のメディアがさんざん「ソウルは核の火の海になる」と言い、ミサイルまで撃ってきたが、韓国の世論は「冷めている」というところです。2月中旬にはマレーシアのクアラルンプールで金正男の暗殺事件がありました。この時は韓国大統領選の主要5候補すべてが、わざわざ北朝鮮への非難を表明するという前例のない状況になりました。選挙が近づこうが、あまり北のことを気にかけなくなった、という証です。


©共同通信社

“韓日関係”再び悪化か――変化する6カ国の利害関係

 なにはさておき、北とすれば文在寅政権の誕生は好都合なわけです。あちらからアクションを取ってくるでしょう。この先は開城工業団地の再開、金剛山の観光再開を通じ、交流・協力の雰囲気をつくって行くとみられます。

 南北関係のみならず、いわゆる“6カ国(南北、アメリカ、中国、ロシア、日本)”の関係でも今回の韓国の政権交代はプラスに作用すると見ているはずです。

 文在寅政権は、周辺5カ国でかけてきた北朝鮮へのプレッシャーを弱めようというスタンスに出ると思われます。すると、まずは韓・米・日の協調関係に大きなヒビが入るでしょう。

 のみならず、この6カ国の関係のうち、韓日関係に変化が出る。文在寅政権は慰安婦問題での再交渉を日本に求めるものと見られています。

 日本でも報じられているかもしれませんが、私も韓国からそう感じています。これにより韓日関係の悪化は避けられない。いっぽうで中国との関係悪化は長続きしないものと見ています。朝鮮半島を巡る韓・米・中・日の4カ国関係の利害関係はより複雑化していくでしょう。

 もしかしたら、日本のなかでは「左派が反日なの?」という印象をお持ちの方もいるかもしれません。 韓国では右派よりも左派に強い反日意識がある。一般的にそう言ってもいいでしょう。

 発端は、日本の統治からの解放後に遡ります。この頃から、韓国では保守の右派が実権を握ってきた。その過程で“親日派(日本統治下で日本に協力して権力を握った層)”の清算をしっかりしてこなかった。ここに韓国左派の反日の根底があります。左派はまた反米・反帝国主義を標榜しており、この点からもおのずと反日の流れが出来てきました。

「南南問題」の再熱――北を巡る韓国“内部”対立

 いっぽう、南北関係では、韓国側に新たな“スキ”が生まれうる状況でもあります。

 北朝鮮との交流を巡って、韓国内での対立が再燃しうる。「南南問題(あるいは南南葛藤)」と言われてきたものです。南北問題ではなく、南南。南のなかで北朝鮮を巡って分裂が起きる、という現象です。2012年頃から起きてきたものです。

 この先、文在寅大統領の対北接近に関して、過去の太陽政策時のような“カネのばらまき(支援にカネをつかって成果がないこと)”に関する論争や、北に対する低姿勢への非難が沸き上がった際、対北政策がかなり進めにくい状況になる。これらが、南南問題の火種でしょう。

文政権の姿勢は「従北」か

 実際のところ、選挙運動時に、文在寅大統領の対北意識に対して多くの問題提起と論争が巻き起こりました。近年の韓国には「親北」を超えた、「従北(チョンブク)」という言葉があります。言葉通り、北朝鮮に強いシンパシーを感じるあまり、従ってしまうというものです。

 文在寅大統領も一部でこう言われてきたことは確かです。両親が北朝鮮の咸鏡南道咸興市の出身で、朝鮮戦争時に南に逃れてきた。文在寅大統領はその後、朝鮮戦争中の53年に 慶尚南道巨済郡(当時)で生まれています。就任直後、「平壌にでも出向く」と宣言したように、思いが強く出るのではないかと。ひとつの“懸案事項”にも見えます。

 確かに思いはあるでしょうが、彼が北に対して低姿勢に出すぎるとは考えにくい。

 過去にも韓国の有力な政治家には北朝鮮出身、あるいは北にルーツを持つ人物は多くいました。しかし時間が経つにつれて、当然のごとく少しずつ減っています。文在寅大統領とて、朝鮮戦争時は小さな子供に過ぎなかった。彼に関して、北朝鮮がルーツという点はそれほど重要なことではないでしょう。友好的、ということはあるかもしれませんが、従うというところまではいかないと見ています。

 いずれにせよ、今回の政権交代によって、南北関係、そして南北を含めた6カ国のバランスが変わる。すでに日本でもそう報じられているでしょうが、今後その兆候はより出てくる。そう見て間違いはないでしょう。

(吉崎 エイジーニョ)